イブを一緒に過ごせる仲間を相棒というんだ!

城戸圭一郎

イブを一緒に過ごせる仲間を相棒というんだ


 ジュリリ、ジュリリと小さな声が鳥籠とりかごから聞こえる。シマエナガのホーリーが開けてくれと言っているんだ。あたしは毛布を羽織ったままベッドから出て、冬毛でぷくぷくになった小鳥を自由にしてあげた。

 窓を開けるわけにはいかないけど、せめて外の光をいれようと思ってカーテンを開いたら、わお、そうだった。今朝はクリスマスイブ。目の前の広場では大工のドリューと酒豪のベスがアーチを建てようとしていて、いくつかの出店でみせはすでに準備万端。ヴィッキーの店はもうマフィンを並べ出している。さすがせっかち。

 教会の前に円形の広場があって、そこから放射状に街が広がっている。たいして大きな街ではないけど、都会に恋い焦がれるってほどじゃない。中途半端って言ったのはだれ? あたしだって大人になったら素敵な大都会に出るのだから、それまではここがちょうど良いんだ、と思うことにする。

 コンコンと窓を叩く音。トーマスだ。

 あたしはつい窓を開けようとして慌てて自分を制した。

「おはよう!」

 声を張るしかない。

「おはよう、エリー! 外に出ておいでよ!」

 ガラスに吸収されてくぐもった声。でも、おぼっちゃんの雰囲気はガラスでは阻めないらしい。

「もちろん! ああでも、マフラーは必要?」

「それはきみ次第だ。ただ、あったほうが良いと思う!」

 お母さんにホーリーを託して雪の広場に立つ。ああなんてこと。この日が一年に一回しかないなんて! 普段は厳格なスコット先生もツリーに立てかけた梯子の上にいる。いま宿題を提出したらどんな顔をするかな。驚いて落ちたら嫌だから始業式の日までお預けにしよう。最終日にやればいいんだし。

「ようやく出てきたな、エリー」

 ジャックのブーツはわたしとトーマスより雪に沈んでる。

「寝坊したみたいに言わないでよ」

「言ってない。俺らが早いだけだ。わははは」

 身体をそらしていつもの大笑い。

「そんなに見上げて空になにがあるの?」

「太陽だよ! さんさんだろ」

「雪が舞っているからキラキラかな」

「どっちでもいいさ!」

 ジャックは見慣れないものを持っていた。おもちゃのたてだ。あたしはなんとなく惹かれてそれをつまんだ。

「なんだよ」

「こんな盾持ってた?」

「あー。部屋にあったんだ」

「あったって、誰かのものなの?」

「わからない。おもちゃ箱のなかにあったから、俺のものでいいんじゃないか」

「いつ見つけたの?」

「いつだったかな。そう、去年のクリスマスのすぐあとだ」

 あたしはトーマスと顔を見合わせた。

「で」

 ジャックは言う。

「おまえらの持っているそのけんかぶとは、なんなんだ?」

 そういえば、あんなに慌てて外に出たのに、あたしはなぜこれを持ってきたんだろう。


          ◇


 その剣はたしかに去年のクリスマスのすぐあとに見つけた。いや、居たというほうが正解かもしれない。クローゼットのおもちゃ入れのなかにいつのまにか、そう、当たり前のようにいたのだ。

 なんのへんてつもない安いプラスチック製で、ところどころゴムみたいにぷにぷにする部品と、宝石みたいに透明な装飾があしらってある。どこにでもありそうだけど、どこでも見たことない魔法の剣。

 トーマスの冑はのっぺりとしていて中世の甲冑のやつみたい。ヘルメットにならないのはその軽さですぐわかる。きっと野球でデッドボールをくらったら、本当にデッドな可能性がある。なぜそれを腰にぶら下げてきたのか、一番とまどっているのはトーマスみたいだ。

 三人で一緒に謎解きをしたかったけど、探究心を発揮するのはいったんお預けになった。ドンおじさんがピザの屋台に苦戦していて、組み立てを手伝うことになったからだ。探偵ごっこは魅力的だけど、ドンおじさんのクアトロフォルマッジは世界最高だから、天秤にかけたらそっちが勝つんだよね。

「ふぅむ」

 ドンおじさんが空を見上げたので、あたしは板の重さをひとりで受け止めることになった。

「ちょっとおじさん、手を止めないでよ」

「天気予報はみたか?」

「ずっと晴れでしょ。放射冷却に気を付けろって」

「こりゃあ、吹雪くぞ」

「まさかぁ」

 たしかにいつのまにか空は雲に覆われていて、街の上空の空気が、ゆっくりと渦巻いているように見えた。

「よし、エリー。その工具を片付けてくれ。埋もれちまうからな。おれは木材をまとめる」

「りょうかーい」

 たちまち雲は厚くなって、風は強くなった。お昼前とは思えないほど視界が薄暗い。渦が周囲から呼び寄せているみたいに、街の上に雲がどんどん集まってきている。降るなんて表現ができないくらい雪が横向きに飛んでいる。風のまくところでは上向に飛んでたりする。

 あたしはジャックとトーマスと合流して、自分の家に避難した。窓に張り付いて荒れ広場を見守る。組んだばかりのドンおじさんの屋台がひっくり返って、こまかい部材をぶちまけた。

「せっかく組み立てたのに!」

「こりゃあやばいな」

「ば……爆弾低気圧かな」

 渦はその輪郭をくっきりとさせつつある。どう考えても広場の中心にあるクリスマスツリー、その真上にとどまっている。あたしたちの両親が生まれるよりずっと前からそこにある街のシンボルツリー。それが不吉な天の渦とつながっているようでそら恐ろしくなってきた。屋台は次々に倒され、転がりながら部材に戻る。ついにアーチが倒壊し、真ん中から折れてしまった。気がつけばこの窓にもつららが伸びてきている。まったくなんてこと。

「あっと、あれはなんだ」と呟いたのはジャック。

「人がいる!」首を伸ばしたトーマスが叫ぶ。

 たしかに。クリスマスツリーのてっぺんに、灰色っぽい人がいる。夜空色のローブをまとって、長い灰色の髪をバタバタと風にさらしている。視線はくぎづけになるんだけど、クールで魅了されたからってわけじゃない。

『現われましたね』

「ええ、あれは誰なの?」

『魔女フロストです、エリー』

「この現代に?」

『少なくとも500年以上はこの地域に存在しています。魔女フロストが人類の文献に登場するのは1475年が最初です』

 あたしはいつの間にかラジオパーソナリティのような落ち着いた声と会話していた。でも声の主はどこにもいない。いるのはあたしの肩に止まったホーリーだけ。

『でも大丈夫。フロストが現れる前兆をとらえて、一年前から準備してきたので』

 考えたくないんだけど、声はあたしの肩から聞こえる。

「ホーリー、あなたひょっとして」

『素敵な名前をつけてくれてありがとう、エリー。私はある人の使いなのです』

 低めの声とぷくぷくの冬毛をまとったシマエナガ、ヴィジュアルに差がありすぎて耳がキーンってなりそう。せめてもうちょっとだけ滑舌悪くいてほしい。

『さあ、あなたたちに授けた贈り物。いまこそ魔法の制限を解除しましょう』

 ああ、なぜかピンときた。

 いつの間にかそこにあって、不思議と手放せなかったおもちゃの剣。そういえばホーリーが家に迷い込んだころに見つけたんだ。

 それでも半信半疑だったあたしは、そうそうに残りの半分を放りだして信じることに決めた。だってあたしの手の中で、剣が黄金色に輝き出したんだから!


          ◇


 いかれた業務用冷凍庫のなかに世界が引っ越してきたみたい。

 あたしたち三人はそう思ったが口にはしなかった。上と下の唇がたちまちくっついてしまったからだ。

 制限を解除され、本気を出したおもちゃの剣はなんとドローンになった。ただのドローンじゃなくて魔法のドローンであることに注目。魔力を帯びているからなんちゃらかんちゃらが、かんちゃらうんちゃらでたぶん強い。

 トーマスは魔法のARグラスをかけている。もちろん元はおもちゃの冑だ。なにが映っているのか聞きたかったが声にならなかったし、トーマスの歯ががちがち鳴っているので聞いたところで答えが返ってくる見込みがない。

「おれはいくぞー!」

 ひとり元気なジャックは腕を振り回しながらツリーに向かった。ジャックのアイテムは魔法のキックスクーター。積もった雪を後輪で吹き飛ばしつつ進む姿は勇敢の一言なんだけど、それ全部こっちにかかっているから。

「うわはははは!」

 ツリーのてっぺんから笑い声がしたかと思うと、雪と風があたしたちを横殴りに吹き飛ばした。

「あいつの使いが来たようだが関係ないね。すべてのものは凍れば止まる! この街の時計は今日を最後に未来永劫動かないよ! うわははは」

 自分は500年も生きているくせに何言ってるんだ。

 一度その顔を拝んでやろうと思ってドローンを上昇させる。さすが魔力に守られているだけあって、このくらいの吹雪では揺れすらしない。DJIの4Kカメラはあたしの視覚野に直接情報を送ってくるから、魔女のシワが一本づつはっきり見えるはず。けどあまり見たくはないので解像度をちょっと下げよう。

「なんだこのシマフクロウの出来損ないは!」

 調子に乗って近づきすぎたみたい。魔女が腕を振るうと竜巻が起き、あたしのドローンはあえなく雪原に墜落した。

「おれにまかせろ!」

 ジャックは魔法のキックスクーターで垂直にツリーの幹を登りだした。レッドブルのロゴが入っているからN+の極太タイヤモデルだ。それにしてもナイスアイデア! 枝葉に守られているから魔女の強風も防げるはず。太い枝をよけながら巧みに登っていくキックスクーターの駆動音はイオンエンジンみたい。ああでも、今日に限って電飾という人工物がクモの巣みたいに張ってあるのだ。ジャックはケーブルに絡まって、しばらく枝と綱引きをしたあと転がり落ちてしまった。

「うわははは! 力もなければ知恵もないとはね!」

 腹立つ。

 あたしが地面を蹴りつけたところで、ずっと黙ってたトーマスが口を開いた。

「わかったことがある」

「凍ってしまう未来のことなら魔女から聞いたんでそれ以外でお願い」

「いろいろ試していたんだ。このARグラスの機能をね」

「それで? もったいぶるには熱々のミネストローネが8杯は必要」

「僕は風が読める」

「それは素敵。で、なんて?」

「読めるんだ。この吹雪が。風の流れも強弱も、飛んでる氷の粒さえも」

 トーマスの不適な笑顔にときめくタイミングかもしれないけど、ごめん見えてない。鼻水を垂らしているあたしの顔がARグラスの表面に写っているだけ。え、ちょっと待って。こっち見ないでくれるかな。

「おれもわかったことがある」

 いつの間にかジャックが隣に立っていた。それはいいけどこっち見ないで。

「なんでアイテムが三つに分かれているのか、落下したとき気づいたんだ。俺たちは三人でひとつだってな!」

 キメ顔に拍手喝采する前に、もう少し説明が欲しい。

「わからないのかよ! 眼と脚と翼だ!」


          ◇


 魔法のキックスクーターは大型だからあたしたち三人が乗れる。先頭はもちろんジャック、真ん中にトーマス。あたしが最後尾。

 魔法のドローンをキックスクーターの先端に引っ掛ける。ほとんど一体化したそれらは、あたしたちを宙に持ち上げた。ここまでは順調。だけど闇雲に飛べば強風の餌食だ。ここでトーマスの出番。

「いまだ! 上昇!」

 回転翼をうならせる。傾いたひょうしに落ちそうになるトーマスを押し戻す。

「いいぞ、この高度で三秒まって、そのあと一秒半上昇!」

 思いのほか細かい指示にとまどいながらも、あたしはトーマスの言葉を逃さないように実行にうつす。前進、ストップ、上昇、後退、ストップ、前進、また上昇。

「まったく、こざかしいことだね!」

 はるか上から耳に優しくない声がする。

「何人がかりでも同じことさ!」

 魔女フロストがまた腕を振るい、竜巻をおこした。あたしたちはその場でくるくる回り出す。せっかく昇ってきたのにまた墜落しちゃうのだろうか。ほら、ツリーの大枝が目の前に迫っている。いくら魔法のARグラスがリンゴのロゴマーク入りでも、樹木が相手じゃなんにもできない。

「あきらめるなよ!」

 ジャックがアクセルをふかすと、魔法のキックスクーターは後輪から白煙をあげた。正確には煙じゃなくて水蒸気。あまりの高速回転に空気中の雪がたちまち蒸発してるみたい。あたしたちは後輪から大枝に接触した。次の瞬間、キックスクーターはウィリー走行で枝を駆け抜け、葉っぱを吹き散らかしながらラージヒルみたいにジャンプした。

 その跳躍を活かさない手はない。あたしは魔法のドローンで一気にスクーターを持ち上げて、風の谷間をぬいながら天まで駆けのぼった。気がついたら魔女ははるか下にいる。ざまあみろ。

「見下ろすんじゃないよ! この小蝿が!」

 猛烈な吹雪が吹き上げてくる。インドアのスカイダイビングってこんな感じなんだろうか。ジャックの表情は見えないけど、ほっぺがぶるぶるしてそう。

「おい、トーマス! 進路は!」

「わかってる。けどどこにも隙がないんだ!」

「このままじゃ街の外まで吹き飛ばされちゃう!」

「予測ではこれからますます強くなる!」

「おれとエリーは今から全力を出す! トーマスは方向を示せ!」

「どこにも隙がないなら、空気抵抗がいちばん少ない進路でいこう!」

「なんだって!」

「つまりまっすぐだ!」

 空気には固さがあって、雪には重さがあるって知ってた? もし誰も知らないなら、なんらかの表彰をもらいたいと叫びたいのだけど、そもそも呼吸がおぼつかないのでそんなことはできない。

 それでもあたしたちのスクーターは前進した。ジャックは後頭部まで凍っているし、あたしのまつ毛はシュラスコみたいになってる。なんかトーマスだけあったかそうでちょっとずるい。そう思った瞬間、吹雪が破れて魔女フロストの姿が見えた。もう本当に手を伸ばせば届く距離に。

『エリー』

 このラジオパーソナリティのような声は。

『エリー、あなたを選んでよかった』

「ちょっとホーリー。今までどこにいたの?」

『ずっとあなたと一緒にいましたよ。ここまで連れてきてくれてありがとう』

「どういたしましてって言うべきなのかな」

『ええ、私はようやく戻るべきところに戻れるのですから』

「それってどういうこと?」

『私はシマエナガではないのです』

「最近はなんとなく気づいてたよ」

『鋭いのですね』

「しゃべりだしてからは特にね」

『仮の姿でも、大事にしてくれてありがとう』

 姿を現すなり、ホーリーはぷくぷくの姿から赤い球体に姿を変えた。輪郭はほとんど変わっていない気がするけど、愛らしさの高低がすさまじい。

『私を魔女フロストにぶつけてください……特に鼻のあたりに』

 冬の嵐がすべてを拒絶するかのように荒れ狂っていた。ほんのわずかな時間に見た幻影なんだろうか。そう思ったあたしの手には、ビリヤード玉のような真っ赤な球体があった。

「ジャック! そのまま突っ込んで!」

「まかせとけ! うおおおお!」

「行けエリー! ぼくの肩を使え!」

 あたしはトーマスの頭を踏み切り台にしてスクーターからジャンプした。風を切り裂いて、その空気の波の中心をこじ開ける。魔女フロスト。この距離で見ると肌がきれい。若干チーク入れてる。あたしはホーリーをそのわし鼻に叩きつけた。


          ◇


 嘘のように雲が晴れたとき、すでに一番星が輝いていた。西のほうにはまだ朱が残っているからイルミネーションを点灯するにはベストな時間だ。

 ツリーのてっぺんから落下した魔女フロストは、枝にバウンドしながらくるくる回り、地面に接するまえに大きなトナカイになっていた。立派なツノを広げた赤鼻のトナカイ。ああそうか、ホーリーはある人の使いだと言っていたっけ。大事な相棒をなくして困っている人がずっと探していたんだ。

「さぁ、嵐は去った。クリスマスパーティをはじめよう!」

 スコット先生の呼びかけで、避難していた街の人たちが広場に集まってきた。ドリューとベスはさっそくアーチの修理にかかり、ヴィッキーは新しいマフィンを焼きに店に戻った。そしてドンおじさんがあたしたち三人の肩を叩く。

「人類史上最高のクアトロフォルマッジを焼いてやる」

 わお。急いで屋台を組み直さなきゃ。

 広場に集まった街中の人はパーティの準備に余念がない。だから誰も気づかなかったと思う。

 一番星の方向に飛んでいったそりのことなんて。


おわり

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