発症『開花寸前』(後編)
「頼む、その物騒な物を納めてくれ」
「無理だよ。あの子に憑いてるのは、普通の
「でも……まだ華は咲いてない。なら
「簡単に言うけどね、そんなこと出来るわけ……え!?」
「これ、預かってほしい」
トキノコは目を疑った。
ユメビシから手渡されたのは、シュンセイにより修復された手袋だ。
……第一茶室で起きた一連の騒動は、まだ記憶に新しい。
あれほど見せたがらなかった素手を自ら晒し、あまつさえ穏やかな笑みを浮かべている。
「なにを考えてるの、ユメビシ」
「すぐ終わらせる。これが無駄な行為だと判断したら、トキノコの好きにしてくれ。その時はもう、口出ししないから」
「ねえ……さっき言ったこと、忘れてないよね?」
無論、つい数分前に交わした会話のことだ。
「
「……少しだけ、時間をあげる。でもほんの少しだからね!」
「分かった、ありがとう」
信じてくれたトキノコに礼を言いながら、蔦に苦しむ彼女の元へ歩を進める。
「ユメビシ! 何する気か分かんないけど、その蔦、切れ味抜群だから気を付けろよ!」
アリマの忠告通り、蔦は
最初は子猫の威嚇程度だったが、本体へ近づくにつれて身体に刻まれる傷は増えた。
しかしユメビシは瞬きひとつせず、決して歩みを止めなかった。
ただ一点にのみ、意識を集中させていたからだ。
……首後ろに根付き成長した、あと一歩で開花しそうな、歪な蕾を。
***
名の通り、人に寄生する妖の華。
一見別々の個体で統率の取れていないそれらにも、根本には共通した目的を持っていた。
――季楼庵を襲うこと。
唯一の目的であるが、所詮は低級な妖。
華の状態では季楼庵の結界に阻まれてしまう彼らは、人間に寄生し身体を得ることで侵入を成功させた。
しかし寄生華の弱点は、皮肉にも季楼庵当主達だった。
彼らは唯一、寄生華に憑かれた人間……
――寄生華の摘出。
季楼庵当主にのみ許された、特権の一つだ。
これにより捕獲された寄生華達は、代々伝わるお堂の中に封じ、鎮めていた。
……裏切り者に、悪用されるまでは。
結果として、バラバラだった数百もの寄生華は、核を与えられ一つの個体として生まれ変わってしまった。
それを目撃した者達はこう証言した。
「蛇のように細長く
それはいつしか『
初出は1875年であり、2023年になった今でも、だ。
同じ個体のか、繁殖しているのかはまだ分かってない。
厄介なのは、蟠華もまた人に寄生する点だった。
寄生された人間の末路は、華宿人の比ではないほどに、凄惨たるものだ。
なにしろ
蕾が開花すると中からは、宿主そっくりの顔をした頭が出てくる。
――成り変わり。
華は首の切断面と頭を上手く縫い合わせ、宿主に成り代わって生活を再開させる。
これを私達は『
華災獣のほとんどは、人智を超えた異能を開花させ、災害を呼び寄せるからだ。
発見次第……いいえ、蟠華に寄生されたと判明した時点で、が正しいかしらね。
だって当主様ですら、蟠華の摘出は非常に難しいのよ?
そんな当主様が不在の近年、蟠華どころか華宿人だって殺すしかないのに。
――ふふ、一体、どうするつもりかしら。
***
首の周りで、なにかが這いずり回る感覚。
内からも、外からも。私の抵抗など全くの無意味で、好き勝手に身体中を弄ばれる。
根は着実に神経を蝕んでいた。
蕾は吸い上げた養分を糧に、体内でがん細胞の様に育って。
羽化するように
……全て妄想、錯覚の類かもしれない。
自身の首の後ろがどうなっているかなんて、鏡が無ければ確認出来るはずもないでしょ?
今存在するのは妙にリアルな感触と、それに説得力を持たせる激痛。
首が焼き切れるような熱。
常時耳を塞ぎたくなる様な異音。
苦痛から逃れるため、意識を手放そうとすれば、ここぞとばかりに視界の上から闇が押し寄せる。
それがあまりにも不愉快で。
なけなしの気力で反発すれば、闇を押し除け、現実の風景が再び映し出される。
――誰かが、こちらに手を伸ばしていた。
その顔を、知っている……そんな気がした。
その人はボロボロの姿をしており、シワシワの手で私に触れた。
どうしてか、泣きたくなるほど安心する、優しい冷んやりとした手のひら。
不快な熱と刺激を、
一時の安らぎを感じ始めた間際。
心地の良い声が、子守唄のように言葉を紡ぐ。
その結びは 偽り
その綻びは 泡沫
その遊戯は 終演
道は私が照らそう。無の末路に還り、安らかに眠れ……
――どこで聞いた声だったかな。
『……っ、とにかく! 一気に引っ張り上げるぞ!』
――もしも、また会えたら。会えたなら……
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