A君の描いた犬の絵

chrononno

A君の描いた犬の絵

 中学生の時に、A君という絵を描くのが苦手な友達がいた。


 学校で、A君に校内の案内図を書いてもらったことがある。A君は直ぐに案内図を書いたのだけど、何が書いてあるのか誰にもさっぱりわからない。


 同級生のみんなと先生は、これはA君の絵が下手なせいだろうと結論づけた。


 同級生のみんながA君の案内図を笑った。先生も笑った。A君の絵は下手なのだと同級生のみんなが認識した。


 それからしばらくして、学校の休み時間に誰かが、A君の絵のことを言い出した。そのせいでA君は犬の絵を描いた。


 それは、期待に反したか、それとも期待通りだったか、何れにしても、誉められるような絵ではなかった。


 線は汚く未熟な上に、犬自体がどぶ川に落ちてそこから這いだしてきたような印象の絵だった。


 絵の中の犬は、牙を剥きだし背を丸め、四肢は屈曲し、内側まで描かれた大きな耳が頭の上に鎮座している。身体全体に引かれた余分な線のせいで身体がボコボコして見える。


 A君の席の周りに集まった同級生たちは、マンガに描かれるような綺麗な絵と比べて、この犬の絵から感じられる不気味さに驚きまず言葉を失った。そして次に、笑い、囃し立て始めた。


 A君への嘲笑が続くなか、ボクは犬の絵から目を離せなかった。


 A君の犬の絵は一言で表すなら未熟で線が汚い。しかし、それは慣れの問題だろう。犬の造形も一つ一つ見れば変ではない。


 本物の犬にも牙はあるし、背もこういう風に曲がるだろう。

 四肢の屈曲だってアンバランスさはあるけれど、まるで本物の犬を見ながら描いたかと思えるくらいに、妙なリアルさがある。

 耳についてはよくぞここまで細かく描いたとも言える。

 そこまで気付けば、不気味に見える最大要因である全身に引かれた余分な線だって、本物の犬にある何かを表したものと考えるべきだろう。


 これまでボクは、A君より上手に絵を描く自信を持っていた。しかしボクは、こんなに本物らしい絵を描けるだろうか。A君はこれを何も見ずに衆人環視の中で迷わずに描いたのだ。


 ボクは、笑っている同級生たちにA君の才能を伝えるべきだろうか。A君の才能を称えるべきだろうか。


 休み時間が終わり、笑っていた同級生たちも席に戻った。A君は嘲笑された余韻を背に犬の絵を片づけた。


 結局ボクは、A君の才能のことを誰にも言わなかった。


 絵が下手だと言われているA君の才能を同級生たちの前で誉めることが恥ずかしかったのだ。


 そうして、ボクの心にはA君の才能への恐れが残ったけれど、ボクはそのことを忘れることにした。


 その後、A君に絵を描かせようとする同級生が何人かいたけれど、A君は描かなかった。授業を含め、A君は絵を描かなくなってしまった。

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