第4話 友達にパジャマ姿を見られるのって、なんか恥ずかしいよな


 夏休みの二日目だというのに、朝の八時過ぎに起きた。スマホのアラームが鳴り響いて惰眠を貪ることを許さなかった。

 一階に降りてお茶漬けを食べながらスマホのラインを確認すると、詩織はもう家を出たらしかった。今日は自転車で来るようだ。

 詩織は普段は両親が職場まで車で通勤するついでに途中まで乗せて貰って、途中から学校までは歩いている。一昨日の終業式に朝に会った時は両親に駅前のロータリーで降ろして貰った後だった。両親が休みだったり早出の時は自転車で来る。家から学校までは自転車だと三十五分ちょっとだ。

 俺が自転車で十五分くらいでも暑くて学校に着くと汗が止まらないのだから、その倍以上だと天に召されそうになるのではないかと思う。ただでさえ今年の夏は暑過ぎて、熱中症警戒警報が出されて外に出るのは危険みたいな雰囲気なのに。

 朝ごはんを食べ終わって、椅子に座ったままニュースをぼんやりと眺めているとインターホンが鳴った。

 玄関に行ってカメラを見ると詩織が立っていた。鍵を開けて扉を開けてやる。ワンピースを着ている詩織の姿と同時に、蝉の鳴き声と夏の日差しが同時に玄関から流れ込んでくる。

「ちょっと避暑させて」

「うちも暑いよ。箱根でも行ってくれば?」

「自転車だと何日かかるんだろうね。遠いよりも近場がいいよ。とりあえず、外よりは涼しいでしょ?」

 こういうやりとりをして、詩織を家にあげた。自分の部屋ではなくリビングへ向かう。リビングは二十八度のクールビズ設定でエアコンを付けていて、扇風機が弱モードで首を振っていた。

「すっずし~」と詩織は喜んでいた。人の家のリビングにも構わずにクルクル回って踊っている。そんなに動いたら余計に暑いだろ。

「お母さんは?」

「いない。次の火曜が休みの代わりに土曜出勤。父さんは夜明け前に釣りに行ったらしい。弟は部活」

「そっか~。看護師さんはシフトあるもんね」

 詩織は少し残念そうな顔をしているが、俺は少しホッとしていた。いなくて良かった。母さんと詩織は仲が良い。前に桐馬と詩織とで勉強会をしていた時には、最近のドラマの話とかを勉強そっちのけで楽しそうにしていた。

 母さんは詩織の事がお気に入りで「すごい良い子じゃん」と激推ししてくる。「早く付き合いなよ、いけるって」と親友みたいなアドバイスまでしてくる。「あの子なら安心だわ」とまで言っている。

 詩織の事は嫌いではないけど、彼女とまで考える程ではない。良い子には違いないけれど。それこそ、親友という感じがする。

 詩織に麦茶を出してやる。喉が乾いていたのか、ゴクゴク飲んでいる。

「あ~、おいしい。生き返る」

「さっきまで死んでたのか」

 干からびたゾンビみたいだったもんな、とまで言ったら面倒くさそうなのでやめておいた。

 俺の家は、詩織の家から学校までの中間地点くらいにある。正確には、中間地点から逸れてほんの少しだけ遠回りになるが、気になる程ではない。こういう時にはちょうど良い休憩地になるのだろう。

 学校が早く終わった時に、たまに寄って宿題をして帰る時もある。詩織が自転車できていて、かつ桐馬と三人で帰っている時は、駅で桐馬と別れてからは必然的に詩織と二人で帰る事になる。

「まだパジャマなの?早く着替えて行く準備して」

 詩織は母さんみたいな事を言う。せっかくうるさい母さんがいないのに、セカンドマザーが現れてしまった。朝ごはんを食べ終わったのに、パジャマのままぼんやりテレビを見ている俺も悪いんだけど。

「説明会、何時からだっけ?」

「九時半から」

「まだまだ時間あるじゃん」

「そういう問題じゃないでしょ」

 じゃあどういう問題なんだよ。

 結局、昨日のグループ通話で説明会に行く流れになってしまった。詩織は、やっぱりなぜ静菜さんが死んだのか気になるらしかった。詳しい話を聞きたいと。それで一人だと心細いから俺か桐馬のどちらかにも付いて来て欲しいみたいな事をほのめかした。俺と桐馬が黙っていると「じゃあ明日、迎えに行くよ」と言われた。何の話かと思っていたら俺の話だった。



「そう言えば結局、桐馬は来るって言ってた?」

 後ろで自転車を漕いでいる詩織に尋ねる。ちょうど信号が赤になって、二人並んで停止した。

「分かんない。親が来るって言ってたから桐馬は来ないんじゃない?そもそも今日、電車でちょっと遠出して海を見に行きたがってたし。アルミンかと思ったわ、進撃の巨人の」

「まぁ、雰囲気的に乗り気ではなかったからな」

 自転車を漕ぐ。夏の日差しですぐに背中に汗が滲み始める。

 高校に着き、いつもの駐輪場に自転車を停める。私服で学校の駐輪場に自転車を停めるのは新鮮だった。そもそも私服で学校に来る事自体が新鮮だった。

 校舎には人気がなかった。部活動もしてなかった。しんとしている中に蝉の声がジワジワ響いていて不気味だった。

 会場は体育館だった。パイプ椅子が並べられている。そんなに人は来ないだろうと思っていたが、五十人はいた。圧倒的に保護者が多いが、生徒もいた。桐馬の両親のように夫婦そろって来ている人も何組もいた。

 外には人気がないのに、ここだけ騒がしいのが不自然な事に思えた。

「おい、こっちこっち」

 聞こえる方を見ると、桐馬が手招きしていた。最後列よりも一列だけ前の右端に座っていた。俺と詩織は桐馬の左のパイプ椅子に並んで座る。

「来たんだ」と俺はポケットから出した扇子を扇ぎながら言った。

「来る羽目になってしまった。父親がお前も関係あるんだから来いって。意味わかんないよな、何の関係があるんだよ」

 桐馬は不満そうに愚痴っていた。俺はそれをなだめてやる。

「まぁまぁ、どうせ夏休みで暇だったんだろ?俺らもいるし」

「一週間前くらいに夏休みになったらどこか行こうよという話にはなっていたけれど、こんなイベントには来たいわけではなかったよ」

 隣で朝からナーバスな桐馬は制服を着ていた。

「というか桐馬、制服で来たんだな」

「学校じゃん、ここ。制服以外の服で来るのは校則違反だろ。はい、君ら二人ともアウト。減点です」

「うざすぎる。今は夏休みじゃん。授業もないし」

 詩織が「まぁ、服装の指定はなかったからどっちでもいいんじゃない?」と言った。

 周りにはクラスメイトの姿も見られたが、二割も来てないのではないか。そりゃそうか。わざわざ貴重な夏休みを陰気な気分で過ごしたくないだろう。もっと楽しい事がある。ちなみに制服と私服は半々くらいだった。

 開始五分前になるとパイプ椅子は六割方埋まっていた。保護者は結構いた。皆、暇なんだな、と思った。俺も暇だ。土曜開催というのが悪い。

 前に座っているおばさんは聞こえてくる会話の内容からして他のクラスの生徒の親だった。この人たちは呼ばれてないのに嗅ぎつけて来たのだろうか?ご苦労すぎる事だ。

「ではこれより、説明会を開催いたします」

 前方に立った学年主任がマイクを通して言った。学年主任の隣には担任と副担任と校長と教頭が並んでいる。

 九時半ちょうどだった。


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全世界の蝙蝠が俺にひざまずく 再来の筋肉星人3号 @kinnikuseijin

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