不完全令嬢の開幕劇(2/3)
「スウェーデンから留学しに参りました。京歌・エークルンドと申します」
相も変わらず、彼女は気持ち悪いぐらいの完成度を誇るクソ女だった。
9月1日。
宮崎県延岡市。
最高気温34.7度。
楽しい夏休みが終わり、つまらない始業式も終わり、いつも通りの日常が訪れるはずだった桔梗学園の高校1年生の教室。
そんな日常は転校生が言い放ったその一言で終わりを告げた。
「え、ちょ、あの人って……⁉」
「俺、あの人映画で見たことあるよ……⁉」
「嘘、なんでこんな学校に……⁉」
教室がまるで舞台公演前のような騒々しさに包まれる。
転校生というのは、言うなれば池の中に放り込まれる石ころのようなものだ。
外から入ってくる異物というものは水面を波立たせる波紋を生じさせ、水中の魚をびっくりさせる。
詰まる所、職業・転校生の京歌・エークルンドは刺激の少なすぎる田舎にとって日常をぶち壊す非日常であると同時に、歓迎される類の異物。
そんな彼女が向ける目線に困ったのか、あるいは周囲の観客共には微塵も興味がないのか、視線を彷徨わせては私を見つけ、私の尊厳という尊厳を辱しめた唇でにっこりと笑みを作っていた。
「……気持ち悪……」
そうでも言わないとやってられない。
というのも、彼女の声は気に食わないぐらいに綺麗で、テレビアニメで声優業をやっていると言われたらついつい信じてしまいそうになるぐらい綺麗な声質だが、私にはどうしても気持ち悪く聞こえてしまう。
銀髪のように見える白髪はとても綺麗だが、日本人の黒髪と違っているので悪目立ちする事だろうし、そもそも私は鳥の糞を彷彿とさせる白髪が嫌いで嫌いで仕方がない。
左右対称で均整のとれたモデル顔負けの顔面はまるで作り物の人形のようで、良くも悪くも現実味がなくて気持ち悪い。
いかにも育ちの良さそうな深窓の令嬢と言った風貌で、苦労といった苦労を知らないまま生きてきたという第一印象を抱かせて、私をどうしようもなく苛々とさせる。
――詰まる所、彼女は私の1番嫌いな人間の特徴を人型にしたような存在だった。
「……」
私は人に見られないように細心の注意を払いながら、机の中にある持ち込みが禁止されているスマホで彼女の名前を入力して検索してみる。
幸いなことにクラスメイトと先生の注目は転校生の方に集められていたので、難なく検索することが出来たが、やはりというか想像通りと言うべきか。
【100年に1人の天才役者。スウェーデンが誇る名優】
【10年前に最愛の母を亡くし、その母の意志を継いだ天才令嬢】
【8歳にしてアカデミー主演女優賞を歴代最年少で受賞】
【3年前から学業に専念するため休業中】
【京歌・エークルンド、恋愛に興味なしか?】
【舞台から消えた今もなお、彼女の復帰を望むファンの声は絶えるどころか増え続ける一方】
「……本当、クソ女……」
ため息を吐きながら、私はそう愚痴る。
軽く調べただけでこんなにも情報過多なのは、流石にやりすぎだと思う。
そんなに演劇をするぐらいだったら、もっと他の事をすれば良かったのに。
「どうしたの
隣の席の女子生徒……確か、名前は
このクラスのまとめ役である委員長をやっている彼女が私にひそひそと声を掛けてきたが、その様子を見るに幸いにも机の中に隠しているスマホはバレていない様子。
「……まさか。私、昔からあの人のファンなんですよ」
紹介し忘れたが、私の
宮崎県立の
好きなものは紅茶。嫌いなものはコーヒー。
母親は幼い頃に交通事故に遭って死に、父親は私が金銭面で困らないようにと仕事に打ち込む日々の所為で、私は思春期真っ最中の高校生でありながら実家で1人暮らし。
そして、京歌・エークルンドに憧れて演劇の道に進もうと努力する女子高生……そんな設定のどこにでもいるような、何の特徴も無いモブだ。
━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━
「雪鶴って将来は何するの? やっぱり演劇?」
「無職ですかね」
「え? そうなの? 意外だわ。雪鶴って意外とサイコパスだから社長とか医者とか新興宗教の教祖になりたいとばかり」
「ブラックジョークはやめてくれませんか、千春さん」
「ふふ、ごめんなさいね」
「別にどうでもいいですけど。にしても、千春さんが将来の事を口にするだなんて珍しいですね。アレですか? このクラスに仕事をしていた人が来たからですか」
「そうなのかな。未来の私がどんな仕事をしているかも分からないのに、エークルンドさんっている子供の時から仕事をしている人が来たからかな?」
「あれは例外です。あんなのに憧れるのは止めておくのが身の為です。それにあぁいうのに限って勉強は出来ないと相場が決まっています」
「あら雪鶴、知らないの? さっき先生が立ち話しているのを盗み聞きしていたんだけどエークルンドさんは編入試験で全教科満点を取ったらしいのよ」
「……全教科満点? 本当に?」
「学生と役者の二足の草鞋でしょうに、よく両立できるものよね。天は二物を与えずという言葉の存在価値がいよいよ怪しくなってきたわ」
私はきっと苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていることだろう。
美人で有名人で、それに加えて学業も出来る……ここまで来ると流石に周囲から更に注目されてしまうのではという懸念が生じてくる。
しかし、そんな私の懸念を知らずに、千春は私に向かってにこやかにクソ女の話題をし続ける。
「ところで京歌さんってどの部活に入るのかしら。やっぱり演劇部?」
「演劇部なら無事に廃部になって演劇同好会になりましたがね。とはいえ、さっき誘ったら2つ返事で入部してくれやがりましたよ、あの人」
「やっぱり演劇部なんだ? エークルンドさんはプロの役者さんだし、他の部活も声かけづらいわよね」
とても気に食わないが、日本人の母とスウェーデンの父を持つハーフの女子生徒である京歌・エークルンドは数多くの主演女優賞を獲得するほどの確かな実力を有している役者……いや、元役者だ。
最近では役者として活動する機会が減っており、ネット上の心無い人間に終わっただの、燃え尽きただの好き勝手言われている。
過去の栄光と言うべきか、どちらにせよ京歌・エークルンドという人物は過去の存在となりつつあるのが現状で、数年もしないうちに『名前は忘れたけど昔いた凄い子役』という認識となるだろう。
もちろん、彼女の復活を待ち望んでいるファンも数多くいるだろうが、残念な事に多くの夢物語は叶わないまま幕を降ろすからこその夢物語。
あのクソ女が復活することはこの先絶対にない。
その事は世界で1番、私が分かっている。
「でも、演劇部の部員数はこれで2人目なったわね。やったじゃないの」
「やった? はっ、相変わらずご冗談がお上手ですね。このまま廃部になってくれればいいに決まっているでしょうに」
「はいはい雪鶴は相変わらず捻くれ者ね。こういうのも何だけど、有名なプロの役者が所属している部活ってだけでも、新入生が入ってくる期待度は高いと思うわよ」
「元プロ。そこのところお忘れなく。まぁ、客寄せパンダとしては使い潰しますけど。それぐらいしか役には立たなさそうですし」
銀髪。
美少女。
元女優。
お金持ちの御令嬢。
成績優秀な留学生。
これだけの要素があって、無視できるような人間が果たしてこの世に存在するだろうか。
正直言って、余りにも属性を詰め込み過ぎで胃もたれしてしまいそうな設定……もとい、実績であり、どれも本当だからこそ堪らない程に苛ついてしまう。
「あら? あまり嬉しそうじゃないわね?」
「分かってくれますか。あんな人が近くにいるってことは彼女と常日頃から見比べられてしまうってことですよ。そんなの普通の人間だったら嫌に決まっているでしょうに」
見た目だけならまだしも、演技技量も上となれば、こちらの立ち場が無い。
私はそれを言葉には出さなかったが、彼女はそんな意図を察知してくれたようであった。
「そう、よね」
「でしょう? こっちはありきたりの黒髪。向こうは銀髪。こっちは普通の家庭。向こうは貴族の御令嬢。何で比べるんですか。色々と比べたところでどうせ全部こっちが余裕で負けますよ」
「そう? 私はそうは思わないけどね。でも、雪鶴からそんな言葉を聞き出せるだなんて思ってもみなかったわ」
「何ですか。私がそんなネガティブなことを言わないとでも?」
「言う言わないであれば、言わない類の人間でしょ、雪鶴は」
「うわ、マジですか。自覚ありませんでしたよ」
そんな風に互いに軽口を叩き合っていると、知らず知らずのうちに周囲の空気ががらりと変わった事に何となく気が付く。
――まるで舞台の上に主役が登場したかのようなこの何度も経験してきた空気を私は知っている。
気が付けば、話をしていた千春までもが黙り込んで私の後ろの方にへと視線を向けていた。
相も変わらず、気配を隠すのが上手な女だと思う。
いや、気配を隠すのが巧いというよりも、存在感を自由自在に操れる人種と言うべきか。
今この瞬間、この教室の空間を支配したのは間違いなく私の背後にいる彼女だった。
「何でしょうか」
私は後ろを見ずに私の背後に立っている京歌・エークルンドに向かって、用件を尋ねる。
「雪鶴さん。宜しければお昼を私と一緒に頂きませんか?」
これだけのやりとりだというのに、まるで映画の盛り上がるワンシーンのような緊迫感。
周囲が固唾を飲んで、どうなるかを見守っているこの感覚。
クラスメイト達を一瞬にして観客にへとしてしまえる彼女の存在感は、なるほど認めざるを得ない。
「嫌です。1人でご飯食べてください」
「あら、つれませんわね。とはいえ、今後の打ち合わせもありますのでどうか演劇部室で2人きりでお話しませんこと?」
「私は千春さんと一緒に昼休みを過ごしたいんですけれど」
「千春さん? そちらの可愛らしい方のお名前?」
ちらりと、まるで蛇を思わせるような。
獲物の品定めをするような、そんな舐めつくすような視線を直に食らってしまった千春は呼吸をも忘れてしまったような状態に陥っていた。
「もしかして、雪鶴さんの彼女?」
「な、なぁ⁉」
「……千春さんの前でそういう冗談は止めてくれませんか」
「冗談?」
何ておかしい事を言うのかしら、そう言わんばかりにくすりと余裕たっぷりに笑ってみせる転校初日の異物はにんまりと笑っている。
「目を見れば分かりましてよ。千春さんが雪鶴さんに向ける視線の裏に孕んでいるのはまごう事無き恋慕の感情ではなくって?」
あのクソ女の言う通りなのかと問い正す訳ではないけれども、目が勝手に千春さんの方に向いてしまう。
そこにいたのは図星だと言わんばかりに口元をわなわなと震わせている少女が1人いるだけだった。
「ふふ。とあれば千春さんと私はライバルという訳ですわね?」
「ら、ライバル?」
「えぇ、そう。ライバル。というのも――」
そう言い終えるよりも前に。
いや、わざと言い終えなかった彼女の手が私の腰に後ろに回って、私の身体を抱き寄せられて……される覚悟も用意されないまま、私は彼女に唇を奪われていた。
私の唇が、私の身体が。
一体誰の所有物なのかどうかを千春さんに、周囲のクラスメイトに、まじまじと見せつけるように、教えるように、私を調教するように。
「……という訳ですのよ、千春さん。私の許嫁でもある雪鶴さんを寝取りたいのでしたらどうぞご自由に。もっとも寝取ったら寝取り返すだけですが」
未だに千切れない2人分の涎が混ざった糸が、私たちがそういう関係性であると周囲に教えているようで。
息も絶え絶えな私と対象的に、余裕たっぷりと言わんばかりの彼女は、まるでそういう関係で、私が一方的に愛される側である事を証明していて。
「ちが……ちがっ……! 違う……! 私はお姉様の許嫁なんかじゃ……!」
どう言い訳しても、どんな量の言い訳を用意しても、言い訳が意味を為さなくて。
私はこの女の思うがままに、私たち2人しかいない演劇部室に連れていかれるしか無かった。
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不完全令嬢の復活劇 ~天才お嬢様は天災クソレズ詐欺師に色々と奪われたから絶対に逆レイプする~ 🔰ドロミーズ☆魚住 @doromi
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