第3話 大学でモテだすタイプ
二年四組が抱いていた静菜楓の印象は、一言で言えば「静か」だった。これは俺だけでなく、クラス全員が思っているはずだ。静かと静菜は響きが似ている。名前と特徴がリンクしている珍しい例として数えられる。
友達はいないわけではないが少ない。昼はクラスの控えめな女子たちと弁当を食べている。しかし、その女子たちともそこまで仲が良いわけではなさそうだった。たまに昼休みに見かけない事もある。他のクラスに友達がいるわけでもなさそうだから、ぼっち飯をしているのかもしれない。
ミステリアスと言えば聞こえがいいが、何を考えているのか分からない。でも話しかければ笑顔で話してはくれる。消しゴムを忘れたら貸してくれる。悪い子ではなさそう、むしろ良い子だろうという感じだった。
そして影は薄いから目立たないけれど、そこそこ美人だった。クラスで二番手くらいなんじゃないか?化粧を覚えれば一位に躍り出るかもしれない。大学生になって垢抜ければモテるだろう。もう死んでしまったから大学には通えないけれど。
控えめで大人しい普通の女の子。少し人見知りだけど。教師も何の問題も起こらないと注意してなかっただろう。
静菜楓は、そんな生徒だった。この世にはもういない。
「ねぇ、健尋のお母さんは説明会行くの?」
机の上に置いたスマホのスピーカーから詩織の声が聞こえてくる。
「行かない」
俺はシャーペンを持った手を止めることなく答えた。単語帳の英単語を十回ずつ書き続ける。夏休みの宿題だった。今はsupremeと書き続けている。
詩織の方はスマホを手に持ってベッドの上で寝転んでいるらしかった。時折、体勢を変えた時にゴソゴソという雑音が入ってきてうるさい。
終業式の翌日の昼、つまり今日、また連絡網が回ってきた。学校側が保護者への説明会を開催するらしい。
夕方になって、詩織が俺と桐馬にグループ通話をしようと誘ってきた。夜の九時半からだった。俺は夏休みの宿題をしながらスマホを机に置いて会話していた。
「私の所はお母さんが行く。桐馬のお母さんは行くんだっけ?」
「父さんも行くよ。説明会、土曜にあるから二人とも暇なんだよ。人間ってのは暇になるとそれを潰すために、小さい問題でも荒立てて刺激を求めようとするから」
「言い方ひどすぎない?」
詩織がちょっと引き気味に言った。
「ニュースとかツイッターとか見てて日頃から思ってるんだよ。うちの親、絶対に説明会で怒って声を荒げるよ。自分の子供が死んだわけでもなくて、学校に原因があるって確定したわけでもないのに。正義どうこうではなくて、隙があればそうやって学校に攻撃したいタイプの人なんだよ。マジで憂鬱だ。行かないでいいって言ったのにさ。馬鹿に暇を与えてはいけないってどっかの偉人が言ってたけど、これはマジだよ」
憂鬱そうな声音で、桐馬は長々と語った。めっちゃ言うじゃん。これはガチで病んでるヤツだ。
「お前の親、モンスターペアレントなのか」
ノートのページをめくりながら、俺はコメントする。右手の下側が書いた文字と擦れて黒くなっていた。
「ぶっちゃけ、そう」
「ん~」詩織は悩むような声を喉から出していた。「子供である桐馬はかなり適当な人なのにねぇ」
「詩織の方が言い方ひどくない?まぁ、事実なんだけど」
桐馬はため息をつく。
「そう言えばさ」と俺は思い出した事を口にする。
「先生から電話かかってきた?俺だけじゃないよな?」
「あ、私もそれ聞こうと思ってた。なんかビビっちゃったよ」声のトーンを一段高くして詩織は言った。「原因に心当たりはないかとか聞いてきた。他にも、悩みとかはなさそうだったか、とか、あれこれ」
「何て答えた?」
「ないって言うしかないよな、そりゃあ」
「だよな、俺もそう」
俺は目の前に誰もいないのに頷いてしまっている。
「先生も疲れ切ってた顔してたな」テンションが下がっていた桐馬が口を開く。「そう言えば、クラスでもう一人、宮前も休んでたじゃん?体調不良で。アリバイみたいなの聞かれたらしいよ」
「マジかよ。自殺なのに?」
「自殺なのに。一応聞かせてって言われて。ずっと家にいたって答えたらしいけど」
「それ、聞かれたらめっちゃ気分悪くなりそうだな」
俺ならなる。
「なったって言ってた。電話したんだよ。家で寝込んでたら冤罪かけられたって。そう考えると、俺たちは朝からずっと一緒にいてよかったな。登校してから始業式を挟んで帰るまで同じ空間にいたから、完全にアリバイがある」
良かった、と付け加えて桐馬は言っていた。元気が戻ったみたいだった。
詩織は「アリバイって、私たち容疑者なの?」と呟いていた。
「そもそもさ」と俺は言った。「殺人なんて無理だろ。高校生が人を殺して警察を欺けるわけがないし。自殺で確定って言ってたし」
「まぁ、そうだな」
桐馬はこう言いながら何かゴソゴソやっていた。部屋の片付けでもしているのだろう。
「ていうか桐馬、なんかあっけらかんとしてない?健尋も」
「そりゃ、昨日と今日の朝はショックで、神妙になったよ。でも俺、ほとんど関わりなかったし。健尋も同じだろ。なぁ?」
「うん」
俺は頷いて、詩織に聞き返す。
「詩織こそ、思ったより普通じゃん。声のトーンは若干低めだけど、思ったより元気というか」
「昨日と今日の朝はめっちゃ泣いたよ。友達と通話しながら」
その辺りが気分の底で、今が上がり調子なのか。
「でも正直、あまり実感が湧かないんだよね。現場を見たわけでもないし、すぐ帰らされて電話連絡が来ただけだし、お通夜もなかった。葬式も家族葬らしいし。それに、私だって仲良くて堪らなかったってわけじゃないし」
「なるほど」俺は納得した。「今日から夏休みで、しばらく学校に行くこともなくなるしな。実際、今日休みだったし」
「そうなんだよ。まだフワフワしてる。現実感がないんだ。私、冷たいのかな?」
「そんなもんじゃない?」
「いや、健尋はかなりドライな方だと思うぞ」
桐馬はこう言った。ドライなのは事実で自覚もあるが、他人に言われると「は?」と思う。俺は少しムスッとする。
というか、さっきから電話越しに「パチンパチン」という音が聞こえていた。
「さっきから何してんの?なんかパチンパチンって音、聞こえるけど」
俺が尋ねると、桐馬が「あぁ、爪切ってる」と言った。今切るなよ。
今度はザザッという音がした。詩織が寝返りを打ったらしい。こいつらに落ち着きはないのか。
「そう言えば、明日の説明会、生徒も行って良いみたいだけどどうする?健尋と桐馬は行くの?」
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