序章
鞠月神社にて
首が張るほど見上げても、終わりが見えない。
進んでも、進んでも、変わらない景色。
いや、きっと変化はあるのだろう。
ただ周辺が同じような林に囲まれているせいで、自分の正確な居場所を認識出来ない。
ならば振り返り、どれだけ登って来たか確認すれば良いのだが……それは遠慮願いたい。
こんな急勾配の獣道、重心を後ろにしたら最後だ。
真っ逆さまに転がり落ちる自信しかない。
そして二度と登る気力なんて、湧かないだろう。
ヒュー、ヒュー、ヒュー。
肺が悲鳴をあげ、喉が焼き切れそうな痛みを訴えるが、今は構ってられない。
感覚が鈍り出した足を、規則的に動かすことにだけに意識を集中させ、石段をひたすら登り続ける。
――どれだけ経っただろう。
酸素の巡りもいよいよ怪しくなってきた頃、朦朧とした視界に鮮やかな朱色が飛び込んできた。
――あれが、目的地……?
そうだ間違いない、鳥居が見えた。
最後の一段を登りきり、久方ぶりに両足が平面へ着地した。
ようやく動きを止め、ゆっくり呼吸を整える。
――大丈夫だ、もうずっと前から、背後の殺気は消えていただろ?
そう言い聞かせ、勢いよく振り返る。
案の定、先程の女の姿は見えない。
……上手く撒けたと信じたいもんだ。
まさか一晩中追いかけ回されるとは。
アレが追ってこなくなったのは、朝日が登り始めた頃か。
さらにそこから半ば山越えが如く、道なき道を歩き続け、やっと辿り着けた。
「聞いてた通り、辺鄙な場所にあるな。ここが……
安堵した途端、激しい喉の渇きに襲われる。
息をする事すら苦痛に感じるほどだ。
「とにかく、水が、飲みたい」
何処か水源は……と辺りを見回し
あぁ、良かった。透き通った水が湧き出ている。
正直、道中の有様を見るに、気安く参拝に来られるような造りじゃなかったのだ。
てっきり廃神社かと不安だったが、境内はきちんと手入れされている。
渇ききっていた体には刺激が強かったのか、少し咽せ込んだ。
ついでに顔も洗って一旦頭を冷やす。
ゆらゆら波打つ水面を眺めていると、神妙な面持ちの自分と視線が交わる。
――あの二人は、逃げ切れただろうか?
あぁ、どうして、首なんて突っ込んだのやら。
偶然出くわしてしまった現場は、控えめな月明かりが静かに暴いた小道だった。
二対一……襲う少女と、襲われる男女。
人型ではあったが、双方人ならざる者達のいざこざ。
こちらとしても自分達の事で手一杯だ。
安売り出来る余裕なんて、持ち合わせていない。
――そう、関わるべきでないのは明らかだった。
なのに、声をかけずにはいられなかった。
それは一重に、
この忌々しい悪癖。……死ねば、治るのだろうか。
でも今回はそれ以上に、ただどうしようもなく「
そう、確か名前は……
「おや、本当に来てたね。ユメビシ」
背後から自分を呼ぶ明るい声に、思考が遮られる。
振り返ると、声の主は俺のすぐ真後ろに立っており、驚愕した。
こんな近くまで迫っていたのに、まるで気配を感じなかったからだ。
「……あんた、どこでその名前を知った?」
「んー、覚えてないのはキミだけさ。そんなことより、ロメイが礼を言ってたよ」
「……誰のことだ」
「おやおや、なにも知らずに助けたの? ほんと面白い子だね。さっきキミに助けられたと、感謝していた二人からの言伝だよ」
「そうか……って、な!?」
心底愉快そうに笑う長髪の優男は、なんの前触れも無く、俺を思いっきり後ろに突き飛ばした。
いや、正確には手水舎の中へ
「まあボクとしては、どちらでも構わないんだよね」
すぐ這い出ようと足掻くが、そもそも前提として妙だ。
外見は、腰の高さまでしかない石の器のだったはず。
何故、全身が浸かってもなお、下に足がつかないのか。
そして何より、水が重い。
もがけば、もがくほど、まとわりつく異物感。
ここで初めて気づいてしまった。
現在、手水舎の中で蠢いている物の正体に。
それは遠目で見れば、白い魚の群れに見えただろう。
しかし今や、俺の体にキツく巻き付くそれは無数の
足、腰、胸、腕、首、顔に。ぺったりと張り付き、離れない。
もはや成す術なく、眼下に続く暗闇へ、ゆっくり引き摺り込まれていく。
「――賭けてみようか」
かろうじて聞き取れたその声を最後に、世界から音が消えた。
何処までも、ずっとずっと、沈んでいく。
底無し沼と錯覚するほどに、中は深く、何も無かった。
いつの間にか拘束は解かれ、体は自由になっていたのに、猛烈な眠気にただ身を委ねていた。
意識が沈む深度に比例して、四肢の感覚も失われていく様だった。
幽縁ノ季楼守 儚方ノ堂 @kurakt_2124
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