ネタバラシ

 

 こうしてこの場に残されたのは、主人達とヨミト、それにユメビシ。

 

 ――そうだ、会合はまだ終わってない。

 気を引き締めて、知りたい事は積極的に聞き出さなくては。

 

 そんな決意を胸に元の位置へ戻ってみると、何故か酒盛りが再開されていた。

 ……つい先程までの緊張感は、どこへやら。

 花見を彷彿とさせる、まったりと流れる和やかな空気に、困惑が隠せない。

 そんな俺を見越してか、場の中心にいるヨミトが、優雅な口調で弁明を始める。


「邪魔しちゃ悪いかと思ってね。手持ち無沙汰だし、また呑み始めてたのさ。まあ座りなよ」  

 

 足元には空になって転がる瓶が、すでに数本。

 それらを端に寄せながら、自分の場所を確保し、彼らの様子を伺う。

 シュンセイ以外の四人は、それぞれ片手に盃を持ち、絶えず口元に運んでいるのが見受けられた。

 ちらりと唯一の素面であろう彼に視線を送るが、『もう諦めた』と言わんばかりの呆れ顔で、小さく首を横に振られてしまう。

 

「はぁ……それにしても、どうするんだこれから。コエビみたいに迷い込んでくる奴が、後を絶たなくなる」

 

 シュンセイの口から、軌道修正という名の愚痴が漏れる。

 それまで各々談笑していた彼らだが、意識がこの話題に収束していく。


「彼女みたいに、愛らしい子は歓迎よ? でも雑魚が押し寄せてくるのは、考えものね」 

「穴を塞ぐにしても、人手が足りねえしなぁ」 

「うん、その件だけどね。コエビがこちらに迷い込んでしまった原因である、境界の揺らぎ。こればっかりは、しばらく元通りにはならない……というより、本来の状態に戻るか、それと近しい状態になるよきっと」

「ほほう、それは何故です?」

 

 リンシュウとカナンの懸念に対し、妙な物言いをするヨミトへ『明日の天気は?』くらいの気軽さで尋ねるトウノサイ。

 しかし、次に続くヨミトの一言は、一瞬で場を凍りつかせる威力を持っていた。

  

になってたユメビシがからさ。埋まってたピースが欠けたんだ、元の状態に戻るのが道理だろ?」  


 なんの悪びれもせず、極めて爽やかな調子で放たれた爆弾発言。

 驚くべきは、本当に誰一人として、この真相を聞かされておらず、ヨミトの独断で行われたという事実だった。 

    

「ゴホゴホっ、お、お前、まさか……!」


 盛大に咽込んだカナンが、声を荒げ立ち上がる。

 特に人の子好きな彼を激怒させるには、充分な非道なのだ。

 拳を握りしめて一歩前へ出ようとする彼だったが、横から伸びてきた片手に制されてしまう。

 それは今回の件において、一番頭にきてるであろうシュンセイの物だった。

 

「ボク達はね、賭けをしたんだ。戻ってくるなら『当主として迎えよう』と。最悪戻らなければ『島の境界を補完する人柱』になってもらおうとね」

「ヨミト。お前、俺に言ったよな? 『ユメビシをこの世で一番安全な所に保護した』って。……ったく、ものは言いようだな。一応確認だが、その条件をユメビシは了承してたのか?」

「……いいや、今初めて聞いたと思う」


 だろうな、と口にしながらも強い目眩に襲われるシュンセイ。

 

 ――何故、ユメビシが第一茶室の神域内に、突然現れたのか?

 

 答えは単純明快、初めから庵の内部にいたからだ。

 ヨミトの口ぶりから察するに、ユメビシは季楼庵の深層にでも幽閉されていたのだろう。

 俺達主人でも感知出来ない、闇の底へ。

 そこから自力で這い出る際、縁の最も強い、第一茶室に引き寄せられた……と言ったところか。

 

 ――ユメビシはずっと此処にいた。

 それなら……お前は今、一体どこにいるんだ? 


 力なく垂れ下がったシュンセイの腕をゆっくり下ろさせ、カナンは言葉を繋げる。


「……まとめると、だ。ここ数十年、急に侵入者や迷い人が激減したのは、ユメビシの犠牲があったからと?」 


 ――ご名答。

 そう口にするヨミトは、淑女の様に小首を傾げ、目を伏せる。

 長い髪と端正な顔立ちも相俟あいまって、彼の本性を知らない者が見れば、さぞ絵になると思ったことだろう。

 しかしこの場に集いし五人にとっては、『胡散臭い仕草だ』と、より警戒心を仰ぐものになっていた。

 

「ボクも最初は驚いたさ。特に季楼庵が安定したのは、予想外の副産物でね」  

「まあ、何か企ててるとは思っていたけど。さすが外道ね」

「合理的とはいえ、そんな方法で解決していたなんて驚きましたね。けどヨミト、中立者にしては、かなり私情が挟まっていませんか?」 

 

 リンシュウとトウノサイが非難の声をあげる。

 二人はヨミトが私利私欲の為に、本来は会合で話し合うべきランクの案件を、独断で決行した事を突いているのだ。

 ……これには、あわよくば弱みの一つでも握ってやろう、という思惑も絡んでいたりする。

 しかしながらこの件に関して、ヨミトは周りの予想を大きく超えるほど、だけで動いていた。

 よって完全に開き直ってすらいるので、普段よりも数段タチが悪かった。

 

「まあ否定はしないよ。でも当主不在の応急処置になっていたのも事実だ。その役割を果たしてたユメビシが居なくなれば、当然秩序は崩壊……いや、70年前と同じ状態に戻るだけ。子供の頃のユメビシが、迷い込んだみたいにね」 

「……あのなぁ、そんな言い方したら」


 カナンの俺を気遣う声が、遠くでこだまする。

 決して、ヨミトは俺を責めている訳ではない。

 ただ、淡々と事実を述べているだけ。

 ……要するに。コエビが迷い込み、騒動に巻き込まれた原因は

 

『とにかく帰ろう。元の場所に』

 

 ――俺が、戻ってきたから。


 これは、揺るぎない事実なんだろう。

 そのせいで、コエビはこれまで通り送れたかもしれない日常を、失ってしまった。

 彼女が平穏に暮らす権利を奪ってまでして、成し遂げたかった何かを、俺は忘れてしまってるというのに。

 

 ――戻ってこない方が、良かったのではないか。

 

「それは違うぞ。ユメビシ」

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