サンタを追いかけよう

酢豆腐

サンタを追いかけよう

 黒田さん(仮名)から聞いた話。


 幼い頃。

 年末にだけ訪ねてくる、若い叔父さんがいた。

 彼が訪れる前には、どこかで鈴が鳴る。すると玄関のドアが開き、叔父さんが入ってきてこう言うのだ。

 

「いま、そこの角を赤い服の人が曲がっていくのを見たぞ。凄い速さだった!」

 

「サンタさんだ!」黒田さんが狂喜すると、さらに叔父さんは、「ほら、ドアの外に!」と、ラッピングされたプレゼントを取り出す。毎年の恒例行事だった。

 そういう芝居なのだ。両親と叔父さんが結託して、娘にサンタクロースの存在を信じさせようとしたのだろう。叔父さんが買ってきたケーキを囲んでささやかなパーティーが始まる。


 そんな暖かなクリスマスの思い出は、しかし、いわゆる「存在しない記憶」だったらしい。


 聖夜に伯父伯母が訪ねてくることは確かにあったが、そんなに若い叔父など親族にはいない。両親が芝居を仕掛けたことはあるが、それも1度か2度。そもそも幼い頃の黒田さんはませた性格で、早い段階でサンタクロースの実在を疑っていたようだ。大人しく、クリスマスにはしゃぐタイプでもなかった。

 

 だから上記のようなクリスマスは過ごしていないと、高校生の頃に両親から聞いた。釈然としないが、何か映画の1シーンを自分の記憶だと誤認しているのだろう。黒田さんはそう自分を納得させていた。


 彼女が大学生時代のこと。

 サークルのメンバーと、カフェのテラスで談笑していた。向いにはある男子学生が座っていた。黒田さんは彼のことをちょっといいなと思っていた(恐らく両想いだったはずだという)。

 前触れがあったとすれば、ベルの音だった。外を通る自転車だったのだろうか、チリンチリン、と金属的な音がした。その途端、男子学生が立ち上がって叫んだ。

「あ、赤い服の人が通った!」

 さらに、「サンタさんだぁ!」と嬉しそうにテラスの柵を乗り越え、凄いスピードで走り去ってしまったのだ。ふざけているのだと思ったが、彼は戻って来なかった。


 うだるように暑い、夏の日だった。


 その後、彼とは連絡がつかなくなった。サークルにも授業にも顔を出さなくなった。そのうち大学も辞めてしまったようだった。


 それから数年たった、秋のある日。

 黒田さんはアパレルショップで働いていた。店の奥で陳列作業をしていると、チリンチリン、とベルの音がした。店の入り口が開く音だ。客が来た合図なので覗いてみると、棚の陰から、真っ赤な服を着た男性が姿を見せた。

 

「やぁ久しぶり」

 

 軽い調子で声をかけてきたその顔は、例の記憶にある叔父さんそのものだった。

 黒田さんが呆然としていると「叔父さん」は照れたように笑いながら、「いやぁ、追いかけてみたんだけど、サンタさんじゃなかったよ」などと言う。


「これ、プレゼント」

 叔父さんは左手に握った何かを、渡そうとしてきた。その瞬間、黒田さんの口からは、思ってもない次のような言葉が勝手に漏れた。

「ありがとう、あの人の一部だね」

 我に帰って手を引っ込めなければ、受け取っていただろう。

 あの人とは誰なのか。叔父さんは何を握っているのか。なんの根拠もないが、黒田さんには、いつか行方知れずになった男子学生に関係するものに思えてならなかった。


 彼女が後ずさると、叔父さんは握り拳を下ろして「それじゃ、またね」と背を向けて、店から出ていった。真っ赤な背中が棚に隠れると、再びチリンチリンと扉のベルが鳴った。


 あれは白昼夢だったのだろうか。いずれにせよ黒田さんには「またね」という言葉が気に掛かった。

 それから彼女は、クリスマスの前後には実家に帰らない。今年も仕事が忙しいから戻れない――電話で母親に告げるのだが、ここ2~3年、こう返されているそうだ。

 

「あなた、昔はあんなにクリスマスが好きだったのに」

 

 それは高校生の頃に聞いたことと少し矛盾している。やはりあの叔父さんは存在していて、あの暖かなクリスマスの記憶は本物なのではないかと、そう考えて黒田さんは恐ろしい。

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サンタを追いかけよう 酢豆腐 @Su_udon_bu

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