3通目
権兵衛さん、もしかして、権兵衛さんが写真館のひとにたのんでくれたんじゃないんですか?
わたし、ほんとうはお便りじゃなくておとなりへ走っていこうとしたのです。でも、やめました。
わたしはわたし、権兵衛さんは権兵衛さん、お便りのなかだけのおつきあいでした。それが約束でしたね。
前略をかくのをうっかり忘れてかきだしてしまっているようではまだまだです。ごめんなさい。
ああでも、どうしましょう。わたし、さっきからうれしくてすわっていられないくらいです。でも、がんばってつづけます。おばあさまと、そして権兵衛さんとも、書くことをしっかり毎日つづけるようにって約束しましたものね。
まずは、ないしょにしてほしいはなしがまたひとつあって、おばあさまはやっぱり老人ホームにはいりました。退院したのですけれど、おうちにはもどりませんでした。
ないしょなのは、おばあさまのことじゃないです。わたしが前に、叔父とうまくいかなかったらおばあさまのところに帰るとかいたことです。あのときもないしょにしてとおねがいしましたけれど、いまはもう、ぜったいにひみつにしてください。
叔父がもしそれを知ったら、とてもがっかりするとおもうのです。
こんなことかいたと叔父に知られたらきっと、また生意気をいってってしかられるとおもいます。でも、こういってはなんですが、わたしが生意気なら、叔父はおとなげないです。
だから、およめさんがこないのだとおもいます。
わざと、いじわるなことをかきました。
わたしみたいなコブがいたら、よけいにおよめさんがこないですよね。そうおもうと、ぜったいに言っちゃいけないとおもうから、ここにこっそり悪口をかきました。
でもわたし、きっと叔父のことをきらいじゃないです。
たぶん、ですけれど。
それから、権兵衛さんが調査してくれたサンタクロースさんについてのたくさんのおはなし、とても面白かったです。
デンマーク王国に「グリーンランドサンタクロース協会」というのがあるのですね。地球儀でさがしました。叔父がものおきからとってきてくれたのです。ふたりでながめました。デンマークというとアンデルセンの国ですね。
サンタさんは、やっぱり宇宙人ではないんですね。ほっとしましたけれど、ちょっぴりざんねんな気もします。そしてトナカイは九頭いて、ちゃんと名前がきまっているとはおどろきました。ルドルフのほかは、なかなかおぼえられそうにありません。あと聖ニコラウスというひとが、えんとつから金貨をなげたというのがとても面白かったです。
調査結果にあるたくさんの言葉をひとつひとつ、辞書と百科事典でしらべています。冬休みはこれで楽しくすごせそうです。どうもありがとうございます。
権兵衛さんはいつも、わたしがなにをもらったらうれしいのかお見通しですね。叔父とはおおちがい。
そうかとおもうと、叔父はやっぱり油断のならないところもあって、たまに閉口します。
あ、わたし、だいぶきもちがおちつきましたね。さっきはサンダルをはいて、そのまま庭へ飛び出すいきおいだったのに。
晴れ着のはなしです。
わたし、晴れ着すがたを写真館のひとにとってもらうことになりました。写真館のひとが、パーマ屋さんにかけあってくれたそうです。いそがしい三が日すぎてからといわれましたが、それはもういいです。
着付けのお代は写真館のひとがはらってくれるということですし、なによりも叔父がとてもごきげんなのです。
正直にいうと、さっき、朝食のときに叔父と言い合いになるかとおもいました。とった写真をお店にかざるというので、はずかしいからことわってとおねがいしたのです。そしたら叔父がまたむずかしい顔をしたのです。じぶんでも、こんかいの「ことわって」は叔父にわるいような気がしました。じぶんから着たいといったのですから、わがままといわれたら言い返せません。
でも叔父は、今朝はいつもと少し、いえ、だいぶちがいました。うでをくんでしばらくうつむいてからコーヒーをもったいぶった顔つきで飲みました。それから、春の字、としずかな声で言いました。
春の字、おまえ、学校に通うのに、あそこの写真館の前を毎日とおるだろ。ショーウインドウをしっかり見たこと、何度ある。
わたしは首をひねりました。
写真館のひとにはたいそうわるいのですが、片手もないとおもいます。だから正直にこたえました。
たぶん、片手くらい。
だろう?
叔父はやけに満足そうにうなずいて言いました。
春の字の写真もそれくらいしか見られないからはずかしくなんてあるものか。たぶん、いちども見ないでとおりすぎるやつのほうが多いさ。だれも気にかけちゃいないよ。
叔父のいうことはもっともでした。それでも、です。
でもわたし、あそこに写ってるひとが知らないひとばかりだから気にならないだけかもしれない。
そうだな、でも学校の友達だってさいしょだけだ。すぐあきる。春の字みたいに、じぶんが写ってれば別かもしれないがな。
叔父はそう言って、にやりとわらいました。
なんだかむしょうにはらが立ちました。でも、叔父のいうことはそれなりに道理がとおっているとおもいました。でも、なんだかとってもくやしかったので、叔父に言いました。
じゃあおじさまも、いっしょに写ってください。わたし、おばあさまにそのお写真をおくりますから。
叔父はひろげていた新聞から顔をあげてこちらを見ました。わたしも負けじとにらみかえしました。
いっしゅん、また言い合いになるかとおもいました。
けれど、そうはなりませんでした。
叔父は、なにがおかしいのかきゅうに笑いだしたのです。新聞がガサガサとふるえていました。そして、ああ、わかったわかった、そうするよ、と口にしました。
わたしがまだなんだか信じられなくて、だまって叔父を見つめていると、叔父は新聞をたたんでわたしの目を見ていいました。
おれも、そうしようと考えていたんだよ、と。
わたしは、そのとき、なんていったらいいのかわからないけど、わからないなりに、叔父のことがほんの少しだけわかったような気がしたのです。叔父はおじで、きっと色々なことをたくさん考えていたんだな、ということが伝わってきたようにおもうのです。
また生意気だと叔父にいわれそうですけど。
叔父はそれから、いちばん良いくつ、けれど底がもうダメになってしまっているあのくつを持って、出かけていきました。わたしはそれを見てうれしくてうれしくて、さっき、お庭へ出ておとなりさんへ、そのはなしをしたくなってしまったのです。
いまのわたしのきもちは、もういくつねたらお正月の、あの歌のとおりです。
はやく、ほんとうに早く、お正月がきてほしい。
そうしたら、おじさまとうつった写真をおばあさまに見せられます。
ねえ権兵衛さん、わたし、この町にきて四か月とすこしです。そして今度はじめてお正月さんをおむかえします。
権兵衛さんがあのときお返事くれなかったら、わたしはきっと、書くことをやめてしまったかもしれないです。ほんとうにどうもありがとうございます。
わたし、いちばんはじめのお便りでじぶんの名前に文句をいいましたけれど、いまは、春を呼ぶ春呼でほんとうによかったと思えるようになりました。
おかげさまで今年も、うれしい春をおむかえできそうです。
権兵衛さん、来年もどうぞよろしくお願いいたします。
またお便りくださいね。きっとですよ。
佳いお年を!
少女文学者・春呼さん 暮れのお便り 磯崎愛 @karakusaginga
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