第2話
公衆の面前で受けたあの屈辱的な振る舞いに対する怒りは未だ新鮮だ。まぁどう見積もっても私が有責というのはあり得ないので、そこはきちんと法で裁き、しかるべき慰謝料を請求しているんだけど……消えてしまった年月は戻ってこない。
あんな奴の婚約者じゃなければ男女交際の甘酸っぱいやりとりや、友達との恋バナも思う存分出来ただろうに。
なーにが「お前みたいな出来の悪い平凡以下の女とは結婚しても意味がない」だ。
尽くしてきたとまではいかないが、きちんとクズ男を立てて3歩も4歩も下がっていた結果、学業成績をわざと落とすことになったんだろうがよ。お前があまりに不出来な男だからさぁ!!??
あいつは頭も悪けりゃ察しも悪い。こちらがわざと手を抜いて成績を落としていることになど気づくわけもない。
しかし怒りを通り越してしまっていた私は、どうでも良くなってしまいそのまま《不出来で平凡以下の女》という称号を受け入れた。
こちらだって顔しか取り柄のない落ちこぼれの下半身で生きてるような男と結婚するのは嫌だったのだ。
逆に婚約破棄してくれてありがとうまである。
というわけでもう婚約破棄は成されているから完全に他人だ。
また婚約者の身体を見てみると、曲がってはいけない方向に曲がってしまっている膝と、顔の美醜がわからなくなるほどに血に塗れた顔以外には外傷はない。
外傷からして命に関わるほどの重症ではなさそうだ。
その少し奥には、御者だっただろう青年が転がっている。何度か顔を見たことがある。
礼儀正しい青年だった。煉瓦色の髪がさらさらしていて、ほどよく風に靡いていたのを覚えている。
こちらは膝では無く、足首が捻れてしまっている。
二人とも怪我をしている。
わたしの力を使えば人一人を癒す事ぐらいはできそうだ。
そう、「一人」だけだ。
わたしは頭の中で両者を比較する。
一方は全く接点のない御者。
歳の頃はわたしたちと同じように見える。貴族の御者をしていたことからそこまで貧しいわけではないだろうが、莫大な治療費は負担になるだろう。茶色い髪に赤い血が染みているところを見ると頭を負傷している。
平民であれば医者に診てもらうのに時間がかかるだろう。
その間放置されればこの若者には未来はない。
こちらは命にかかわる可能性が高い。
御者が被っていただろう帽子は跳ね飛ばされて近くに落ちていた。
クソミソ男からの一方的な婚約破棄に、はらわたが煮え繰り返るかと思っていたか、自分が何もしなくても事故に遭うとはほんとうに「神は見ている」ものなんだなと思わざるを得ない。
私にはこの出来事は神が与えた天罰に思えたし、御者は天罰に巻き込まれてしまった哀れな民に見えた。
「かわいそうに……運が悪かったわね」
私は、固く目を閉じた御者の頭の傷に手をかざして治療を行った。しかし外傷が少しもないのに血が多量に出ていれば「誰かが治療した」ことが明白になってしまうためわざと全ては治さない。頭からは少しの傷でも血がたくさん出るから出血量に対して奇跡的な軽傷で済んだ、という筋書きでかまわないだろう。
そうしてもう一方の元婚約者の近くにしゃがみ込み、既にほとんどからっからになっている魔力を捻り出すようにして必死に治癒魔法をかける健気な女でしかない。
わたしは《出来の悪い》女だから、治癒魔法で大怪我の人を癒すなんて大それたことはできないのが当たり前。
彼からなすりつけられた《不出来で平凡以下の女》という不名誉なレッテルどおりだ。
すでに一人分の治癒を行ったため、いくら治癒を行おうと、男の傷は全く癒えない。
私と共に事故の目撃者になってしまった私の馬車の御者と共連れの護衛騎士は今しがた人を呼びに行っているため、この治療行為は誰にも見られていない。
しかし後ほど彼を治療する医者によって、《元婚約者》の女性の治療魔法の痕跡が見つかるだろう。
どうして彼を助けなかったのか、などと面倒な言いがかりをつけられることもない。
私は意識のない男のそばで、心からの微笑みを浮かべた。
ざまぁされたとかされてないとか……それ、あなたの主観ですよね? 染西 乱 @some_24
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