在りし日のリュウリンカ~スキル『竜化』を持つ少年、女騎士の飼い竜になる

濵 嘉秋

第1話 第四部隊の保護少年

「遅い」


「ぐえっ⁈」


 振り下げた木刀をヒラリと避けられ、背中に鈍い痛みが走る。


 そのまま顔から地面に倒れ込む俺の首根っこを捕まえて無理やりに体勢を立て直させるのは毛先に紫のグラデーションがかかった長髪黒髪の女性。

 彼女はここ都市国家『セントダム』の王国騎士団第四部隊の隊長リンカ=ネイトだ。


 歴代最年少で隊長を任された天才で、今の騎士団内でも彼女に勝ち越せる者は古参の幹部くらいらしい。

 そんな相手と模擬戦をすることになったのは俺の我儘…それを通すにはリンカに一撃を入れなくてはならないのだ。


「まぁたやってるよあの二人」


「もう認めてもいいと思うんですけどね」


 そんな俺たちを屋敷の二階から眺める男女。

 ソーマ=レンドウとクレア=ドット…彼らも第四部隊のメンバーだ。


 当初はソーマたちも模擬戦に参加していたのだが、すでに及第点として認めてもらっているのだが…リンカだけは未だに認めてくれない。


 まぁ模擬戦をしてくれたうちの誰にも一本取れていないから、リンカが厳しいと言うより他の人たちが優しいんだとは思うが。

 

「もう諦めなさい?大人しく私たちに飼われてればいいの」


「だからっ、俺はペットじゃない…!」


 木刀を支えにして節々が痛む体を持ち上げると、もう一度構える。

 

 まだやる。そんな俺の意思を察したリンカは呆れたと言わんばかりのため息をつくと木刀を振る。


 正直、何をどうやってもリンカから一本を取れる気がしない。手加減なんてしてくれるほど甘くはないし、たとえ格下相手でも慢心するほど弱くない。


 だからと言って、諦めるのは絶対にない。


「やあぁあ!」


「…」


「ッ⁉」


 今まで、リンカは俺の攻撃を回避こそすれ受けることはしなかった。

 だけど今回は受け止めた。

 

 渾身の力を込めた一振りを真正面から受け止めた。木刀を斜めに構え、片手のままで、俺の渾身を。


「なっ…」


「分かる?私の細腕でも押し切れない。そもそもこんな条件突き付けられた時点で、察しなさいッ!」


 俺を蹴り飛ばすと顔にかかった長髪を直しながら屋敷に戻っていく。

 

「今日は終わり。また明日ね、やる気があるなら」


 模擬戦は一日20本まで。

 今日はもう打ち止めだが、今日も今日とて惜しいとすらいえない結果だった。

 クレア曰く、確実に強くなっているらしいのだが、相手が相手だからか全く実感がない。


「っクソ」


「またダメだったねライト」


 いつの間にか庭に出てきたクレアが放ったタオルが頭にかかる。

 それで汗を拭いていると大きな羽が体を包んだ。


「お疲れ様ー」


「クレア、恥ずかしい」


「誰も見てないよ?」


 天使族特有の翼を使って俺を包み込んだクレアは、いつものように頭を撫でてくる。

 ここに来たばかりの頃はこの行為を喜んだりしたものだが、最近は羞恥のほうが強くなってきた。


 翼で包まれる関係上、体が密着するから…柔らかいのが当たるんだ。


「こないだ、ソーマにからかわれた」


「むっ…アイツか。おのれ私の癒しを」


 その間も、クレアのなでなでは続いている。

 

 なんだ、前から思っていたけど…心地いい。

 疲労が溜まっているのも相まって、段々とヌ向けが強くなってきた。…という思考を最後に、俺の意識は沈んでいくのだった。





「強くなってますね」


「…都合の悪いことにね」


 屋敷の廊下、シャワー室に向かっていたリンカに、ソーマが声をかける。

 

 話題はもちろん先の模擬戦のこと。ライト=ティガの成長についてである。

 騎士団でも最強格に位置する第四部隊の面々と戦っているのだから、上達に不思議はない。

 そして騎士団員としては、腕のいい新人が出てくるのは歓迎すべきことだ。それはリンカも同意だが、ライトだけは別だ。


 ライトだけは騎士団にしてはいけない。

 ソーマやクレア、他の隊員だってソレは理解しているはずなのに…なぜか「もう認めてもいいんじゃないか」とか言い始めるのだ。

 リンカにはそれが理解できない。


「ライトは戦うべきじゃない。分かるでしょ」


「えぇ。理解はしていますよ。でもこのままライトを押さえつけていても同じじゃないですか?」


「だから入団を認めろと?」


「隊長が認めれば、推薦でほぼ確実に入団できます。そうしたら第四部隊の所属にすればいい」


 本来、新人の所属先を部隊が決めることはない。

 だが推薦ならば原則として推薦した隊長の部隊に配属されるのだ。

 

 顔から柔らかい笑みを消して、ソーマは言葉を続ける。


「僕だって今のアイツを戦いの場に連れて行きたくはない。でも他の道を歩ませる段階はとっくに過ぎ去ってるでしょう」


 まさかライトが騎士団を目指すとは思ってもいなかった。

 街の若者が騎士団に憧れることはあるが、実際に現場を見てもなおその想いを曲げずにいられるかは別問題だ。

 

 ハッキリ言って、大抵は怖気づくと思う。

 騎士団というのは分かりやすく命を懸ける仕事だ。優秀な成績で入団して一度目の現場で心が折れる者も珍しくない。

 

 現場に出ていないとはいえ、そういう負の側面をライトは多く知っているはずなのに。

 それでも尚、騎士団を目指すというのは、楽観か強い使命感でもあるのか。


 だからリンカは、条件を付けた。

 彼女を少しでも知る者なら無茶苦茶だと思うような条件を。すべてはライトに諦めてもらうため。


「それにほぼ毎日ですよ。毎日隊長にコテンパンにされながら未だ諦めない。僕ならもう諦めてたでしょうね。つまりそれほどの想いがあるんですよ」


「もう行っていい?」


 ソーマを放置してシャワー室に入ると、服を脱いでシャワーの水を頭から被る。

 冷水から徐々に温水になっていくのを感じながらここ最近を回想する。そして両手を壁に付いた。


「模擬戦以外でライトと話せてない…⁉」


 「私から一本でも取ってみなさい」

 そんな一言の後、すぐにライトとの模擬戦が始まった。それ以来、ライトと言葉を紡ぐのはいつも模擬戦の中、それも主に自分がキツメな言葉を放つもの。


 2年前、保護したばかりの頃はそれはもう弟のように接していたのに今では嫌味な上司みたいなやり取りしかしていない。


「最近調子が出ないと思ったらぁ!」


 幼い頃、「弟がほしい!」とねだって両親を困らせたことがある。

 

 あれから十年近く、そんな感情は忘れていたのだが…ライトに会って再燃した。

 そしてリンカは、最近の不調をライトとの戯れの減少だと結論付けた。


 だが今から以前のようにじゃれつけるか?普通に嫌がられない?ていうか嫌われてないよね?

 頭の中をライトがグルングルンと駆け回っている。


 もういっその事、明日の模擬戦を加減して終わらせるか?


「いいや。それだけは…」


 加減してライトに一本取られれば以前のような関係に戻るきっかけになるんじゃないか?


 そんな誘惑が襲ってきたが、撃退する。


 騎士団だけはダメだ。

 がバレる危険が高すぎる。もしそうなればライトだけではなく、自分たち第四部隊だって無事じゃ済まない。


「飴と鞭だ。模擬戦の後にたくさん甘やかそう」


 別の方法を提示して先ほどの誘惑を完全に霧散する。


 騎士団はダメ。は第四部隊だけの秘密でなくてはならない。


 もし公になるようなことがあれば


 ライトは確実に処刑される。人類の敵として。

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