昔話を始めよう
――季楼庵当主。
表向きの顔はあくまで、組織としての季楼庵を束ねる、最高権力者。
別に間違っちゃいない。しかし、実際はもっと込み入った裏事情が存在する。
それが
寿命という枷を外されるんだ。まあ分かり安く言えば、疑似的な不老不死。
庵の意志を聞いて代弁し、要望を形にするのが務めであり、あらゆる権限を委任されている存在だ。
それを務めていた一人、前代当主のキクゴロウという男は人格者で、非常に優秀な翁だった。
茶室主人や島民から絶大な支持があったし、ボクも彼のことはとても気に入っていたよ。
永いこと当主を務めあげたのが、その証拠さ。
でも、キクの後任で着いた当主は、少し曲者でね。
……名をスメラギ。
それが一応現在の季楼庵当主で、消息を絶っている男の名だ。
彼はある日、忽然と姿を消してしまった。
それからだよ。島のあちこちで異変が起き始めたのは。
その最たる被害が、境界の揺らぎによるものでね。
全国各地にある
――庵に敵意を持った、異形による襲撃さ。
あの当時、門番はいなかったからね。
そりゃもう、荒らされたものさ。
季楼庵始まって以来の暗黒期を迎えた島は、神域の力が弱まり荒廃していった。
そんな中、ついには人間の子供が迷い込んできた。
……ユメビシ、キミのことだ。
『おや、迷い子がいるね』
最初に発見したのは、このボクだった。
しかし子供とは、動きが予測出来なくてね。
少し目を離した隙に、はぐれてしまったんだ。
無論、ボクなりに必死で探したさ。
……でも一足遅かった。最悪の事態は、すでに起きていたんだ。
ようやく見つけ出した時、ユメビシの手は何らかの穢れを受け、腐り落ちていた。
正直あの時、何があったのか……残念ながらボクらには想像もつかない。
ユメビシが覚えていないのなら、真相は迷宮入りだろう。
まあ、もし何か思い出したら、教えて欲しい。
あの現場には痛みに悶えるキミと、地面には何かが焦げた跡……そして埋葬されていたはずの、キクの両手が転がっていた。
――何故キクの手だと、分かったかって?
指の刻印が、キク本人のものであると雄弁に語っていたし、後に棺桶を調べたら遺体が消えていたから間違いないよ。
そのまま放っておけば、穢れは全身を汚染し、取り返しのつかない事態になるのは明白だった。
……さて。運良くそこには、手を失った少年と、手だけになってしまったキク。
実を言うと、キミが
季楼庵は老舗だからね、様々な情報網を持っている。
ボクらはあくまで中立組織。無駄な戦争は好まない。
故に今後を思えば、みすみす見殺しにも出来なかったという訳さ。
とは言え……唯一助かる方法が、あまりに過酷な将来を告げていたからね。
念の為、キミに尋ねたさ。
『生きたい?』とね。
キミは目に涙を溜めながら、『死にたくない』と応えたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます