クリスマスプレゼント

古魚

クリスマスプレゼント

「おじちゃん、いつものパンちょうだい!」


 少年がパン屋の店主へと声をかける。


「はいよお、丸パン四つだ。それと、これももってけ」


 店主は代金を受け取って、パンの入った紙袋を渡すと合わせて、銀紙に包まれたチョコを二つ差し出した。


「わあ! これ、チョコレート!?」

「ああ、ボクにはいつも贔屓にして貰ってるからな。クリスマスプレゼントだ。一つは母さんに渡してやるんだぞ?」


 少年は店主の言葉に頷き、大切そうにポケットへと二つのチョコをしまった。

 

 早く母親に渡してあげたくて、少年は早足で雪の積もった街並みを進む。ベンチに忘れられていた、毎日同じものを刷っているのではと思うほど変化の代わり映えしない新聞を拾い、物乞いのおじいさんの声を無視し、時折通る軍用車両に敬礼しながら自宅へと戻った。



「お母さん! ただいま!」


 町の一角にある集合住宅の一部屋。少年が母親と二人で住む小さな家。

 母親は、居間の椅子に座り、白湯を飲みながら手紙を書いていた。


「あらお帰り。パンは買えた?」

「うん、それからね……じゃーん!」


 少年は、満面の笑みでポケットから二つのチョコを取り出す。


「まあ、これって、チョコレート? どうしてこんなものを……」

「パン屋のおじちゃんがくれたんだ! クリスマスプレゼントって!」


 母親は少年の手のひらに収まってしまうほど小さいチョコの一つを、まるでダイヤモンドを受け取るかのように、両手でしっかりと握りしめた。


「お母さん、食べよ?」


 待ちきれないと言わんばかりに少年はうずうずと銀紙を捲る用意をしている。その様子を見て、微笑む母親はそっと頷き、一緒に包みを開ける。中にはつやつやと輝く茶色い宝石が眠っていた。少年は一層目を輝かせ、その宝石を口に含んだ。


「う~ん! あまーい!」


 頬を抑えながら少年は口の中を踊る宝石とともに心を躍らせる。


「ええ、とってもおいしいわね」


 しかし母親は、そっとチョコを銀紙で包み直し、自身のポケットにしまった。


「滅多に味わえるものじゃないから、よく覚えておきなさい」

「はーい!」

 

 まだ微かに残るチョコの風味を楽しんでいる少年を他所に、母親は手紙を書く作業へと戻った。

 気になった少年は、自身も椅子へと昇り、覗き込んだ。


「お手紙書いてるの?」

「そうよ、戦場で戦っているお父さんからお手紙が届いたから、それにお返事を書いているのよ」


 興味深そうに母親の書く字を目で追うが、少年にはその言葉の意味がよく分からなかった。 生まれてすぐに戦争が始まってしまったため、少年は初等教育すらまともに受けないまま、学校は休講になってしまった。そのため、読み書きがほとんどできない。


「ねえお母さん、お父さんはどんなことを書いてくれたの?」

 

 少年は、母親が書いていた手紙の横に置かれていた、手紙に手を伸ばす。しかし、さっとそれを母親が遮り、父親の手紙を封筒に戻した。


「お母さん?」


 その行動を疑問に思う少年だったが、母親がすぐに手紙の内容を話してくれたので、特に気にすることは無かった。


「そ、そうね……『元気でやってるよ。いつも砲弾が降り注いで大変だけど、新兵器の戦車が戦場に到着したから、もう大丈夫だ。来年のクリスマスにはプレゼントを持って帰るよ』って書いてあったわ」

「ほんと!? お父さん、来年には帰って来るの?」

「ええ、それに……クリスマスプレゼントを持ってね……」


 はしゃぐ少年とは裏腹に、母親の顔は明るくない。


「ごめんね、いつもいつも、サンタさんからクリスマスプレゼントを受け取れなくて……サンタさん、めっきり来なくなっちゃったのよ……」


 母親の謝罪に、少年は首を振る。


「しょうがないよ、サンタクロースも、流石に砲弾が飛び交う戦場の上を飛んでくるのは怖いんだよ。だから、クリスマスプレゼントは戦争が終わるまで楽しみに待っておくんだ」


 無邪気な少年の笑みに、母親は心を痛ませながらも抱きしめる。


「そうね……きっとそうよ。戦争が終わったら一緒に、サンタさんに欲しいおもちゃを探しに行きましょうね」

「うん、でも僕はね、おもちゃより――」


 少年が言い切るより早く、やかんが汽笛を上げた。


「いけない、お湯を沸かしっぱなしだったわ。今温かいスープを入れるから、少し待っててね?」


 そう言って、母親は慌ててコンロへと向かった。


 戦争が長期化すると、帝国内では深刻な物資不足が発生し、貧困率が急上昇。クリスマスプレゼントを子どもに与えられる家庭など、数えるほどしか残っていなかった。

 子供たちの間では、いつか戦争が終われば今までの分も合わせて、プレゼントを届けてくれるという希望があった。それを心の支えに、寒い冬を越していると言っても過言では無かった。

 子どもたちの誰かが言った「大量のプレゼントを置いていくのは時間がかかるから、まるで雪の様に空からプレゼントを降らせてくれるのではないか?」の一言。

 その日を待ち望んで、子どもたちは今日もベッドに入った。




 少年が眠りについたその夜、母親はこっそりと家を出た。ポケットには、少年から貰ったチョコが入っている。凍えそうな夜に、出来る限りの厚着をして、店を閉めようとしていたおもちゃ屋さんの扉を叩く。


「すみません、すみません」

「どうしたんだい奥さん、こんな夜更けに」


 慌てて扉を開けた店主は、母親が震える手で差し出したチョコを受け取った。


「これで、どうか、どうか買えるおもちゃは……ありませんか……?」


 包みを開け、それがチョコであることを確認した店主は驚いたが、同時に困ったように頭をかく。


「奥さん、確かにチョコは今凄く貴重な食べ物だが、この量じゃあ値段を付けられないよ。これは大事にとっておいた方が―――」

「お願いします、お願いします。足りないのなら今着ている防寒着たちを譲りますから、それでどうか、どうか……」


 母親はその場に膝をついて店主へ頼み込む。涙を零しながら、「お願いします、お願いします」と繰り返し続ける。


「お、奥さん……そんなことされましても……どうしてそこまで?」

「旦那が……死ぬんです……」


 母親は、尚も顔を上げないまま話す。


「戦場にいる旦那が、もう助からない重傷を負ってしまったんです。これじゃあ戦争が終わっても、あの子におもちゃを買ってあげられるお金なんて、到底稼げない。家計は、来年まで食いつないで行けるかも怪しいんです……だから、どうか今だけは、今ぐらいは、あの子に夢を見せてやりたくて……」


 その言葉を聞いて、店主は頭を抱えた。


「分かった、分かったよ奥さん、顔を上げて。このチョコで何か一つおもちゃをもって来よう。大したものは渡せないが、それでもいいかい?」

「大丈夫です、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 店主は小さなプレゼントボックスにブリキでできた汽車のおもちゃを入れ、ラッピングを整えて、母親へと差し出した。


「いつか子どもが大きくなったら、うちの店に遊びに来てくれればいいさ。それまで、代金はこのチョコで立て替えておくよ」


 店主に何度も頭を下げた後、母親は足早に家へと戻る。旦那ともう会えない寂しさも、自身をここまで苦しめる戦争への憎しみも、突き刺すような冷たい風も、全て忘れて、家へと走る。愛する我が子にプレゼントを渡すことが出来る。ただそれだけで、母親の心は救われる……はずだった。


 走り続ける中、聞き慣れない重低音に違和感を覚え、当たりを見渡す。もう夜遅く、当たりに自動車や馬車は走っていない。だと言うのに、地面を揺るがすような重低音が聞こえて来る。

 はっと空を見上げると、鮮やかに光る三日月を遮るように、何か大きな影が空を横切って行った。


「あれは……何?」


 横切った直後、何か甲高い音を立てて小さな明かりがまるで雪の様に降って来る。

 呆然と見つめる母親は、自身の周りの建物が倒壊を始めるまで、何が起きたのかを察することが出来なかった。




 母親が家を出てしばらくしたあと、少年は聞き慣れない重低音で目が覚めていた。


「なんだろう、この音……お母さん?」


 ベッドから降り、当たりを見ても母親がいないことを不思議に思った少年は、そのまま家の外へと飛び出す。やがてその重低音を発している存在を発見する。


「もしかして……サンタクロース!?」


 三日月を遮るように飛翔する黒い影から、いくつもの明るい光が降りて来る。

 少年には、それがサンタクロースがプレゼントを振りまいている様子に見えた。あの言葉通り、一軒一軒配るのは大変だから、大量に振らせているのだと。


 薄着のまま、少年ははしゃぐ。何年も待ったプレゼントだ、きっと自分が一番願っているものが入っているはずだと。


 ゆっくり降りて来る光を目指して少年は駆け出し、その真下へとたどり着くと、両手を天へと伸ばした。両手でその幸せを受け止めようと、満面の笑みで。


 一瞬、少年の目の前がまるで真昼のように明るくなる。あまりの明るさに目を閉じた少年だが、やがてその光になれ、うっすらと瞼を開ける。


「あ、あれ? ここは……?」


 目を開けると、そこは先ほどまでいた街とは違い、幼い頃、家族全員で出かけた湖畔だった。


「おーい、そこで何してるんだ?」

「早くこっちにいらっしゃい、一緒にお昼を食べましょう?」


 自分を呼ぶ声に振り返る少年。そこには母親と父親が、ビニールシートを広げてお弁当を並べている。


「はーい!」


 サンタクロースは、少年の願いを叶えた。

 少年が願ったクリスマスプレゼントは、おもちゃなんかではなかった。ただ、家族全員で、またあの湖畔に出かけたいと、そう願っていた。


 三人は暖かい日差しの湖畔で、幸せな時を過ごす。これから一生。いつまでも、いつまでも。


♦♦♦12月25日帝国新聞♦♦♦


―――昨夜未明、連邦の新兵器である爆撃機『3Tクロース』が、帝国市街地を攻撃。照明弾を投下し、市街地であることを確認した後、爆弾を投下したことから、市街地を狙った無差別攻撃とし、帝国は非難声明を出した――――なお、航空機による爆弾投下の事例は初めてであり、民間人が航空機の存在をほとんど認知していなかったため、適切な避難勧告や対処が行えず―――――帝国は最新鋭の航空機の量産を―――――なお、これによる戦線への影響は軽微であり、戦争は依然我が方優勢――


♦♦♦♦

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クリスマスプレゼント 古魚 @kozakana1945

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