少女文学者・春呼さん 暮れのお便り

磯崎愛

1通目

 わたし、ただたんに晴れ着がきたいっていっただけなんです。 

 それがこんな大変なことになるなんて!

 ああ、ごめんなさい。わたしったら、ごあいさつもなくお便りを書きはじめてしまって。

 でも権兵衛さん、きいてください。

 もうすぐお正月ですよね。だから叔父にいったのです。新しい年にはきちんとしたかっこうで神社にお参りするっておばあさまに教わったと。

 ごぞんじのように、わたしが叔父の家にひっこして四か月と少したちました。このごろようやくいろいろなことになれてきたと思っていたのです。その、つまり、おたがいのやり方に。

 わたしは親がいなくてずっと祖母とくらしていました。どうもそのせいで少しばかり世間とずれているらしいのです。

 ともかく叔父はそう言います。

 でも、わたし、

 叔父もそうとうずれているとおもうのです!

 ねえ権兵衛さん、わたし、権兵衛さんにだけ告げ口しますけど、叔父はわたしにクリスマスプレゼントを用意してくれなかったのです。

 わたしはもう十歳です。小学校の四年生です。幼稚園生じゃありません。だからサンタさんが来なくてもべつにかまいません。でも、プレゼントはそれとはべつのはなしです。

 じつは、七つのときに、おともだちがこっそり教えてくれたのです。サンタさんのかわりは、お父さんとお母さんなんだそうです。わたしにはじゃあ、サンタさんは来ないってことになります。

 そして、じっさい来ませんでした。

 おことわりしておきますけれど、祖母はちゃんとわたしにクリスマスプレゼントを用意してくれました。毎年とても素敵なものを選んでくれます。すずらんのかたちをしたブローチや雪の結晶みたいにきれいなレースのハンカチ、外国の絵本だったこともあります。どれも全部、わたしのお気に入りです。でも、それをサンタさんからだとはいちども言いませんでした。

 わたしは、わたしのところにサンタさんは来ないのだとおもっていました。

 でもべつにいいのです。さみしくはありません。

 サンタさんなんていうひとは、ただプレゼントを運んでくれるというだけの、どこか遠くの国のおひげのおじいさんたちの集まりなのですから。わたしとは関係がありません。

 すこしうらやましいのは、トナカイさんを連れて空を飛べることくらいです。あのソリには特別なしかけがあるのでしょう。NASAか、またはハリウッドが協力しているのではないかとにらんでいます。わたしとしては、NASAのほうがわくわくするのですが。なので、それはちょっぴり気になります。

 ほんとうにそれだけです。

 あともうひとつ、わたしが気になっていることがあります。

 権兵衛さんにだけおはなしします。ほんとうに、誰にもおはなししたことがないのです。権兵衛さんにだけ、特別ですよ。

 サンタさんというひとたちが、この世のすべてのおうちの「お父さんとお母さん」にこどものためのプレゼントを渡してまわっているおじいさんの集まりだとすると、それにはなにか重大なひみつがあるのではないかとおもうのです。

もしかすると、わるい宇宙人が変身したすがたではないかと考えると、ねむれなくなってしまうときがあります。わたしがもらったことのないプレゼントには、宇宙人がしかけていったひみつがあったりするのではないでしょうか。

 でも、サンタさんがこどもをさらっていったというはなしを聞きません。だから、あのひとたちは本当にこども好きのひとたちなのでしょう。

 でなければ、これがいちばん自信のあるはなしなのですけれど、サンタさんの始まりというのは、お孫さんになんらかの理由で会えなかったお金持ちのおじいさんが、じぶんの孫ではないこどもたちにプレゼントをくばったのがきっかけではないでしょうか。

 それから、権兵衛さんは、オー・ヘンリーの『賢者の贈り物』という小説をよくご存じでしょう?

 わたし、あれを賢者というのがよくわかりません。

 おとなりの作家さんがいうには、オー・ヘンリーというひとはたいそう小説が上手で、短編の名手とよばれているそうです。わたしもあのどんでんがえりがとても面白いとおもいました。でも、あのふたりが賢者だと最後にくりかえすのはふしぎでしょうがありません。

 あのふたりは相手をおどろかせたかったのかしら。いっしょに住んでいるのに?

 わたし、デラはジムにオーバーか手袋を買ってあげたらよかったとおもうのです。だって寒いのですから。デラがいうように髪はのびるので櫛はつかえます。それでも、ジムはデラのために新しい上着をプレゼントしたらいいとおもいます。そうしたら、ふたりとも新品の服をきて新年をおむかえできるのです。

 でもそうなったら、どこにでもあるありきたりのできごとでお話しになりませんね。

 それに、相手にほんとうによろこんでほしかったなら、ちゃんときけばいいとおもうのです。あれをよむと、たいそうおちつかない気持ちになるのです。

 とうとつなようですが、わたしと叔父のあいだはいつもあんなかんじです。 

 晴れ着についてのこともそうなのです。

 そうです、晴れ着のことを権兵衛さんにどうしても聞いてもらいたくてかきはじめたのでした。

 それにしても、お便りというのはふしぎです。

 わたし、おたよりなら、なんでも言えるみたい。それから、じぶんが何をかんがえたいたのかわかるみたいです。

 わたし、晴れ着のことで叔父とごちゃごちゃしていやなのだとずっと思っていました。とにかく気が重くて、いつもはとても楽しみなお正月なのに、それがもうずっとこなければいいと神さまにお願いしたい気分だったのです。

 こんなこと、生まれてはじめてです。

 わたしはお正月が大好きです。

 だって、なんだかなにもかもが真新しくて、キラキラして、とてもあらたまった感じです。おおみそかから、ただ一夜あけただけで、たんに年が新しくなるだけのことなのに、どうしてあんなふうに世界が変わって見えるのでしょう。

 大そうじのせいでしょうか。

 それもあるかもしれません。

 わたしは長い廊下のぞうきんがけが大好きです。たたたたっと走ってかけるのです。まっすぐ板の目にそってかけぬけるのはきもちがいいです。そして、おばあさまがぬってくれたおぞうきんを両手できゅきゅっとしぼるのです。あのきちんどおぎょうぎよくそろったぬい目が好きでした。まんなかのばってんのきまりきった顔つきも。

 それからハタキをかけるのも。高いところの窓からななめにはいるおひさまに、ちりやほこりが光って見えるのがなんとなくきれいにおもっていました。

 元日の朝、外がしずかなのに空が晴れてふしぎにひかりが明るいのもここちいいです。新春っていうのだそうですね。迎春ということばも教わりました。春をむかえる。

 いっとうさいしょのお便りでおはなししましたけれど、わたし、春呼という名前でしょう。春を呼ぶで春呼。はるこのこという字が子どもの子だったらどんなにかよかったのにって思うことがたくさんたくさんあるのですが、でも、お正月にはなんだかいい気分です。

 わたしが丹精をこめて春を呼んだようなここちです。

 おばあさまが、よくそう言ってくれていたのです。

 春さんがおそうじをよく手伝ってくれるから、今年もお正月さんが無事にやってきてくださったわって。

 あ、また寄り道してしまいました。しかもまたおばあさまってかいてしまいました。いけませんね。

 晴れ着のはなしです。

 お正月には祖母に晴れ着をきせてもらっていました。祖母が下着からなにから新しくそろえてくれたのです。

 おろしたてのものはなんでも気持ちがいいです。すこしごわごわして慣れないところもありますが、さっぱりとして、せいけつです。きもちがとても清々とします。

 晴れ着はまさに、お正月に着るものでした。

 わたしは、ただそれをここでも着たかっただけなのです。でも着られないなら、べつにそれでよかったのです。

 はじめは、ご近所さんにたのんでくれるというはなしでした。それが、そのおうちの奥さんの妹さんに赤ちゃんができたとかで、お正月は実家にかえることになったそうです。わたしはもうそのときに、べつにいいって叔父に伝えたのです。

 でも叔父は、こんどはわたしにないしょでパーマ屋さんにかけあってくれたのです。お店で着せてもらうのは七五三のとき以来です。お金がたくさんかかるのじゃないかと心配でした。なので、そんなことまでしなくてもいいって言ったら、叔父がおこるのです。もう予約してしまったのにって。

 はなしはそれだけで終わりませんでした。

 そのパーマ屋さんのおじいさまが入院されて、お正月はもっと前に予約したお得意さまだけにってことになったのです。

 そしたら叔父はまたおこるのです。春の字、おまえ、こどもだから後回しにされたんだぞって。

 だって、それはしかたないじゃないですか。じゅんばんですし。こどもだからかもしれませんけれど、そういうものです。  

 なのに、どうしてでしょう。叔父は、もうおまえ、あそこで髪きってもらうんじゃない、とまでいうのです。たぶん、今だけのことですけれど(おかみさんがこっそりわらってそう教えてくれました。わたしもそうおもいます)。

 あ、いけません。叔父がかえってきました。

 なんだかはなしがあちこちしていますが、今日のところはおしまいにします。

 明日またお便りいたしますね。               かしこ




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