第1章

第1話『始まりで、終わり』

 本当に、人付き合いは選ぶべきだとつくづく思う。特に他人に流されやすい性格の俺なんかは、そうだ。小学校時代に掃除当番はよく押し付けられていたし、何かしら面倒な委員長とかは全部俺がやることが多かった。

 そして今回、悪い友人付き合いをしてしまったばっかりに、やりたくもない『闇バイト』のようなものまでをも請け負ってしまった。大学に進学をしてから約2年近く経つが、わざわざ上京してまで何をしているのだろうか。


 「そうはいっても、まあ断れる状況じゃなかったしな……」


 ため息交じりの独り言をつぶやきながら、足を進める。向かう先は、東京の郊外にあるとあるアパートだった。



「――玄宗君さ~、まあもうやるしかないって。」


 『先輩』と俺が呼ぶ、サングラスをかけた若い男は俺にそう語りかけた。


 遡ること約2日前、俺と付き合いのあった友人が、”先輩”への借金で首が回らなくなりどこかへ飛んでしまった。どこへ消えたか見当もつかない……というか知りたくもない。

 そこまでならともかく、そいつは飛ぶ直前にとんでもない爆弾を残していった。それは借金の立て替え先を俺にしていたっていう話だった。最初のうちは「そんなわけないだろ」と冗談として捉えていたが、ご丁寧に俺の判まで押してある借用書(のようなもの)を見せられ、頭を抱えた。おそらく、その借用書に法的拘束力はないのだろうが、”先輩”の素性を考えるに素直に従う以外に道はない。俺は”先輩”から呼びつけられ、都内にあるバーへ行くことになった。

 そして、今、この場でその”先輩”とその仲間たちに囲まれているわけだ。俺が入ってきた入り口のドアは塞がれているし、明らかにバーの店主はグルだしで完全に逃げ道はない。その状態で、先輩から言われた一言が「アレ」だった。玄宗というのは、俺の下の名前になる。


 「や、やるつったって……俺、全然なんも知らないですよ。」

 「あれ、何をしてほしいのか言っていなかったんだけか。言ってたつもりだったけどな~、まあ大丈夫、漁船とかに乗るわけじゃないからさ。」

「……」


 少なくとも漁船には乗らないようだが、言いぐさ的にろくなことにはならないのは目に見えていた。先輩は、足を組みその顔に薄気味悪い笑みを浮かべる。サングラス越しでもわかる、冷たい視線がこちらを射抜く。

 この”先輩”の名前は「川口 昭宗」という。今は大学4年で、いろいろとやばい噂が多い先輩だ。特に、ヤのつく人との付き合い方面で。そんな先輩から借金関連で呼び出されて、頼みごとをされるという状況。冷静に考えなくたって最悪すぎる。

そんなこんなと考えているうちに先輩、川口昭宗は言葉を続ける。


 「玄宗くんにやってもらいたいのはさ、美術品。正確に言うと絵画だね、それを取りに行ってもらいたいんだ。」

 「絵画……ですか?」


 意外な言葉に、思わず聞き返してしまった。が、冷静に考えて普通の絵画なわけはない。


 「ああ、そう。絵画。ある場所に行って、それを持って帰ってもらうだけ。簡単でしょ?」

 「いや……まあ……」

 「絵画を俺に渡してくれるだけでいいからさ、絵画のある場所も郊外だけどそんなには遠くないし。すぐ終わるよ。」


 このやり取りだけで、いくらでも嫌な想像ができてしまう。これは昨今俗にいう、『闇バイト』というやつではないのだろうか。やばい物を隠語とかにして危ない薬を運ばせる『運び』だとか、そもそも絵画自体が違法の代物だったりする、とかだ。その考えを肯定するかのように、周りの取り巻き達もにやにやとした、いやな笑みを浮かべて俺を見つめている


 「これ、やばい仕事とかじゃ……最近なんか、流行っているアレみたいな……」


 思わず、疑問を呈してしまう。闇バイトという明言こそ避けたが、そりゃそうだ。目に見えて怪しい頼みごとをされているのだから、こんなことの一つや二つ言いたくもなる。そんな疑問に対して、先輩は答える。


 「ああ、まあ闇バイトみたいなもんかもね。でもまあ、大丈夫大丈夫。警察の厄介になったりはしないから。闇だけどホワイトだよ、ホワイト。」

 「……それは、その、どうなんですか。」

 「まあまあ、君がどう思うかは自由だけどさ。この状況じゃもうやるしかないのは君が一番よくわかっているんじゃないかな。」


 俺は思わず頭を抱える。そして、先輩はそんな俺を見て微かに笑みを浮かべる。圧倒的な立場の差、そこから来る強者の悪意、サングラス越しですらそんな感情が読み取れた。うなだれて沈黙すること数十秒、頭を上げると同時に俺は告げた。


 「やります。」


 返事とは裏腹に、心の中では叫んでいた。――なんで俺が、こんなことに。

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雲雀荘の104号室 川崎燈 @akarikawasaki

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