【第三部】神魔伝承 中原動乱編

天﨑工房

第1話 黒龍騎

 中原動乱編(2024 天﨑工房)


 ハルティス王国ハルト七世は、卓越した戦術眼と数多の人材に恵まれ、その版図を広げようと画策した。

 やがて周辺の小諸侯を従えたハルト七世は、皇帝カイゼルハルト一世を名乗り、その帝国をさらに強大なものにしていく。

 イヅカ王国を盟主とするファレス大公国は、カイゼルハルトの急激な版図拡大により、その矢面に立たされることとなった。

 交通の要所と穀倉地帯を抱えるファレス大公国は、カイゼルハルトの目から見て魅力的な領土として映ったのである。

 かくして、カイゼルハルト帝国は、その大軍をファレス大公国に向ける。

 そしてこの物語は幕を開ける。


 <神官戦士>

 イヅカ王国はファレス大公国の他にもいくつかの属領、同盟国を持ち、それらはゆるい主従関係に加え、戦神に対する信仰によっても結ばれていた。

 戦神ガルドの各神殿には、それぞれ神官戦士団が存在し、どれも精強なことで勇名を馳せていた。

 ファレス大公国にある神殿の神官戦士団団長であるキース・ラディアンはカイゼルハルト帝国の大軍が進撃して来ているとの報に接し、即刻戦士団に招集をかけた。

 ファレス大公国もイヅカ王国からの援軍を得て、防衛戦に出撃する準備を整えている。

 それに合流し、前衛基地となるバレンツィア要塞でカイゼルハルト帝国軍を迎撃する算段であった。

 問題は、その数である。

 カイゼルハルト帝国軍は総数10万とも言われる大軍であるが、ファレス大公国側が揃えられる兵力は、イヅカ王国の援軍を含めても1万5000程度である。

 バレンツィア要塞そのものは交差する街道に設けられた平城であり、10万もの大軍を要撃するに足るか不安が残る。

 (だが、籠城するしかない、か)

 キースは思案していた。

 もう少し障害の多い地形であればやりようもあったであろうが、要塞周囲の地形は平坦で多少の林がある程度である。

 奇襲に使える地形ではないのである。

 帝国軍の侵攻までおよそ2,3日後というところで、キースら神官戦士団やファレス大公国軍はバレンツィア要塞に入った。

 要塞の総督府を本陣とし、軍議が開かれる。

 討って出ようという案は誰からも出なかった。

 ファレス大公国の周囲は、イヅカ王国以外は全て敵対国であったため、大公国軍の戦闘経験自体はそれ相応にある。

 だがそれは日の出の勢いで版図を広げる帝国軍にも同じことが言えた。

 練度に関しては神殿騎士団が一歩先んじているとは言え、その兵力はわずか千騎程度である。

 バレンツィア要塞の守将サイラスは、城中に住む市井の人々のうち、女子供を大公国首都に向けて避難を開始させた。

 男手からは志望者を募り、雑役のみならず、軍務への参加者も集めることで一兵でも多くの兵力にした。

 2日後の黎明、帝国軍が雲霞の如く、地平線の彼方から現れた。

(やはり攻城兵器を相当用意しているな)

 キースは内心舌打ちした。

 投石車、弓櫓車などの攻城兵器が遠目でも分かるくらいに多数含まれている。

 昼過ぎには、双方が射程圏内に入り、空を埋め尽くすように矢や石が飛び交った。

 キースたちも城壁の上に立ち、牆壁に身を隠しながら弩を放つ。

 両者の攻勢は昼夜を分かたず続いた。

(いかんな)

 キースは敵の動きに違和感を感じた。

 壁上から見てもはっきりとは分からないが、おそらく包囲機動をしているはずだ。

 イヅカ王国からのさらなる援軍が見込めない場合、包囲が完成すれば士気が萎える可能性がある。

(裏門から討って出て出鼻を挫きたいところだが)

 キースは、本陣を訪れると防衛軍を束ねるサイラスにその旨進言した。

 だが、今割ける兵力はない、と突っぱねられてしまう。

 せめて神官戦士団だけでもと思ったが、帝国軍が10万に達することを考えれば、包囲のための別働隊ですら万に届く可能性がある。

 兵力の多寡を考えれば、悪くすれば全滅もあり得る。

 キースは黙って歯噛みするしか無かった。

 翌朝、やはり帝国軍はバレンツィア要塞を四方から包囲していた。

 サイラスも無能な訳では無い。

 包囲される事自体は予測していたのだが、討って出る行為が博打すぎると考えたのだ。

 寡兵を分けて更に殲滅される愚を犯すわけには行かなかったのだ。

 それから3日、双方は休みなく矢と石の応酬を繰り返した。

 牆壁に守られた大公国軍に対して、開けた地形に陣を張っている帝国軍は防御兵器による被害が多数出ると考えられていたのだが、そこは帝国軍も一筋縄ではいかない。

 人海戦術を駆使し、盛り土と木盾を用いて即席の陣を構築し、矢や投石に備えた。

 8日を過ぎた頃から、城内の矢や石が目に見えて減ってきた。

 備蓄は無限ではないから仕方がない。

 帝国軍にはそれなりの被害を強いているはずだが、元の兵力が大きすぎてどれだけ効いているのか分からなかった。

 9日目には、明らかに帝国軍からの攻勢が激しくなった。

 城内からの攻撃に陰りが見られたことから、攻め時だと見たのであろう。

 投石は牆壁のあちこちを崩し、幾人もの兵士がその下敷きとなって息絶えた。

 同時に、帝国軍陣営から投降を呼びかける大声が聞こえるようになった。

 落城は近い、そう踏んでいるのだろう。


 キースは再度本陣を訪れ、サイラスに決死隊を率いて討って出ることを進言した。

 もはや城中には矢も石も残り少ない。

 サイラスも今度は止めなかった。

 幸か不幸か、籠城戦であったため未だ要塞内の兵力は1万を超えて残っている。

 だが、対する帝国軍も、まだ十分な兵力を残して要塞四方を包囲している。

 決死隊の出撃を十分な効果のあるものにするため、サイラスは欺瞞工作に出た。

 帝国軍の油断を誘うため、城壁上の兵士を若干減らし、老人や小兵を立たせた。

 とは言え、最低限城壁に取り付く帝国軍兵士は落とさねばならない。

 かなりの苦戦だ。

 だが、それだけの甲斐はあったか、帝国軍も直接攻撃より、声高に投降を呼びかけ、矢文を打ち込むなどする方に力を入れ始めた。


 キースは夜襲の準備を始めた。

 今晩仕掛ける。

 大公国騎士団から選りすぐりの兵を集め、神官戦士団と統合する。

 その数8000騎。

 現有戦力のほぼ全軍と言って良い。

 帝国軍の夜間攻撃の頻度は下がっている。

 順当に油断しているか、もしくは城内から打って出てくるのを待ち伏せているか。

 賭けであった。

 キースは正面に次いで攻囲兵の多い東門を敢えて選んで出撃した。

 はたして、帝国軍は夜間攻撃こそしていたものの、主に攻城兵器ばかりで歩兵たちの大半は眠りについていたようだった。

 賭けに勝ったキースは、これ幸いと攻囲兵の陣を縦横に駆け巡り蹂躙した。

 四半刻(30分)に及ぶ戦闘の後、帝国軍は四囲から援兵を送り込み、キースらの決死隊を包囲しようとしたが、キースは鋭くそれを察知し、波が引くごとく見事に城中に引き上げた。

 戦場における嗅覚に優れている、と言えた。

 個人の武勇だけではない、それが故の神官戦士団団長なのである。

 彼我の被害は1:4程度とかなりの戦果を上げたといえる結果となった。

 それでも大公国軍と帝国軍の総兵力は、その差いまだ4倍はあるだろう。

 もう一度奇襲を許すほど帝国軍も甘くはないはずだ。

 翌日。

 城内に向け、帝国軍陣営から矢文が数本撃ち込まれた。

「降参すれば城兵の生命は安堵する。熟慮されたし。」

 サイラスは夜を待って、数騎の伝令をファレス大公国首都とイヅカ王国に向けて出発させた。

 増援の要請のためである。

 だが、これは帝国軍の待ち伏せるところとなり、あえなく全騎捕らえられてしまった。

 そして帝国軍は悪手に出る。

 バレンツィア要塞に向けて、見えるようにこの伝令たちを処刑したのだ。

 援軍が見込めなくなったことに加え、この処刑劇のせいで城兵たちは投降しても生命の安堵がされるという信用を無くした。

 言わば、背水の陣、全城兵が死兵と化したのである。

 サイラスはこの状況を最大限に使うしか無かった。

 キースたち神官戦士団を先陣に、全城兵で討って出た。

 帝国軍の大将軍ロベルトの居所は城壁の上から確認できていた。

 ギギギ、と耳障りな音を立て、城門が開き、跳ね橋が降ろされる。

 白昼堂々、キースら約1万の兵は、雪崩を打って帝国軍の本陣に向けて突撃した。

 キースのハルバードが帝国軍兵を手当たり次第に薙ぎ払う。

 高位の神官戦士でもあるキースは、ありったけの強化魔法を使い、膂力を限界まで高めていた。

 彼の部下たちもそれに習い、それぞれが強化された精強無比の戦士と化していた。

 大魔法をも駆使し、全軍の士気を限界まで高めたバレンツィア要塞の兵士たちは、圧倒的な戦闘能力で帝国軍兵士を蹂躙した。

「どけえええええ!!!」

 大喝一声、近衛騎士たちを斬り伏せるキース。

 鬼神もひしぐほどのその武勇の前に、負け知らずであった帝国軍近衛兵も躊躇した。

 キースの視界に、一際豪奢な鎧を身に着けた偉丈夫が目に入った。

 帝国軍の大将軍ロベルトであろう。

 全力でハルバードを振り上げ、振り下ろす。

 ロベルトは剣を上段に構えてそれを防ごうとするが、3m弱もある長柄武器の攻撃を防ぐには少々力が足りなかった。

 バキン!と音がして剣ごとロベルトの頭部を両断した。

「敵将ロベルト、討ち取ったりぃぃ!!!」

 キースは掠れつつある声を振り絞り勝鬨をあげる。

 だが、唱和する者はいなかった。

 キースが後ろを振り向いたとき、そこで見た光景は、まさに今彼に付き従う最後の神官戦士たちが討ち取られる瞬間だった。

(くそっ)

 心中で毒づく暇もあらばこそ、ファレス大公国軍も多勢に無勢、いくら死兵と化していたとはいえ、槍衾に十重二十重に囲まれてしまっては如何ともしがたい。

 サイラスの本隊はまだ持ちこたえていたようだが、キースは敵陣の中で孤立した状態に陥ったのだ。

 だが。

 まだ強化魔法の効果時間は残っている。

 戦意高揚の術法も効いている。

「おおおおおおおお!!!」

 キースは迷いを振り切り暴れ始める。

 敵将ロベルトの本陣まで切り込んだということは、もう少し駆ければ敵陣を抜けられるということでもある。

 周囲全てが味方になった帝国軍兵は同士討ちを恐れて弓矢の類はほぼ使えない。

 槍で囲もうにもキースの持つハルバードの長さと大差はない。

 技量でも力でも雑兵では相手にならないのだ。

 キースは馬上で武器を縦横に振り回しながら、敵陣を駆け抜けた。

 ズシリ、と背部に衝撃が走った。

 どうやら石弩(先端が尖っておらず鈍器のようになっている太矢)で撃たれたようであった。

 だが、痛みも感じない。

 そういう術を掛けている。

 浅くない傷が幾つもついているが、術のお陰で致命には至らない。

 そうして、ついに、キースは敵陣を駆け抜けきった。

 そして馬の息の続く限り駆け、キースは戦場から姿を消した。



 そして一刻後。

 術の効果が切れると、キースの馬は事切れた。

 主同様全身に槍傷を受けていたのである。

 キースは未だ生きていた。

 夜を迎え、かろうじて残った精神力で治癒の法術をかけ、死の瀬戸際で踏み止まった。

 果たしてファレス大公国軍はどうなったか。

 今のキースに知る余裕はなかった。

 帝国軍は落ち武者狩りをしているであろう。

 キースとしては、当面イヅカ王国を目指すか、ファレス大公国の首都を目指すかせねばならない。

 キースは傷ついた体を引きずるようにして歩き始める。

 戦場からは10km近く離れているはずだが、帝国軍の本陣側に抜けたため、ファレス大公国首都に向かうには帝国軍の跋扈する領域を通らねばならないことになる。

 幸い、街道からかなり離れたため、林に身を隠しながら歩を進める。

 術の反動もあって心身ともに疲弊していた。

 夜更け、馬の嘶きが聞こえた気がした。

 1騎ではない。

「探せ!」

「馬の死体があった。

 近くにいるはずだ!」

 帝国軍兵と思しき声が聞こえた。

 騎兵か。

 戦場から俺を追ってきたのだろう。

 長剣を抜く。

 林の中では2.5m以上もあるハルバードは振り回せないからだ。

 やがて、騎兵たちは林に隠れているキースに気付いた。

「いたぞ!」

「討ち取れ!」

 10騎はいる。

(こいつは万事休すか)

 普段ならどうにでもなる数であるが、今のキースはかなりの手負いだ。

 木々を盾に、囲まれぬように立ち回ろうとするが、疲労に足を取られうまく動けない。

 それでも果敢に戦い、どうにか致命打は避けていた。

 そこへ、大音声が響いた。

「そこの戦士、加勢するぞ!」

 声のした方向を見ると、漆黒の髪、褐色の肌、そして漆黒の鎧に大剣を持った偉丈夫が、これも漆黒の巨馬に乗ってこちらに駆けてくるところであった。

 振り向いた帝国軍騎兵は、一撃で3騎が斬られ、残りの騎兵もあっという間に斬り倒された。

 おそらく法術をフルに掛けたキース以上の戦闘能力だ。

 偉丈夫の後ろから、一人の騎兵がさらに駆け寄ってくる。

「御館様、その御仁は?」

「腕が惜しかったのでな。

 咄嗟に助けに入っただけだ。」

 銀髪に黄色の肌、青く鋭い瞳を持ったもう一人の騎兵が、キースの顔をじっと見る。

「貴殿、ファレス大公国神官戦士団のキース殿ではないか?」

 キースもこの男をどこかで見たことがあると思っていたが、疲労で頭が回らない。

「ずいぶんひどい傷を負っているようだ。

 とりあえず、手当してから話をしよう。」

 銀髪の男がそう言った。

 偉丈夫の方が、急に後ろを振り返った。

「まだ来るぞ。

 さっきより多い。」

 先行する騎兵を追ってきた本隊、というところだろうか。

「まぁいい、始末してくる。」

 偉丈夫は馬首をかえすと、林の向こうからこちらに向けて駆けてくる50騎は居ようかという騎兵の一団に向かっていった。

 遠目に見ていたが、全長2m以上はある大剣を軽々と操り、次々と騎兵たちを葬っていく。

 一合として打ち合える者はいなかった。

 僅かな時間で全騎を討ち果たすと、偉丈夫は悠々と帰ってきた。

 汗の一つもかいていない。

「俺はイリアス。

 イリアス・ロード・ランヴェグリフトだ。

 こっちはモーゼス・ベルフォール。」

 今度こそ、キースは思い出した。

 モーゼスは、帝国に攻められ属国と化したマイアート伯爵家の食客で、軍師としても戦士としても名高い男であった。

 以前、マイアート伯爵領にある神殿を訪ねた際に顔を合わせた記憶がある。

 そのマイアート伯爵の部下たちは意見が二分し、帝国に対して従属を主張する派と徹底抗戦派に別れていたが、モーゼスは徹底抗戦派であった。

 最終的にマイアート伯爵は降伏を選んだため、モーゼスは伯爵領を退去したと聞いていた。

「キース・ラディアンだ。

 神官戦士団団長だったが、部下は全部討たれたようだ。

 つまり、ただの戦士に過ぎない。」

「なるほど、全員そろってはぐれ者という訳だな。」

 イリアスが言う。

「イリアス、あんたはどこの戦士だ?

 あんな腕前は見たこと無いが。」

「俺か?

 しがない傭兵だ。

 この世界の出身じゃないがな。」

 イリアスはしれっと言ってのける。

 「この世界の出身じゃない」とは、別世界から来た、ということだろう。

 伝承に稀に刻まれる話である。

 少しだけ疲労から回復したキースの頭だが、その持ち前の嗅覚が嘘ではないと囁いた。

 帝国軍騎兵が乗っていた軍馬を拝借し、林伝いに移動を続ける3人。

 時折、帝国軍の落ち武者狩りの集団に出会うことはあったが、むしろ狩られるのは彼らの方であった。

 イリアスが法外に強いのだ。

 敵兵が100騎くらい居ても鎧袖一触なのである。

(こいつはとんだ化け物だ)

 モーゼスも大刀を引っ提げ、敵兵を斬って回るのだが、こちらも並の腕ではない。

 キースと五分かそれ以上かも知れない。

 2日ほどかけて遠目にバレンツィア要塞が見える地点まで来たところのことである。

 イリアスが目を細める。

「赤地の盾に、金の鷲の旗が見えるな。」

 やはり、バレンツィア要塞は帝国軍の手に落ちたようだ。

 おそらくサイラスも助かってはいまい。

 攻囲軍正面約4万騎に対し、1万騎弱で突撃を掛けたのだ。

 ただで済むはずがない。

「軍兵は要塞内に収容したようだな。

 野外には陣がない。」

 これはモーゼス。

「大公国軍は奮戦したはずだが・・・。

 どこまで減らせたことやら。」

 キースが思案する。

 当初の勢いだけでも、ほぼ倍する帝国軍兵を倒せていたはずである。

 それでも4~5万程度の軍が残存している可能性が高い。

 ファレス大公国軍はもはや予備軍5000騎程度の残兵しか居ないはずである。

 一方で、イヅカ王国はまだ余力を残しているはずであるし、イヅカ王国周辺の属国から兵を糾合して帝国軍に対抗する可能性がある。

 ファレス大公国は、今度は首都前面にあるイゼル関城に残兵を集中しているようだ。

 イゼル関は両側を山に囲まれた天険の要害である。

 ここが落ちれば、後はない。

 イヅカ王国は再度5000騎の援軍を派遣してきた。

 ファレス大公国は、財貨をなげうち傭兵をかき集めた。

 イリアス、キース、モーゼスはイゼル関にたどり着くと、傭兵として大公国軍に参加することにした。

 狭隘な地形に作られたイゼル関はその容積に見合わない多数の兵を抱え喧騒の度合いを強めていた。

 経済立国として中原でも有数の財力を持っていたファレス大公国によって集められた傭兵はこれも5000人を越えようとしていた。

 この傭兵たちの内訳は、自由傭兵の他にも、帝国軍に祖国を奪われた戦士・騎士たちが傭兵として多数集ってきていた。

 イリアスたちは、両側の山地の地形を調べ尽くした。

 敵が抜け道として使用してくる可能性の排除と、「自分たちが奇襲に使うための道」の確認である。

 多数の兵を動かすには明らかに向かない道だが、少数の兵ならば進出に使える道を何本か確認した。

 イリアスたちがイゼル関に合流してから5日後、帝国軍がついに進出してきた。

 イゼル関の城壁は高く、その防御力はバレンツィア要塞の比ではない。

 バレンツィア要塞では相応に被害を与えていた攻城兵器も、今回は少々威力に欠けた。

 今回の帝国軍兵力はおおよそ4~5万騎と言ったところだろうか。

 バレンツィア要塞戦で最後の突撃の前に城中の糧食を焼き払っていたことから、帝国軍は長距離の兵站を強いられているはずだ。

 その分、純粋な戦力が減っていると見えた。

 高高度から打ち出されるイゼル関からの石、矢は帝国軍に出血を強いた。

 2日目の攻防が終わった夜のことである。

 イゼル関の戦陣の一部で騒ぎがおきた。

 傭兵同士の喧嘩である。

 戦功自慢が高じて喧嘩になったようであった。

 禁酒の通達が出ていたはずであるが、傭兵に規律はいまいち浸透しない。

 口角泡を飛ばす口論から、殴り合いの喧嘩になるまではよくある話、で済むところだが、このときは興奮が過ぎたのか、それぞれが獲物を持ち出そうとしたのだ。

 そのとき、一陣の颶風が吹き荒れた。

 本物の風ではない。

 イリアスが業を煮やし、介入したのである。

 喧嘩をしていた傭兵たちが、剣を向けようが何を向けようがお構いなく、その顎を的確にイリアスの拳が打ち抜く。

 経験豊かな傭兵たちが、赤子の手をひねるように簡単にのされていく様はある種滑稽にも見えた。

 ものの数十秒で全員を殴り倒してしまったイリアス。

 モーゼスとキースに声をかけ、酒を持ってこさせる。

 やがて、良いパンチを食らってのびていた傭兵連中が一人、また一人と意識を取り戻す。

 イリアスは2mを超える巨体をそびやかし、一同を睥睨していた。

 すっぱり毒気を抜かれた傭兵たちは、もう誰もイリアスに向かっていこうとはしなかった。

 やがて全員が意識を取り戻した。

「まだやる奴はいるか?」

 イリアスがとてつもない威厳と怖いものを含んだ声で一同に尋ねる。

 誰も首を縦に振るものは居なかった。

 イリアスは厳つい表情を崩し、にやり、と笑ってみせた。

「よし、飲め。

 飲んで楽しめ。」

 キースとモーゼスが酒杯をどん、と中央に置く。

 イリアスが酒杯の一つを掴み、ぐい、とあおった。

 その場に居た傭兵たちは、それを見て、一人、また一人と酒杯をあおぐ。

「よし、飲んだ奴は今からダチだ。

 俺はイリアスだ。

 よろしく頼むぞ?」

「デュラン・クレイドだ。

 よろしく頼む。」

 イリアスよりは頭一つ低い―――とは言え、身長は2mを超える、巨漢には変わりない男だ。

 蓬髪に虎髭だが、まだ年は若そうだ。

「ヴァイアスだ。

 弓使いだ。」

 すっきりとした顔立ちに、黒髪の長髪を後ろでまとめ、痩せて見えるが、実際にはかなりの筋量があるのがその二の腕から見て取れる。

「宿儀(すくぎ)だ。

 先行偵察なら任せろ。」

 黒尽くめの革鎧、短髪に双剣を提げている。中肉中背で中年男性という特筆すべき点はないように見えるが、それ故か本人の言う通り、その身のこなしには隙がなく気配が周囲に溶け込んでいる。

「アーキス・ウェイラッド。

 魔法剣士だ。」

 蒼黒の髪を短く刈り上げ、堂々たる体躯をしており、精悍な風貌をした若武者という感じである。腰には片手半剣を提げている。

「キース・ラディアン。

 神官戦士だ。」

「モーゼス・ベルフォールだ。

 元は軍師もやっていたが、今は戦士だ。」

「お前たちは傭兵団に属しているのか?」

 イリアスが尋ねる。

 デュランらが顔を見合わせ、そして全員が首を横に振る。

「フリーの傭兵だ。

 どこの団にも入っていない。」

「そうか、この縁で俺と傭兵団を組まないか。」

 イリアスが全員の反応を見た。

「了承だ。」

 アーキスが真っ先に答えた。

「俺もそれでいい。」

 これはデュラン。

 ヴァイアスと宿儀も首肯した。

「よし、これから『黒龍騎』を称しよう。

 依存があるやつは?」

 誰も異論は挟まなかった。

「じゃぁとりあえず飯だ。」

 こうして7騎による傭兵団「黒龍騎」が生まれることとなった。

 ―――のであるが。

「おもしろそうな話を聞かせてもらった。

 よければ某も混ぜてもらえぬか。」

 イリアスの後ろから声がかかった。

 白髪白髯であるが堂々たる体躯、相応の年のはずだがその全身から放つ気は並ならぬものがあった。

「失礼。

 見事な腕前と傭兵団の話が耳に入ったものでな。

 某はグレイアーク・ザムド、世には銀嶺翁ぎんれいおうで通っている。」

 モーゼスが驚いた声を出す。

「グレイアーク?

 あの『万軍の帥』銀嶺翁ですか?」

「今はただのじじいに過ぎぬよ。

 戦に負ければ名声など地に落ちる。」

 イリアスが聞くところによれば、各地を巡り、そのときどきで軍師として活動していたようだ。

 だが、帝国軍が最初に襲いかかったルドガリア王国に属していたとき、一度は帝国軍に土をつけたものの、最終的には帝国軍の物量に押し切られ、ルドガリア王国は滅んだ。

 その際、銀嶺翁の才能を惜しんだルドガリア王が先に銀嶺翁を国外退去させたため、一難を逃れたというのだ。

「ふむ。

 俺としては否はないが・・・

 ひとつ尋ねたい。」

「なにか?」

「お前さん、道士か仙人じゃないのか?」

 銀嶺翁が少し目を開いた。

「ずいぶんと目利きが良いようですな。

 だが、儂は道士くずれ、というのが正確なところ。

 師匠に言わせれば仙骨が無いそうでの。」

「なるほど。

 それでも修行は怠らなかったのだな。

 その気配でわかる。」

 銀嶺翁は少し頭を掻いた。気恥ずかしかったのだろう。

「よし、黒龍騎への参加、喜んで受けよう。

 よろしく頼む。」

「こちらこそ。」



 <夜襲>

「今夜、帝国軍に夜襲をかける。」

「夜襲?」

 キースが尋ねる。

 しかし、驚いた、というほどではない。

 モーゼスが後を継ぐ。

「以前、偵察したときに東側山地に獣道があることが分かった。

 これを使えば、敵陣側面まで気付かれずに近づくことができる。」

「兵力は?」

 これはヴァイアス。

「俺達8人だけだ。

 それ以上動かすには道が狭すぎる。」

「なるほど、8人ならフルに法術が掛けられる。」

「戦法は至って簡単だ。

 まず横腹を食い破って敵陣を貫通する。

 貫通したら別方向から同じように敵陣を貫通する。」

 イリアスはこともなげに言った。

「戦場での役割分担は?」

「俺(キース)、イリアス、モーゼス、デュラン、銀嶺翁が長物持ちだな。

 アーキスは魔法剣が使えるのか。

 この6人が前衛でいいんじゃないか?」

「ヴァイアスと宿儀は敵の下士官と将を優先的に狙え。

 指揮系統をズタズタにするんだ。」

 イリアスが続けて指揮を出す。

 普段なら正気とは思えない策である。

 だが、不思議とイリアスの言葉は説得力を持っていた。

 一人で数百人を斬り伏せる実力に裏打ちされているのかも知れない。

 夜間もイゼル関からは矢が射掛けられており、帝国軍前衛は正面方向の防備を固めざるを得ない。

 イゼル関からの射程圏外になる陣後方ならば遠慮なく踏みしだけるだろう。

 そして8騎は、夜半にイゼル関を出た。

 寝静まる帝国軍後方を狙って。



 イリアスら黒龍騎は東側の山地にある間道を抜けてイゼル関側面の平地に出た。

 夜目効きの術法や馬の耐久増加の術法を事前にかけてある。

 イリアスが先頭を切って馬腹を蹴る。

 イゼル関の地形的特性上、帝国軍は正面、つまりイゼル関に神経を集中している。

 その横腹を突き破ろうというのだ。

 イリアスが帝国軍の幔幕内に突入した。

 あり得ないと思われていた側面からの奇襲に、帝国軍軍兵はうろたえた。

 敵兵力が読めない。

 それはそうだ、まさか8騎で5万に及ぼうかという軍団に襲いかかるとは誰も思わない。

 しかし、ただの8騎ではない、無双の戦士たちである。

 それが敵陣を貫きながら獲物を振りかざして突撃し、わずか数分のうちに数百人もの被害を出させた。

 さらに一度駆け抜けて暗闇に消えた8騎は、別の方角から再び襲ってきた。

 縦横無尽に帝国軍の陣営を切り刻む黒龍騎。

 組織立って反撃しようにも、指揮官と見ればヴァイアスと宿儀が一撃で射抜いてしまう。

 イリアスの直感により、将は優先的に狙われ、一般兵は狼狽えるしか無かった。

 都合4度の突撃の後、黒龍騎は闇に姿を消した。

 帝国軍は下士官、将をかなり討たれ、一般兵の被害も数千に及んだ。


 翌朝、イリアスらは昨晩の疲労を癒すため眠りについていた。

 それも何事もなかったかのように、である。

 イゼル関の見張り台から帝国軍後衛に異変が起きたことは確認されていたが、まさか傭兵が8騎程度で夜襲をかけているとは、ファレス大公国軍側も思っていない。

 そもそも誰にも出撃の許可をもらっていないのであるから当然である。


 さらに2日後。

 イリアスら黒龍騎は2度目の夜襲をかけた。

 帝国軍後衛もさすがに歩哨を立てていたが、ヴァイアスが次々と射倒してしまう。

 今度はイリアス単騎とキースら7騎で別れて突撃を仕掛けた。

 イリアスは大剣をまるで重さを感じないかのように縦横無尽に振るいながら敵本陣に向かって驀進(ばくしん)する。

 重装備に身を固めた近衛部隊がそれを迎撃しようとするが、力量差がありすぎて誰も太刀打ちできない。

 近衛部隊が混乱に陥る中、それとは別に帝国軍後衛部隊の中をキースら別働隊が斬り裂きながら駆け抜けた。

 踏み止まって号令をかける者は、ヴァイアスと宿儀に真っ先に狙われ、討たれる。

 留まるところを知らない衝撃力を擁したまま、敵陣を駆け抜け続ける2部隊。

 本陣に駆けつけようとする兵は、キースらに背後から討たれた。

 本陣近くでは、イリアスが大剣を木の棒かなにかのように軽々と振るい続け、数多の死骸を築いていた。

 矢弾で狙っても、イリアスは全方位に目があるかのように、避け、受け流してしまう。

 そして矢で狙った者はすぐさまヴァイアスらの標的になった。

 ついにイリアスは本陣に踏み込み、敵将ハンネスを斬り倒してしまった。

 その勢いのまま、敵陣を駆け抜ける。

「敵将ハンネス、討ち取ったり!」

 大音声で呼ばわりながら駆け抜け、そしてあろうことか、馬首を返し再び帝国軍に襲いかかった。

 キースらもそれに合流し、8騎はまるで無人の野を征くかのごとく帝国軍兵を蹂躙し続け、そして唐突に闇に紛れて姿を消した。

 統率を欠いた帝国軍兵たちに彼らを追うものは居なかった。



 イゼル関の守将ハザマは戦機を見る目に長けた名将であった。

 そして、バレンツィア要塞戦で斃れたサイラスの盟友でもあった。

 イリアスらが夜襲を仕掛けたこと、敵将ハンネスが討ち取られたことを察知した彼は、翌早朝全軍を率いて打って出た。

 指揮官たちを失った帝国軍軍兵らは組織だった対応ができず、イゼル関から出撃した兵によって散々に打ちのめされ、実に全軍の半数近くを失う結果となった。

 残った者は我先にとバレンツィア要塞に向けて敗走した。

 ハザマはこの機を逃さず、帝国軍を徹底的に叩いた。

 帝国軍の損害は万単位で出たようだった。

 ハザマは、夜襲の戦功高いイリアスらをねぎらい、兵士長の位を与えようとしたがイリアスはこれを固辞した。

 報酬だけを受け取り、自由傭兵であることを選んだのである。

 イゼル関での戦で、黒龍騎各人は勇名を馳せた。

 黒龍騎に参加しようとする傭兵たちもかなりいたのだが、イリアスはこれも退けた。

 理由こそ明かさなかったが、今いる黒龍騎の面々に匹敵するだけの人材が居なかったからである。

 ただ一人例外が居たが。

 翔慶しょうけいという女性の棍使いだ。

 それもただの棍使いではない。

 気功師である。

 内気功と外気功の双方を修めた武人なのだった。

 彼女はイリアスの武名を聞くに及び、勝負を挑んだ。

 イリアスは徒手空拳、翔慶は現実の獲物である木製の棍を鉄で補強したものを持っての勝負である。


 「いきます!」

 元気の良い翔慶の声。

 翔慶から、思い切りの良い、そして真っすぐで、とてつもなく早い突きが繰り出された。

 イリアスはそれを手で軽く受け流す。

 翔慶はそのまま連続突きを仕掛けた。

 イリアスは、そのことごとくを右手一本で受け流し、最後には棍の先端を掴んでしまう。

 そのまま、力でぐぃ、と思い切り引き寄せた。

 翔慶は、おっとっとと体ごと持っていかれそうになったが、一瞬で地を踏み切り、宙に舞った。

 浴びせ蹴りの要領で、その踵がイリアスの頭部を狙う。

 イリアスはそれを左手で受け止めた。

 翔慶は、イリアスに掴まれた棍を支点に、自らの体を宙で支え、イリアスの顔面に向けて連続して蹴りを見舞う。

 ふぃ、とイリアスは棍から手を離してバックステップし、その蹴りを全て躱してしまった。

 翔慶は着地すると、今度は突きと振り回しを織り交ぜてイリアスに襲いかかる。

 並の腕では捌ききれない手数と速度だったが、イリアスは事も無げに、全て見切ってしまっていた。

 ランダムに四方八方から襲いかかる棍の一撃が地を掻いた。

 イリアスの足元を掬い上げようとしたのである。

 すぃ、とイリアスはその棍の上に「立った」。

 そのまま体重を感じさせない軽やかさで、根の上を翔慶に向けて走る。

 空を切る音とともに、イリアスの蹴りが翔慶の顔面を襲う。

 既の所でそれを躱した翔慶は、棍を跳ね上げイリアスの股間を狙う。

 再びイリアスは棍の上に立った。

 驚異的な身体能力だ。

 そのまま宙に浮き、翔慶の頭を飛び越す。

 宙返りしながら、翔慶の頭を掴んだ。

 「あいたたた!」

 翔慶が悲鳴を上げる。

 「勝負ありだ。」

 翔慶の後ろから、その後頭部を引っ掴んでイリアスが言う。

 「ちょっ、待って、まだ、まだぁ!」

 翔慶は半べそになりながらも負けを認めなかった。

 やれやれ、とイリアスは手を離し、再度勝負に挑む。

 負けん気の強い翔慶はその後、何度もイリアスに挑んだ。

 が。

 結果は翔慶の惨敗であった。


 獲物を持ってすら素手のイリアスに全く敵わなかったのだ。

 そこで彼女はイリアスに師事することを願い出た。

 最初は取り合わなかったイリアスだが、あまりにも翔慶が食い下がるので、ついに根負けして弟子入りを許した。

 そうして翔慶は黒龍騎の座についたのである。

 実のところ、その腕前はかなりのもので、棍一つあれば数十人程度の兵士ならば軽くなぎ倒せるほどの実力はある。

 イリアスでもなければ、そうそう勝てる相手ではない。

 素手においても決して弱くはない。

 素手でイリアスと戦っても、それなりに戦えている。

 気功が使えることから、鎧通しなどもでき、敵を選ばないという強みもあった。

 しかもこの腕前でまだ20歳と若く、先が楽しみな逸材である。



 さて、イゼル関防衛戦においては、ファレス大公国軍が勝利を得たものの、バレンツィア要塞を帝国軍が抑えている限り、領土は半減している状態だった。

 帝国軍はまだ3~4万程度の残兵が残っているだろう。

 後方から優秀な将軍が送られてくれば、兵力差から見て侮るには危険すぎる。

 双方は膠着状態に陥った。


 黒龍騎は策を練っていた。

 今回は奇襲の要素がない。

 宿儀が珍しく提案を出してきた。

「俺が潜入する。

 毒殺ができればそれに越したことはないが、少なくとも火の手を上げて混乱を巻き起こすことくらいはできるだろう。」

「だが、どうやって潜入する?

 壁を登るのは無理だ。」

 キースが至極真っ当な指摘をする。

「イリアス、あんた何とかできないか?」

 宿儀が問う。

 イリアスはほんの一瞬考え込んだが、直ぐに反応した。

 「矢避けと馬の強化を掛けて、水濠を一足飛びで超えれば、城門を叩き割れる。」

 ふむ、とキースが答える。

 銀嶺翁が口を開いた。

 「陽動でいいので、軍を借りて正面を攻めてはどうだろう。

  疑似敗走する際に、宿儀殿を敵兵に紛れ込ませ城内に潜伏させる。」

 「わかった。

  ハザマに掛け合ってこよう。

  先陣は俺が切る。

  その手筈でいいか?」

 「異議はない。」

 デュランが首肯した。

 他の者も異議はないようだった。

 イリアスはハザマに謁見を願い出た。

 「埋伏の毒、か。」

 ハザマは少し思案した。

 「うちからも工作員を出そう。

  宿儀一人より、やれることは増えるだろう。」

 願ってもない話だった。

 「よし、1万の兵を預ける。

  存分にやってくると良い。」

 帝国軍は後任の将がくるまで再編で動けまい。

 よしんば着任したとしても全軍の掌握に時間はかかるはずだ。

 小部隊の長になるような下士官を討ち果たしているのもかなり効いている。

 イリアスは翌日には1万騎の兵を率いてイゼル関を出立した。

 3日をかけてバレンツィア要塞に到達する。

 帝国軍は、イゼル関からの兵力を見て、自らの数分の一にすぎない寡兵であると踏んだ。

 着任していた後任の将は、ファレス大公国軍を撃滅する機会と捉え、全兵力で押し出そうとした。

 跳ね橋が降り、先陣の騎兵が城門狭しと居並ぶところへ、電光のごとく突撃する者があった。

 イリアスである。

 跳ね橋に到達するや、散開する前の密集した騎兵たちを手当たり次第に斬りまくったのだ。

 後から後から帝国軍は押し出してくるものの、まるで前に出られない。

 十分な数で囲めない橋の上なので、ひたすらに損害が増えていく。

 「イゼルの悪魔だ!」

 誰かが叫んだ。

 明らかに何人かの矛先が鈍る。

 わずか二晩で5000人以上の被害を強い、将まで討ち取った化け物。

 一方で、『「落人狩り」返し』としても知られていた。

 100騎で囲んでも討ち果たしてしまうことは帝国軍の中でも相当数の者が知っていた。

 後続が橋上にいるイリアスと距離を取る。

 「どうした。

  かかってこんのか?」

 大剣を肩に担ぎ、挑発して見せる。

 その言葉の返事代わりに何本もの弓矢が射掛けられる。

 そのことごとくを剣で振り払う。

 「つまらん。」

 それだけ言い残すとイリアスは馬首を返し、ファレス大公国軍側に引き上げようとした。

 「追え!

 追って囲め!」

 帝国軍後方から指示が飛んだ。

 跳ね橋から引き上げたイリアスが大公国軍に合流するまでは、まだ間がある。

 「おっと。」

 イリアスはおどけたように馬腹を蹴り、大公国軍が布陣する位置まで下がろうとした。

 そうはさせじ、と帝国軍騎兵隊が追いすがる。

 大公国軍もイリアスの援護に走る。

 それなりに統率を取り戻したかのように見えた帝国軍は、大公国軍と正面からぶつかりあった。

 ガツン、と音がして、帝国軍騎兵が数騎、半身を両断される。

 キースら黒龍騎が出てきたのだ。

 イリアスと合流した黒龍騎は、撤退するどころか、逆に帝国軍中央を楔のごとく突っ切って、寸断した。

 その寸断された帝国軍左翼陣形に、イリアスらがさらに二度三度と突撃をかける。

 ずたずたにされて混乱した帝国軍左翼を大公国軍が押し包み、殲滅する。

 その間に、逆に帝国軍右翼が大公国軍に猛攻を仕掛けた。

 大公国軍はよく持ちこたえたが、さすがに多勢に無勢、徐々に押し込まれていく。

 (これ以上は危ないな)

 イリアスは即時判断し、全軍に撤退を命じた。

 殿(しんがり)はイリアスら黒龍騎が受け持った。

 追いすがろうとした帝国軍兵は、再度鬼神のごときイリアスと戦う羽目になったのだ。

 宿儀たち工作員はすでに帝国軍の鎧装束を着て、帝国軍に混ざっている。

 イリアス、キース、モーゼス、デュラン、アーキス、銀嶺翁、翔慶は、雑兵を相手にならぬとばかりに蹴散らし続けた。

 一方、ヴァイアスの弓は一矢一殺で的確に帝国兵を討ち果たす。

 大公国軍が十分に撤退したのを確認し、イリアスらも撤退する。

 帝国軍から矢が射掛けられるが、強力な矢避けの法術に遮られて効果は上がらない。

 最後尾を走っていたイリアスがおもむろに鉄弓を抜き、三度矢を放つ。

 過たず、イリアスらを狙っていた弓使い三人が射殺される。

 これを見た帝国軍兵は、もうだれもイリアスらを追わなかった。

 

 

 宿儀は夜警のふりをして帝国軍の陣中を回っていた。

 当初は大軍を擁して意気揚々と攻め込んできていた帝国軍であるが、二将を討たれたのみならず、10万の大軍のうちおよそ半数以上を失い、その士気は著しく下がっている。

 特にイリアスの超絶的な武勇は、残兵たちの心に深い傷を残すほどのものだった。

 その眼前に立てば命はない。

「落人狩り返し」「イゼル関の悪夢」そして今日の「橋上無双」。

 付き従う8騎も折り紙つきの化け物たちだ。

 イゼル関での戦いと今日のバレンツィア要塞での戦いで、黒龍騎は敵味方で名を知らぬものは居なくなった。

 剣の間合いでは全く勝負にならず、かといって槍や弓でも効果がない。

 騎士たちにはそれ相応に腕の立つ者がいたのだが、それもあらかた討たれてしまった。

 これらのことを受けた帝国軍兵士たちは、未だ兵力では勝っているはずであるのに、その士気はまるで敗軍のそれに陥っていた。

 宿儀は、一緒に潜り込んだファレス大公国側の間諜たちと共同し、敵将の居場所を突き止める。

 やはり、政庁を本陣に仕立てそこにいるようだ。

 さて、ここからどうでるか。

 他の間諜が給仕の動きを伝えてきた。

(好機か)

 鎧を脱ぎ捨て、給仕たちの中に紛れる。

 仕事に不慣れな新人のふりをした。

 そして、丁重な物腰で給仕長に仕事の教えを乞う。

 給仕長は宿儀の対応に気を良くしたのか、鍋の一つを任せた。

 鍋の撹拌を任されたのは行幸だが、このままでは他の給仕たちの目に触れる。

 下手な動きは取れない。

 すでに毒の入った袋は袖口に忍ばせてある。

 全神経を集中し、周囲の人間の視線を感じ取る。

「そろそろ出すぞー」

 給仕長が告げた。

 全員がそちらを向いて「はい!」と返事をする。

(チャンス)

 手品師もかくやという手際の良さで毒を落とす。

 素早く撹拌を済ますと、鍋を持って他の給仕たちに続く。

 食堂に入り、給仕長に倣って恭しく一礼する。

 主将と思しき人物の他に5人。

 これならかなりの打撃になるだろう。

 宿儀は平静を装いながら脱出の算段を立てていた。

 何らかのアクシデントで毒がバレる可能性もあるからだ。

 よしんば毒が効いたとして、疑いは新参の給仕である自分にかかる可能性が高い。

 他の給仕たちに混ざり、それぞれの皿にスープを盛る。

「あのイリアスとやら言う戦士、問題だな。」

 列席していた将の一人が言う。

「鉄騎兵だけで奴に500以上討たれた。

 全軍の被害だと1万近い。」

「強力な矢避けの術も邪魔だな。」

 食事を開始した将たちはめいめいに語り始める。

 黒龍騎が脅威であることについては意見が一致しているようだが、肝心の対策が出てこない。

 急に主将が喀血した。

 一同が色めき立つ。

 だが、その他の将たちも一人、また一人と喀血し、テーブルに伏した。

「ぐっ・・・毒か・・・」

 給仕たちはパニックに陥った。

「典医を!」

 宿儀が叫ぶ。

 狼狽えていた給仕の一人がその一言ではっと我に返り、室外に向けて駆け出す。

 給仕長も狼狽から立ち直る。

「お前ではないのか!」

「滅相もありません!」

 水掛け論なのは分かっている。

 そこへ、帝国軍兵が駆け込んできた。

 明らかにこれも狼狽しているが、主将たちの状況を見て取って駆け込んできたわけではなさそうだ。

「城内に火の手が!!」

 そう大声で伝えてから、部屋の異変に気づく。

「何があった!?」

「毒殺だ!」

 給仕長が叫び返す。

「こいつが怪しい!」

 宿儀を指差す。

 兵士が剣を抜こうとする。

 その手を捻り宿儀は剣を掴み取った。

 瞬時にその喉に向かって剣を突き刺す。

 兵士は何が起きたのか理解できないまま崩折れた。

 そのまま宿儀は外に向かって駆け出す。

 ちょうど出くわした兵士を斬ろうとして、その顔に見覚えがあることに気付き剣を止める。

 工作員の一人だった。

「万が一と思って火を放って正解だったな。

 行こう、脱出の手配もしてある。」

「ありがたい。

 毒殺は成功だ。」

 2人は駆けながら手短にそれだけを話した。

 他の工作員たちも集まってくる。

 だが。

 正門には帝国軍兵が大挙して待ち構えていた。

 一緒に来ていた工作員が「しまった!」と漏らす。

 開門機構に取りついていた工作員も斬られたようだ。

(万事休すか)

 その時、ドオンと地響きにも似た音がして城門が裂けた。

 破城槌でもなければ破れることのない巨大な木の門扉が裂けたのだ。

(まさか大公国軍か?)

 しかし、そこに破城槌の姿はなく、ただ一人の人影があるだけだった。

 立っていたのはイリアスだった。

 さらに一振り大剣を振りかざし、かろうじて形を残していた門扉を砕く。

「出ろ!」

 工作員と宿儀が水堀を泳ぎ渡るまで、イリアスは城門に軍馬に乗ったまま立ちはだかる。

 槍はすべて斬り払われ、矢もすべて弾き落される。

 イゼル関の悪魔、そして橋上無双として武名を馳せたこの男に向かって行く者は皆無となった。

 工作員らが水堀を渡り終えたのを確認すると、イリアスはブウンと大剣を横薙ぎに薙ぎ払った。

 物理的威力を伴った闘気が斬撃となって飛び、遠巻きに囲んでいる兵士たち多数を両断する。

 それを見届けると、イリアスは馬首を返し、一足飛びに水堀を飛び越え、闇に紛れた。



 上々の戦功をあげたイリアスらだが、逆にハザマは難しい問題に直面した。

 城門が砕けているうえ、敵将は不在、おまけに城内は焼き討ちされおそらく兵糧も押しているはず。

 この好機を逃すわけにはいかないのだが、手持ちの兵力は約8000騎。

 対する帝国軍はいまだ3万騎はいるだろう。

 黒龍騎の戦力を考えれば、かなりの損害を与えることはできるだろうが、こちらも只では済まない。

 しかし、仕掛ける好機はこれを逃しては得られない可能性もある。

 そこへ伝令がさらに難しい問題を持ってきた。

 帝国軍兵の中から逃亡者が出ているという報であった。

 士気はかなり落ちている。

 ならば、押し通せるかもしれない。

 ハザマはイリアスを呼び、その意見を聞いた。

「なら、俺が先陣を切って突入しよう。

 黒龍騎全騎で城内を暴れまわって見せる。」

「ならばこちらも全騎後詰めとして出陣する。」

「よし、連中が体勢を立て直す前に仕掛けよう。」

「よかろう。

 任せたぞ。」

 果たして翌朝、イリアスは黒龍騎全騎を連れてぶち破った正門に襲い掛かった。

 応急的に板で塞がれていたが、本来の城門の強度とは比べるべくもない。

 大剣一閃。

 仮の城門門扉を砕き散らし、イリアスは城内に突入した。

 三々五々集まっては抵抗を試みる兵士もいるにはいたが、イリアスの前には鎧袖一触、即座に斬られ地に伏した。

 ほとんどの兵士は黒龍騎を見かけるや、背を見せて逃げようとした。

 黒龍騎は、逃げる者も向かって来る者も一切区別なく討ち果たす。

 宿儀が火の手をあげる。

 頃合いの合図だ。

 ハザマは城内から火の手が上がったのを確認するや否や、全軍約8000騎を城内に突撃させた。

 帝国軍は大混乱に陥り、各所で屍を積み上げた。

 帝国軍は裏手に当たる西門から我先にと逃げ出し始めた。

 ハザマは無理に追わなかった。

 未だ彼我の兵力では劣っている。

 それに逃げ場のある場合、敵兵は逃げることを優先する。

 あえて袋の鼠にして死兵にする必要はないのだ。

 こうして一日の戦いが過ぎ、バレンツィア要塞はファレス大公国軍が再び支配するところとなった。

 ハザマは投降した帝国軍兵を使い、一計を案じた。

 武装解除したうえで解放し、黒龍騎の恐ろしさを吹聴させ、さらにファレス大公国軍が逆襲を仕掛けるという噂をばら撒かせたのである。

 追い払った帝国軍の中に今のファレス大公国軍の兵力を冷静に観察できる将はいない。

 武勇に優れた求心力の高い武将も、戦機を見る目に長けた知将もどちらもあらかた討ち取られてしまったからだ。

 黒龍騎は少ない兵力(とすら呼べないかも知れない)で最大限の効果を上げるため、こうした軍の「頭」を狙い討っているのが、ここで物を言った。

 奇しくもイゼル関まで押し込んでおきながら攻めあぐねているとの報に接したカイゼルハルト帝国本国は、3万騎の援軍を送り出していた。

 だがその援軍も、敗走してきた兵士と開放された捕虜からの話を聞き、その士気は最初から落ちるところとなった。

 それでも帝国軍の将軍バルテスは残兵を糾合した帝国軍約5万に対し、ファレス大公国軍は1万に満たないと冷静に分析していた。

 下がる士気を必死で食い止めながら、同時に斥候を放っていたのだ。

 問題は敗残兵の黒龍騎恐怖症である。

 話半分として聞いてすら、100騎以下の数でありながら数千の兵に匹敵するだけの実力がある。

 しかも、弓矢も通じず、帝国軍の個人武勇に長けた者も誰も敵わなかった。

(筆頭のイリアスとやらを討ち取れれば、士気は逆転する…)

 バルテスはそう分析した。

 部将のハイゼンベルクを呼び寄せ、近衛騎士団から選りすぐりの武闘派集団を作り出した。

 ハイゼンベルクも1人で数十騎を相手にする猛者であり、「豪槍」の二つ名でその武勇を近隣に知られていた。

 そこに、個人武勇に優れた近衛騎士50騎を選び、戦闘集団を作り出した。

 黒龍騎を討ち果たすには至らずとも、その衝撃力を受け止められるだけで勝機は見いだせる。

 あとはファレス大公国軍が押し出してくるのを待つだけだ。

 平地での戦いであれば、士気で押されてはいるものの5倍の兵力差をそうそう覆せるものではない。

 バレンツィア要塞まであと3日というところまで迫ったが、ファレス大公国軍は押し出してくる様子がない。

(兵力の多寡を悟ったか?)

 バレンツィア要塞自体はまだ健在である。

 籠城して抵抗される方が出血を強いられる可能性もある。

 バルテスは軍中に彼我の兵力では押している旨通達し、士気の上昇に努めた。

 異変はその夜に起こった。

 歩哨を立てていたとは言え、まだバレンツィア要塞まで距離があったため、ほぼ全軍が寝静まっていた。

 そこを襲う者がいたのである。

 歩哨を斬り捨て、寝静まる帝国軍陣営を駆け抜けながら手当たり次第に斬り払う。

 イリアスと黒龍騎であった。

 陣中がにわかに騒然となる。

 夜間ということもあって、どこから迫ってくるか分からないのだ。

 陣中をまっしぐらに斬り裂き、貫通する。

 貫通して陣外に出てもすぐに別の方角から再び斬り込んでくる。

 兵士たちの混迷の度が増していく。

「黒龍騎だ!」

「イゼル関の悪魔だ!」

 黒龍騎の襲撃を経験した兵士たちが明らかに逃げ腰になる。

 ハイゼンベルクの武装集団は素早く身支度を整えると、黒龍騎を目指して陣中を駆けた。

「我が名はハイゼンベルク!

 敵将イリアス、出会え!!」

 声高に名乗ると、それに呼応したかのように猛然と駆けてくる巨漢巨馬の戦士が目に入る。

 ハイゼンベルクが槍を突き出す前に、イリアスの大剣がハイゼンベルクの首を刎ねた。

 そのまま近衛騎士団を蹂躙する。

 バルテスの本営にその悲報が伝えられる。

 一合と打ち合うこともできないとは。

 バルテスは愕然とした。

 話半分どころではない。

 実物の危険度は、聞くところの数倍、いや数十倍も危険な代物だった。

 そうしている間にも、もう幾度目かわからない黒龍騎の突進を受けて、帝国軍陣営はずたずたにされていた。

 本陣で立て続けに舞い込む報に接していたバルテスの体が、不意に縦に両断される。

 本陣の幔幕越しにイリアスが叩き斬ったのである。

「敵将、討ち取ったぞ!!!」

 そう叫びながら、なおも敵陣を駆け、斬り続ける。

 右往左往する帝国軍に新たに仕掛けてくるものが居た。

 野営地の両脇に点在する林から、多数の矢が射掛けられてきたのだ。

 ハザマは流布した噂の通り、こっそりと打って出てきていたのである。

 迂回して配備された弓兵がここぞとばかりに矢を射かける。

 黒龍騎には矢避けの術法が効いているため、遠慮する必要はない。

 統率を欠き、士気も下がりきった帝国軍に組織だった対応など不可能だった。

 逃げ惑う帝国兵はどんどんんと射すくめられていく。

 その陣中をいまだ苛烈に暴れ続ける黒龍騎。

 黎明を迎える頃、帝国軍は大地に万余の屍を築いていた。

 命からがら逃げおおせたその数はせいぜい2万弱、というところであろうか。

 ファレス大公国軍の圧勝であった。

「豪槍のハイゼンベルク」を討ち取ったイリアスはますます武勇を高め、黒龍騎の名前は近隣諸国に轟くこととなった。

 三度に渡る戦いの結果、両軍はかなりの損害を出していた。

 帝国軍は延べ10万騎以上の被害と逃走兵を出し、軍の再編をする必要に迫られた。

 残る兵力は2万騎に満たない。

 対するファレス大公国軍も総数の約半分を失ったものの、バレンツィア要塞を取り戻すことができ、その領土を守ることに成功した。

 ハザマは再度イリアスに爵位と将軍位の授与を打診したが、イリアスは固辞した。

 あくまでも流れの傭兵に過ぎない、ということだろう。

 もちろん、戦功に見合った報酬は与えられた。

 黒龍騎自体もイリアスの下で戦うことに全く異論がないと見え、個別に兵士長への打診などもあったが、全員が固辞する結果となった。

 ハザマはイゼル関の守将を後任の将軍に任せ、自らはバレンツィア要塞の守将として城塞の修復にかかった。

 帝国軍はまだ余力を残しているはずだと推測していた。

 帝国軍のみならず、服属する周辺諸侯からも兵を集めればまだ大軍を率いて攻めてくる可能性は否定できない。

 バレンツィア要塞に置かれた兵士は、後方からの支援を含め今は1万騎に到達している。

 黒龍騎の噂を聞いた傭兵がかなり多い。

 とはいえ、傭兵は全幅の信頼を置きかねるのも事実だった。

 イリアスと黒龍騎の思考が異常なのだ。

 負け戦を力ずくでひっくり返すことを無上の楽しみにしているようであった。

 そして、それを実践してきたところがまさに恐ろしいところである。

 兎にも角にも、帝国軍が再度攻め寄せてきても対処できるよう、城外に防護柵を増設し、弓櫓や投石機も増設した。




 そのころ、帝国帝都にいるカイゼルハルトは怒り心頭であった。

 増援合わせて約13万の大軍を向かわせたのに、総数で3万に満たないファレス大公国軍に辛酸を嘗めさせられたからである。

 帝国本土には未だ10万騎近い兵力は残っている。

 とはいえ、この兵力は本国防備の任を帯びていると同時に周辺諸侯への圧力でもある。

 軽々に全軍出撃、というわけには行かない。

 新兵を徴収し、訓練に当たらせてはいるが、すぐさま実戦投入する訳にもいかない。

 黒龍騎の噂は帝国本国まで響いていた。

 それゆえ、新兵たちの士気はなかなか上がらない。

 負傷兵たちが口々に黒龍騎の様子を語るからでもある。

 帝国軍は一旦再編のため、ファレス大公国に攻め込んだ軍を引き上げていた。

 そして同時に黒龍騎への調略を開始した。

 爵位、金銀財宝の報酬、領土、果ては流言飛語まで用いてである。

 黒龍騎は誰一人、帝国になびくものはいなかった。

 ファレス大公国を離反するという流言飛語も、イリアスたちは鼻にもかけない。

 堂々としたものである。

「帝国軍が俺達に粉をかけて回っているようだな。」

 イリアスが冗談交じりに言う。

「どうするつもりだ?」

 キースが問う。

「どうもせぬ。

 負け戦こそ俺の戦場よ。

 道理でファレスについているわけではない。」

「なるほど。」

「まぁ俺等も似たようなもんだがな。」

 これはデュラン。

 デュランは特にイリアスの武勇に心酔している。

 本当は護衛官を名乗りたいのだが、イリアスのほうが強すぎてできないところは愛嬌がある。

「私も否はない。

 イリアス殿がファレスにつくなら、そうするまでよ。」

 アーキスも同意した。

 アーキスもイリアスに心酔している一人である。

 実直誠実な性格で、魔力を秘めた火炎剣を使いこなす類まれな勇将であった。

「私もお師匠様と一緒に戦う!」

 元気のいい翔慶の声である。相変わらず裏表のない素直な性格が出ている。

「儂も良い修行になっておるしな。

 なにより『神魔』になれるというなら師事することこそ我が道標。」

 グレイアーク~銀嶺翁はそう言った。

 仙人になることを諦めたとは言え、その技量を活かし、『神魔』の位に達することができるとイリアスから言われたのである。

 その時から、銀嶺翁は 神魔であるイリアスを師と仰いだ。

 話が逸れるが、黒龍騎に属する全員は、元来が既に英雄の域に到達している。

 武勇談が元で喧嘩したのにも十分な理由があったのだ。

 そして、イリアスの下で全員が『神魔』に昇格するという目標を持った。

 そのために激戦をくぐり抜け、自らを鍛え上げているのである。

「俺のそばで戦えば、その程度に応じて『神魔』に近づける。

 信じるかどうかはお前たちに任せるが。」

 これがイリアスの求心力の一端でもあった。

 さて、黒龍騎の談話に戻ろう。

「やれやれ、そろそろ弓を新調しておかないとな。」

 ヴァイアスがあっけらかんという。

 それだけ弓を酷使しているのだが、それだけ矢を放っておきながら、この男が的を外したところは未だ見たことがない。

 超絶的な技量と言えた。

 宿儀も普段は毒矢と半弓を用いている。

 これも相当な腕前である。

「俺も潤沢な補充をしておかないとな。

 忙しくなるだろうし。」

 飄々として掴み所がないこの男だが、イリアスの目となり耳となり甲斐甲斐しく働いているのは間違いないところだ。

 双剣を用いた戦闘でも他を寄せ付けず、万能選手と言えた。

「あんたに着いていくのはおもしろい。」

 宿儀はそう言って笑った。

 キースが珍しく苦笑いする。

「負け戦好みの傭兵なんてな、聞いたこともないな。」

 モーゼスが続ける。

「だが実質は勝ち戦よ。

 我らはその威力を見せつけるのみ。

 御館様に従い、な。」

 キースは再度苦笑いした。

「お前らみんなイリアスに対して惚気すぎだろ。

 …まぁ、俺も言えた義理ではないのかもしれんが。」

 こうして黒龍騎は一人の離反者も出さなかったのである。

 結果、離間を狙った流言飛語は、全くの失敗に終わったと言って良い。


 ハザマも黒龍騎とは面談したが、全員がそっけなく「それはない」と言い切ったことで安堵していた。

 どちらかというと、帝国軍が提示した金銀財宝の報酬につられる他の傭兵の方が問題だった。

 千人単位で帝国軍に鞍替えした傭兵がいたが、彼らの不幸は黒龍騎の実力を現実で見ていなかったことであろう。

 傭兵業の報酬は当然成功報酬である。

 勲功を挙げなければ何の意味もない。

 命あっての物種でもある。

 黒龍騎と出くわしたときにどうなるか、その判断が不足しているのだ。

 そう言う点では、ハザマも痛痒も感じていないようだった。

 敵として黒龍騎と出くわせば不運などという言葉では済まない結果が待つ。

 それを理解できない兵は最初から問題外だ。

 結果として、帝国軍による懐柔工作もほぼ効果を上げなかった。

 帝国軍は再編と調練に明け暮れることになったが、それはファレス大公国側も同じだった。


 バレンツィア要塞奪還戦から約半年。


 両軍には訓練以外に目立った動きはなく、せいぜい帝国からファレス大公国に投降呼びかけがあったくらいであった。

 だが、この投降呼びかけは、ファレス大公国首脳部を紛糾させた。

 次に帝国軍が10万単位で侵攻してくれば、バレンツィア要塞とイゼル関が落とされる可能性がある、と投降主張派が述べたからである。

 あながち間違ってはいない。

 前回は援軍を送ってくれていたイヅカ王国の対応も不透明であった。

 無論、ファレス大公国がイヅカ王国の同盟国にして帝国軍との最前線である以上、ある程度の援軍は見込めるであろう。

 だが、兵力を小出しにされても話にならないのである。

 抗戦派はハザマの指揮能力と黒龍騎の武力という少ない材料でしか対応できない。

 バレンツィア要塞には現在約1万2000騎、イゼル関には約8000騎があり、うち傭兵が約3割という構成である。

 帝国軍への流出をつなぎとめるため、かなりの対価を支払い雇った傭兵たちである。

 相応の働きはしてくれるだろうが、命を捨てても祖国に尽くす大公国軍とは同一に論じられない。

 大公国首都では毎日激論がかわされた。

 前大公であったフェルド大公は名君にして名将であったが、一昨年、戦で受けた矢傷が元で死去している。

 今は若干19歳になるアメリア公女が大公となっている。

 彼女もまた民草に慕われる名君との評判であるが、この戦いによる大公国軍の兵士の死を人一倍悼んでいるとも言えた。

 皇帝カイゼルハルトも齢27にして未だ独身であり、アメリア大公との婚儀により戦を収めることも考えているようであった。

 実際、その旨の使者が来たこともあるのだ。

 しかし、それではそれで、帝国とイヅカ王国の最前線になることに変わりはなく、大公は頭を悩ませていた。

 群臣たちもそこは重々承知であるが故に、会議は紛糾しているのだ。


 

 その頃の黒龍騎は、傭兵や新兵たちの調練に明け暮れていた。

 黒龍騎そのものは拡大する気配がない。

 イリアスの眼鏡に適う者がいないのである。

 1人で10騎以上を相手取る強者ですら入団させないのであるから、黒龍騎単騎の力量がどれほどであるか知れよう。

 ハザマは黒龍騎を最強の突貫要員と位置づけている。

 とはいえ、黒龍騎も不死身ではあるまい。

 損失のあり得る戦力とみなして作戦を立てざるを得ない。

 アメリア大公が婚儀の話を蹴れば、帝国はすぐにでも押し出してくるだろう。

 あまり時間の猶予はなかった。

 イゼル関から兵力5000騎を抜き出し、バレンツィア要塞の兵力を強化した。

 重要塞化したバレンツィア要塞ならば5倍の兵力にもかなりの出血を強いるであろう。

 約1年が過ぎ、帝国軍は再度ファレス大公国への侵攻を開始した。

 帝国側も前回の轍を踏まえ、今回は大型投石機を多数導入してきていた。

 兵力は前回の侵攻とほぼ同等の約10万の兵力である。

 

 ファレス大公国軍のバレンツィア要塞駐留軍の数は約2万。

 防護柵や馬防柵を増設し、防衛施設を大幅に強化しているとは言え、この兵力差では、野戦で帝国軍を相手取るわけには行かない。

 畢竟、今回も籠城戦となり、その戦いは当初から両者の激しい矢と石の応酬となった。

 

 バレンツィア要塞に到達した帝国軍は、前回同様四方を攻囲しようとした。

 だが、夜間の行軍中に黒龍騎に襲撃され、右側面に当たる北門方向からの展開に失敗する。

 さらに、翌日夜間には、黒龍騎が左側面にあたる南門から討って出て、やはり包囲機動中の帝国軍を襲った。

 しかし、帝国軍もただでやられているわけではない。

 兵力差にまかせ、別日の夜、両門同時に2万騎ずつの兵を展開した。

 黒龍騎も同時対応するわけにも行かず、北門側からの帝国軍兵をある程度蹴散らしたものの、南門への帝国軍兵包囲については対応する余裕がなかった。

 帝国軍は、「黒龍騎と徹底的に『戦わない』」戦術を取り、被害を最小限に抑えたのであった。

 黒龍騎としては危険度こそ下がるものの、追いすがるのも難しくなり、思ったほどの損害を与えることができなかったのである。


 その後、攻城兵器の数を増やした帝国軍の攻勢の前に、バレンツィア要塞の牆壁は目に見えて破壊され、死者の数も増えていった。

 

 籠城から20日が過ぎた。

 両者の攻城兵器と防御兵器の応酬は絶えることなく続き、双方に多数の死者を築いた。

 その間も、時折黒龍騎が夜間出撃したのだが、帝国軍がアウトレンジに徹底したため、その兵力を大きく削ることが出来なかった。

 やがて、バレンツィア要塞の防御力が落ちてきたことを実感したハザマは、夜間に撤兵することを決意する。

 天険イゼル関に依って、十分な反撃力を持っているうちに優勢な状況を作り出すためであった。

 黒龍騎の活躍により帝国軍による完全な包囲が完成しなかったことから、ハザマは裏手に当たる東門から夜間に全軍の撤退を行う。

 帝国軍斥候がその動きに気づいたが、同時に黒龍騎が斥候を討ち取ったため本隊はそれに気付くことが出来なかった。

 黒龍騎はそれのみならず、帝国軍先遣部隊を粉砕し、帝国軍はハザマたちに追いすがる手を失う。

 こうして無事ハザマたちは撤退を完了し、黒龍騎もイゼル関に引き上げたのである。


 残存兵力はイゼル関に置いていた兵力と合わせ、約2万騎となっていた。

 イゼル関に籠もり、ここでも籠城することになった。

 帝国軍の改良された投石機は、イゼル関のそびえる城壁にも被害を与えた。

 前回のイゼル関の戦いで黒龍騎が奇襲をかけた道は帝国軍の知るところとなっていた。

 故に同じ策は通用しない。

 逆に山岳地で訓練を繰り返していた帝国軍の特殊攻城部隊が、イゼル関の両脇を固める山地に迫る。

 東側の山地には黒龍騎が陣取り、帝国軍を粉砕したが、西側の山地は甚大な被害を出しながらも帝国軍兵が城壁まで取り付いた。

 ただ急峻な山地を登るだけでなく、大量の工兵で登道を整備しながらの進軍であった。

 たどりついた帝国軍は、寡兵となっていたことから、この襲撃では撃退された。

 しかし、後続の兵士たちが登道の整備を引き継ぎ、ジリジリとイゼル関城壁に迫っていた。

 当然これは黒龍騎も知るところとなり、度々山中に出撃しては帝国軍を散々に討ち破った。

 それでも昼夜分かたず続けられる工事は少しずつ前進し、やがて、イゼル関への登路が完成してしまう。

 帝国軍は大挙してイゼル関へ登ろうとした。

 だが、山道が整備されたと言えど、同時に道を登れる数は知れている。

 ここでも黒龍騎やイゼル関の守兵たちの活躍により、帝国軍は甚大な被害を出した。

 一方で、イゼル関の正面城壁自体は、度重なる猛烈な投石機攻撃に晒され、かなりの痛み具合を見せていた。

 帝国軍は黒龍騎が東西両方の登道の防衛にあたっているときを見計らい、破城槌で正門を砕こうと試みた。

 盾車や投石機の援護射撃を受けながら破城槌は進み、ついに正門に取り付くと、城門を破砕してしまう。

 だが、雪崩を打って城内に攻め入ろうとした帝国軍兵は、最悪の事態に出くわした。

 城門の内側にイリアスが待ち受けていたのである。

 城門のせいで多重包囲はできない。

 どうしても少数で突撃するしかなく、帝国軍は多大な犠牲を強いられた。

 イリアスは昼から始まった城門での戦いを、無尽のスタミナでもって夜間まで戦い抜き、帝国軍を一旦退けさせた。

 イリアスは単騎で、この日の戦いだけで数千の損害を与えていた。

 城門の左右は帝国軍兵の死体が山積みとなり、イリアスはその武威を見せつけたのだ。

 東西の山地から仕掛けた別働隊もキースら黒龍騎の迎撃を受け、ほぼ全滅という有り様であった。

 翌日、帝国軍から矢文が撃ち込まれた。


 それにはこう書いてあった。

 「アメリア大公はカイゼルハルト陛下との婚儀を結ぶことを承諾した。

  抵抗は無意味であるので投降せよ。」

 というものであった。


 妄言、にしては度が過ぎている。

 だが、帝国側もハザマがこのような妄言に踊らされる人物でないのは百も承知だろう。

 「まさか」と、一抹の不安がよぎり、ハザマは首都ファラへ向けて急使を立てた。

 幸い、この矢文の話を聞いてもイリアスや黒龍騎は変節していない。

 イリアスは相変わらず城門に陣取り、帝国兵の死体が積み重なったせいで敵兵が通れなくなるほどの様である。


 黒龍騎も山中からの迂回軍に対してよく対応し、一騎も通していない。

 やがて、首都での異変の報がもたらされた。

 かなりの凶報である。

 投降主張派が、クーデターを起こし、大公を幽閉してしまったのだ。

 そして、自らの保身のために大公を帝国側に「政略結婚」の形で渡すと約定を結んだというのだ。

 

 イリアスはそれを聞き、ハザマに言った。

 「兵2000を置いていけ。

  最低でも3日は守り抜いて見せる。

  その間に連中を鎮圧しろ。」

 ありがたい申し出であった。

 

 ハザマは兵5000騎を率いて、首都に向かい猛進した。

 だが、それを迎え撃とうという勢力がいた。

 投降主張派の一人クロード伯爵である。

 大公国内有数の実力者で、帝国との戦いに否定的であった彼は、自らの兵力を捻出させず温存していた。

 その数およそ5000騎。

 ハザマと兵力では五分、戦歴ではわずかにハザマの率いる兵が上、という僅差である。

 

 クロード伯爵にとって、ハザマの急襲は想定外の出来事であった。

 クーデターのため、兵力を首都に展開しているとは言え、先制を許した。

 とはいえ、クロードも無能な人物ではない。

 むしろ戦略的思考においては優れている部類だった。

 だからこそのクーデターであり、ハザマに対してはクーデターの成功をもって投降を促す予定だった。


 最大の番狂わせは、黒龍騎の存在だったと言えよう。

 ハザマがイゼル関から取って返してくるにしても、せいぜい兵は2000から3000程度と踏んでいたのだ。

 (5000も率いて返ってくるとは。

  帝国軍の進撃を許すつもりか。)

 黒龍騎の話を知らないわけではないが、現実主義者であるクロードにとって、黒龍騎の戦闘能力はおとぎ話か英雄譚のごとく誇張されたものと思っていたのである。

 しかし、ハザマが空想の勘定で動く人物ではないことも重々承知であった。

 つまり、聞こえてくる話は本当だったのだろう。

 計画修正の暇もなく、クロードとハザマは衝突した。

 ここで再度変節するわけには行かない。

 すでに自分は売国奴の汚名を着ている。

 負ければ斬首されるのが関の山であった。


 丸一日をかけた首都での戦いは、かろうじてハザマの勝利で決着が付いた。

 クロードは討たれ、幽閉されていたアメリア大公を救出することに成功した。

 問題は、クロードと衝突したため、兵力を大きく損じたことである。

 残る兵力はせいぜい1000騎強。

 イゼル関に戻っても総兵力は3000程度にしかならない。

 帝国軍は状況が動いていなければ、「少なく見積もって」3~4万は残っているであろう。

  

 ハザマは決断を迫られた。

 大公国首都ファラは防御力の脆弱な商都だ。

 無論城壁もあるし、駐屯する兵もいるが、要塞と比較にはならない。

 到底帝国軍の大兵力を支える能力など無いのだ。

 アメリア大公に、このまま国を支えるのは無理だと告げる。

 そしてイヅカ王国に逃れて再起を図ってほしい、と断腸の思いで伝えた。

 大公付きの騎士長であるイリス・ミュレンとイゼラ・ムーンはハザマに同意し、大公のことを慮りながらも、亡命を勧めた。

 アメリア大公は失意に打ちひしがれていたが、やがて意を決した。

 「わかりました。

 イヅカ王国の庇護を受けましょう。

 そして、いつかファレス大公国を立て直します。」


 ハザマは自らイゼル関に向かい、イリアスらに状況を伝えた。

 イリアスは黙々と帝国兵を打ち払い続けていた。

 城兵は減ってはいたが、全滅はしていない。

 黒龍騎も誰一人として欠けていなかった。

 「そうか。」

 イリアスの反応はそっけなかった。

 だが、反対しているわけでも、落胆しているわけでも無いようだった。

 「大公はもう出立したのか?」

 「私が出てくるときに同時にイヅカへ出立なされた。」

 「そうか。」

 イリアスは少しだけ思案した。

 「よし、俺が殿を務める。

  城兵全員連れて撤退しろ。」

 ハザマは仰天した。

 この稀有な男を、ここで失うわけには行かない。

 だが、そのハザマの驚きは再度別の驚きで塗りつぶされた。

 「1日稼ぐ。

  俺と黒龍騎は後から合流する。」

 事も無げに言ってのけた。

 ハザマは何か言葉をかけようとしたが、すぐにそれを止めた。

 この男はこと戦に関しては間違ったことを言わない。

 ならば信じて待つしか無い。

 「分かった。

 先に行くぞ。」

 ハザマはこの男が自分たちの味方であることを神に感謝した。

 負け戦であるからこそ、絶対にこの男は裏切らない。

  

 それから3日後、アメリア大公らはイヅカ王国の国境近くにあるアガタの町付近に逗留していた。

 ハザマがそこに残兵を率いて合流した。

 さらに半日ほど遅れてイリアスら黒龍騎が追いついてきた。

 イリアスら黒龍騎はアメリア大公に謁見した。

 とはいえ、イリアスらは「協力者」であって「臣下」ではない。

 アメリアはそのことを十分に理解していたため、彼らに対して謝辞を述べた。

 

 「大したことはしていない。

 人斬りだけが取り柄なんでな。」

 イリアスの態度にイリスとイゼラが色めき立つ。

 「大公殿下の御前であるぞ!」

 イリスが叱咤する。

 イリアスは顔色一つ変えない。

 「俺はしがない傭兵に過ぎん。

 臣下ではないからな。」

 見かねたハザマがとりなす。

 イリアスは誰に対してもこのような態度であるということを2人に教える。

 2人共腹には据えかねているようだが、ハザマの顔を立てたのか、その場は黙った。


  

 謁見を終えて、宿営地に帰る途中。

 ハザマが大きく息を吐いた。

 「さすがに私の寿命が縮むかと思ったぞ。」

 「すまないな。

 度量を測っていた。」

 「そうだろうとは思ったが、もう少しやりようを考えてくれ…。」

 にやり、とイリアスが笑う。

 「だが、まぁしばらく肩入れすることにいやはない。

 そこは安心してくれ。」

 「そいつはありがたい。」


 「俺はイヅカの王を知らんから聞くが、イヅカ王が大公を売る可能性は無いか?」

 「断定しかねる話だな。

 今のイヅカは盟主としては援兵が渋い。

 何か腹に一物抱えているかもしれん。」

 「兵が残っているのが幸いしたな。

 その話だと単身で亡命していたら危ない結果だったかもな。」

 「うむ…。」

 宿営地に着き、ハザマとイリアスらは別れた。

 ハザマは帝国軍の動きを見るためと同時に、イヅカ王国の動きも探るべく、双方に斥候を放っていた。

 帝国軍はイゼル関を拠点として再編中であるようだ。

 イリアスら黒龍騎が相当な被害を強いたせいである。

 ファレス大公国深部まで攻め入ったことから、後方からの補給にも支障が出ているらしい。

 一方、イヅカ王国に向けて放った斥候がもたらした情報はかなり重大なものだった。

 ファレス大公国と同様に主戦派と降伏派で国内の意見が二分されているようなのだ。

 これならば、イヅカ王国が大規模な援軍を送ってこなかったことにも納得がいく。

 ここで降伏派が主導権を握った場合、帝国からのお尋ね者と化したアメリア大公らは虜囚とされる危険性があると言えた。

 それとは別にハザマは難しい問題を抱えていた。

 当面、ファレス大公国軍残兵はイヅカ王国による不当な干渉に対する抑止力として機能している。

 しかし、本拠地を離れた以上、兵站は続かない。

 飯を食わせられないのだ。

 ハザマはアメリアに上奏し、兵を解散させることにした。

 不満による内部崩壊が起きる前にということである。

 最低限の近衛兵を残し、兵らが暴動などしないよう慎重に解散させた。

 アメリアの一行は、イリス、イゼラを含む20騎の近衛兵と黒龍騎、そしてハザマのみとなった。

 

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