2通目
前略ごめんください。
権兵衛さん、朝でかけるまえに出したお便りにもうお返事いただけるとはおもっていませんでした。ほんとうにどうもありがとうございます。
わたしが木のうろに手紙をいれるのを見ていらしたのかしら。
権兵衛さんは、大そうじなどおいそがしくないですか?
わたし、お手伝いにあがりましょうか。
まずはじぶんのことをどうにかなさいとしかられるかもしれませんね。
そうなのです、おっしゃるとおりです。わたしはいま、たいそうおちつかないのです。
今日は叔父がずっと出かけているので、前よりもきちんとおはなしできるかとおもいます。
まず、サンタさんのことです。
権兵衛さんの教えてほしいことのひとつは、わたしがサンタさんがいると信じているかどうか、ですよね?
わたし、正直にいうと、権兵衛さんの言っていることがよくわかりません。だってサンタさんはテレビにだってよく出ていますし、デパートにだっているじゃないですか。
デパートにいるひとは、たいてい外国のひとじゃないですけど。日本支部のひとだとおもっていました。
サンタさんになるには、サンタさんの協会に入らないといけないんじゃないのですか? わたし、ああいうひとたちはサンタさんになることができるお免状みたいなものを持っているのだとおもっていました。ちがうのですか?
だって、そうじゃなければ世界中のこどもたちにプレゼントを配るのはむずかしいじゃないですか。たった一日でなんて無理です。それに、お衣装だって用意するのが大変でしょうし。
でもうちにはお父さんとお母さんがいないから、サンタさんが来ないのだとおもいます。きっと、そういう約束になっているのではないでしょうか。サンタさんとお父さんお母さんがプレゼントを取り決めるのです。おとなの世界は なんだかそんなふうにできているような気がします。
叔父は、そういう決まりが好きではないようです。
祖母も、叔父とはちがいますけれど、みなと同じというのをあまり好きではないようでした。
よそのおうちはよそのおうち、とよく聞かされました。ささいなことですけれど、お弁当箱ひとつとっても、おともだちが持っているのと同じものを買ってはもらえませんでした。
そもそものところ、うちにはみんなのおうちのようにお父さんとお母さんというひとたちがいないのですから、それが当たり前かもしれません。
だからふたりとも、サンタさんにお便りしなかったのだとおもいます。
べつに、わたしはそれでかまいません。もっとちいさいころは、サンタさんに来てほしいとおいのりしたこともありましたけど。あ、これは絶対にないしょにしてくださいね。お願いですよ。
あ、サンタさんで思い出しました。ごめんなさい。
わたし、さいしょに権兵衛さんにお礼をいわないといけませんでした。サンタさんについて調査してくださっているとのこと、とても楽しみです。それと、オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』の賢者についても、いろいろと教えてくれてどうもありがとうございます。今まででいちばんくわしいおはなしでした。
幼稚園に通っていたときに、東方の賢者たち、東方の三博士の出てくるおしばいをしたことがあります。わたし、あの三人の名前をうっかり忘れていました。メルキオール、バルタザール、カスパール、もうおぼえました。忘れません。それぞれに若者、壮年、老人で、黄金、乳香、没薬というのを贈り物にしたというのもおぼえました。
いま、ねんのため紙をうつしながらかいていますが、漢字ももうあたまにはいりました。だいじょうぶです。
それから、作者のオー・ヘンリーのねらいについて、わたしが「どこにでもあるありきたりのできごとでお話しになりませんね」とかいたのをほめてくれてとてもうれしいです。
権兵衛さんは、あのおはなしのいっとう「注意深くよまないといけないところ」は、貧しいと「ちゃんときけばいい」ができなくなるところだとはなしてくれましたね。お金がないと、何もかも、よゆうがなくなるのだと。いろんなことにかまうことができないのだ。
わたし、じぶんがはずかしいです。やさしくなかったとおもいました。
デラは、はじめにわあわあ泣いていました。ジムも、寒いのにオーバーも着ないではたらいているひとでした。それなのに、相手にぴったりの贈り物をえらぶことができたのですね。相手のふだんの様子をよくよく見ていたのでしょう。
それは、やっぱり賢いおこないのようにおもいました。
そんなふうに考えると、叔父とわたしはとうてい賢者になれそうもありません。
うちはデラとジムほど大変ではないとおもいます。でも、叔父のくつの底はすりきれたままです。新しいくつを買うか、底全部をとり変えてもらうといいのですけれど、叔父はそんなのほうっておけというのです。
叔父はいいかげんなところがたくさんありますが、気にしていないわけではないのを知っています。このうちにきてすぐ、玄関のおそうじをしたとき、叔父のくつもみがいたのです。叔父はとてもよろこんでくれました。
くつみがきの道具箱には、いろいろな色のクリームやブラシがきちんときれいにおさめられていました。わたしたちは玄関にならんでこしかけて、いっしょうけんめいにくつをみがきました。叔父の手つきはすばやくて、それでいてていねいでした。きゅきゅっという小気味いい音がひびきました。わたしはそれを、ずっと見ていてあきませんでした。
ああいうとき、わたしはこのうちにきてよかったとおもいます。おばあさまといっしょにおぞうきんをぬったときと同じようなきもちがしたのです。
はじめ晴れ着をきせてくれるはずだったご近所さんが、春ちゃんがいるのだから、チョンガーだってちゃんとお正月らしくおせちも用意するんでしょうね、と叔父にいいました。叔父はおとなのくせにみっともないほどいいいかげんに、そっぽをむいて、そんなめんどくさいことできるかとこたえていました。わたしは、はらはらしてそれをみていました。
それなのに、叔父はおとなりさんに「主婦の友」や「今日の料理」などを借りてきたようです。台所のたなの上のほうにありました。買ったのでないのは日付でわかりました。わたしはそっと、元のじゅんばんにもどしておきました。
叔父はやさしいです。
でも、すごく怒りっぽい。
それとも、おとこのひとというのはいつもあんなふうなのでしょうか。お父さんがいないのでよくわかりません。学校の先生はあんなふうではないようにおもいます。それともあれは、学校だからでしょうか。叔父も、外ではああではないようにもおもいます。
晴れ着のことだって、そんななのです。
叔父はわたしに、きれいなよそいきのかっこうがしたいんだろうっていうのですが、そうじゃないといっても信じてくれません。いえ、そうじゃないというのともちがうのかもしれませんが、だから叔父のいうことも少しはあたっているのかもしれないけど。でも、そうじゃないんです。
叔父のくつが新しくなるほうがいいって言ったら、こどもはそんなこと気にするな、ひとのあしもとばっかりみて、ろくな大人にならないぞ、としかりました。
わたし、ベッドですこしだけ泣きました。
叔父はずるいです。
クリスマスプレゼントのときは、もうこどもじゃないんだからサンタなんていないってわかってるだろうって言うくせに。
ほんとうに、ずるい。
しかもそれをいうと、口ばっかり達者になって、とまたどなるのです。
ほかのひとにも、そういわれたことがあります。こどもらしくないとか、ませているとかは言われなれているのでいいのです。でも叔父は、ふだんはわたしに、むっつりだまってないで思ったことをちゃんと話しなさいっていうのです。それではなすと文句をいう。
はらが立ってしかたありません。
叔父だけでなく、たいていのおとなはほんとうにずるいです。つごうによって、わたしをおとなとこども、両方にいいたがる。もう幼稚園生じゃないんだからとか、こどものくせにとか、同じ口でつかいわけてしらんぷりです。
でも、いまここまでかいてよみかえしたら、なんだかたいそうすっきりしました。じぶんでも、ほんとうはサンタさんからプレゼントがほしいようなことをかいていますね。だって、ほんとにちいさいころのことだけなら、ないしょにしてっておねがいしなくていいんです。わたしきっと、やっぱりサンタさんが来なくてさびしかったんですね。
よみかえしたら、わかりました。
そういうわけで、わたしも叔父も、デラとジムのような賢者ではないのでしょう。おはなしのなかのひとではないので、それで当たり前かもしれません。
お正月は、晴れ着じゃなくて、ウールのきものをきることにします。正直にいうと、ちくちくしてあんまり好きではないけれど、あれならふだん着ですから心配ありません。それに、ひとりでも半巾帯なら結べるとおもいます。もしも上手にむすべなくても、はおりを着てしまえば後ろはみえません。おばあさまが、あ、祖母がむかし、ちょっといたずらっぽい顔をして、鏡の前でそんなことをつぶやいていました。
わたし、そういうのをこっそり見たり聞いたりして、よくおぼえてるんですよ。たしかにろくな大人にはならないかもしれないですね。
でも、べつにいいんです。そういうわたしを面白いとおもってくれるおとなりさんみたいなひともいるんです。叔父だって、じぶんのことじゃなければきげんよく聞くのですもの。
祖母はおたいこむすびというのをしていました。しゃっきりとして、きれいな後ろすがたでした。
さて、そろそろリュネットをおさんぽにつれていく時間になりました。これをいつもの木のうろに入れてきますね。
サンタさんの調査、楽しみにしています。 かしこ
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