第1章②

 僕は事実を知っている数少ない当事者である。

 告白しよう。禍異獣はまだ。

「蓮!いつまでデバイスいじってるの!?作戦が始まるよ!」と携行型デバイスで日誌を書いている途中だったが、現状の事態が急変したようだ。

「分かってる。今準備するよ」

「いつも1人で何書いてるのさ?誰も見ないんでしょ?」

「日々の記録は大事だよ。後世に伝わる歴史の一端を担うかもしれない」

「そんな三文小説以下の文章力で伝わるの?」

「彩音。まさか読んでないよな?」

「え、まさか図星?」その直後、轟音と共に荒廃した街が地平線まで広がる不可思議な地上を抉って、巨大なカニのような禍異獣がビルを倒壊させながら出現した。

「ずいぶん酷い交響曲を奏でる指揮者だなぁ」僕はカニ型禍異獣を双眼鏡で確認した。

「あたしらの私語に腹が立ってるみたいね。観客は静かに聴けってね」

「なあに、あんな不快な音を出すんだ、あちら様こそ早々にご退場願おう」僕は双眼鏡そっと置いた。

「確認するぞ。我々がいるこの虚数次元は、空間自体は今は安定しているが、戦闘が長く激しくなれば現実世界に影響を及ぼす恐れがある。よって短時間で目標を討伐する」僕は彩音にやや硬い命令口調で伝えた。

「了解。蓮。あとは任せな」次の瞬間彩音の身体は、特に手やその付近が変化して、まるで禍異獣の腕のようになり、片目も獰猛な獣のような瞳になった。

「禍異獣因子濃度安定。各数値オールグリーン。戦闘可能だ」僕はデバイスを見ながら言った。

「行くよ!」彩音は人のそれではない身体能力で瞬発し、ビルからビルへ飛び上がった。

 そしてカニ型禍異獣に急接近した。

「今夜はカニ鍋だぁ!」彩音は変化させた腕で禍異獣の頭部を勢いよく殴打した。禍異獣は口から泡を吹き、甲羅にヒビが入った。相当の力が禍異獣にかかったのだ。

 だが禍異獣もそれには怯まず口から火炎を放射した。

「おっと。そうはいかないよ!」彩音も怯むことなく再び接近。今度は回し蹴りを喰らわせ禍異獣の腕が1本吹き飛んだ。

「相変わらず天文学的な威力だなぁ。アラレちゃんみたく地球割りとかできるのかな」僕は比較的離れたビルの屋上から双眼鏡で彩音と禍異獣の戦闘を見ていた。

「彩音。そろそろ仕上げと行こう」僕はデバイスを通して彩音に言った。

「OK。なら最後にいっちょやりますか」彩音は変化した手で握り拳を作りジャンプして禍異獣の頭部をまた強く殴りつけた。

 ついにカニ型禍異獣はうなだれ、その生命活動を終えた。

 すると地平線まで続いた廃墟のビル群が消え始め、現実の東京の街並みが現出した。禍異獣討伐により、量子力学的観測者効果が無くなり虚数次元が消失したのである。





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禍異獣の子 破滅時政 @ponta777

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