天上の姉妹たち

吾妻栄子

天上の姉妹たち

「おや、今夜もあの子は本を読んでいるのね」

 雲の上から下界を見下ろしていた雨の女神は呟きました。

 視線の先には小さな一軒家があり、その窓辺ではみすぼらしい身なりの少女があかぎれした手で本のページをまた捲るところでした。

「あれは一日の働きを終えた後の楽しみなのですわ」

 女神の傍らにいる長女は痛ましげに続けます。

「もう灯りの蝋燭ろうそくも燃え尽きそう」 

「今の時期は最も夜が長く昼が短いですから、地上したの人たちは灯りに費やすお金も一番掛かるのですよね」

 奥ではたを織っている次女も静かに語りました。

地上したの人たちって大変なんだね」

「暗いと灯りなしではなんにも出来なくて、すぐ壊れるおうちに住んで」

 天上の光る砂の上に虹色に輝く積み木で家を建てていた幼い三女と四女も笑って話し合うのでした。

「少し行ってみます」

 雨の女神の長女はひらりと雲の上から身を躍らせます。


*****

みぞれが降ってきたわ」

 窓辺の少女は立ち上がりました。

「父さんの馬が帰りに泥濘ぬかるみにはまってないかしら」

 せかせかと継ぎの当たった外套を纏うと傘をさして真っ暗な夜の道に出ていきます。


*****

 雨の女神は長女を呼び戻しました。

「お前は今夜は降りるべきではありません」

 母親と姉のやり取りをよそに次女は奥で黙って機を織っていました。

「次はあたちが行ってくる!」

「あたしが先だよ」

 母親の女神が答える前に砂と積み木遊びに飽いた下二人の娘たちは雲から駆け降りました。


*****

「今度はあられが降ってきたわ」

 帰宅した父親の湯呑みにお茶を注いでいた少女はパラパラと弾けるような窓の外からの音に目を丸くします。

「まだ粒が小さいから大丈夫かしら……ひょうに変わったわ!」

――ガシャン!

 上の階からの音に少女は飛び上がって駆けていきます。

 階下の窓辺に戻ってきた少女は火が点いたように泣いている赤子の弟を抱いていました。

「大丈夫よ、こっちの部屋はあったかいから。二階の割れた窓は明日、父さんが直してくれるって」 

 雨の女神は急いで幼い四女を抱きかかえ、三女の手を引いて雲の上に戻ります。

「お母さんがいいとも言わないのに遊びに出ては駄目ですよ」

 少し大きな三番目の娘には厳しく言い聞かせます。

「お前は滅多に地上に降りてはいけません」

 その様子を目にした雨の女神の次女は機を織る手を止めました。

「では、私がまた行きましょう」


*****

「雪だわ」

 窓辺の娘は微笑みました。

「静かでほのかに明るい」

 夜の深まる中、粗末な家の屋根にも周りにも真綿のように柔らかな雪が覆っていくのでした。(了)

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