第5話 クローゼットに隠されたものは……

 私は、あの逃避行の時に着た水着をクローゼットの中に持っている。

 着れないのではない。着ないだけなんだ。


 だって今年の夏も、

 パート先の従業員やお客達に、散々不躾に見られた。


 今、このカラダに擦り付けられている、すっかりハリを失った肉体とは違う。


 だから私は今、心に秘めた人を想う……


 その人は、カサブランカの画の人……


 私は夢想する……


 その人の瞳はきっと

 あのビーチの空を映した海の……優しく深いエメラルドたるブルー


 その瞳を見つめて


 優しく抱き、抱かれたい


 あの人ならきっと


 このオトコが『メロン』だとなじった

 おなかの歴史も理解し

 キスをしてくれる……


 私の夢想は現実に溶けて


 作りごとの声に色を差す


 そしてを……受け入れる


 なのに


 ジャリ!っとした顎が私の二の腕をかすめて


 私は引き戻される。


 それは、彼女にはない物だから……


 そう、0時を過ぎた今はもう、クリスマス


 彼女もきっと、誰かの腕の中で……


 私のガラスの靴は

 忘れ去られている


 口から洩れる動物の喘ぎとは裏腹の涙が

 私の頬を伝う。


「オレもイイ!!」

 と、

 唸り喋るオトコにそれ以上見られたくなくて


 私は顔をそむける。


 そむけた視線の先は、


 シミの拡がる古びた板の天井


 !!


 鮫皮おろしのような殺意が私の心の中に浮かび上がる


 このオトコと


 私自身への

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古めかしい板で……金魚鉢は蓋をされた 縞間かおる @kurosirokaede

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