20話 バラバラになったフリー・コルウス
ひもうすに着くとそこには広い広い大海原が。
行き交う人々、見慣れない風景、感じたことがないこの空気感。
「ふぅ……ここがひもうすかー!!」
体全体を使って目一杯息を吸う。何気にワクワク、期待してしまう自分である。
とはいえ、俺は大きな問題に直面していた。
そう……迷子である。異国の地で。
時は遡り、一時間前――ソル・コルウスとビス・クラヴィス、ついでに銀髪の男ら一行はひもうすの船乗り場にいた。
長い船旅を経てこの異国の地にたどり着いたのだ。もちろん、敵国に入国するので入国審査の時は冷や汗をかいたが、記憶の鳥核を使うことで難を逃れることができた。ひもうすは神聖帝国を除き、カルタの国々と友好的な関係を築いているし、さすがにここら辺にいるひもうす人には俺たちがカルタ人であっても帝国国民であることはわからないだろう。
「嬉しかったんだよ〜!ついつい子供達にアイスを買ってしまうこの気持ちが君達にわかるかい?あんなくりくりとした目で見られたら買ってしまうだろう!」
「だが、そんなことにお金を使っていたら宿泊費やら食費、いろいろなことに使えなくなるだろ!もう買わないでくれ、いいように子供達に搾取されてるんだよ。わかるかアマデウス!?」
「そうだけど〜」
「まあ……これから注意してくれ。――あと」
ソルが深く肩を落としてため息を吐く。
「何でフリーはいないんだ」
「ソルさん、すまん俺のせいや。はしゃぎ過ぎてフリーのこと見てなかったわ」
「いやいいんだビス。アマデウス、時を戻せはしないのかー!?」
「う〜ん、まだ能力を使い慣れてなくてね。皆んな一緒に過去に戻ることはできないよ〜」
香る潮の匂い、そよ風がふーと吹く。青空と広い海のすぐそばで栄えたこの町は多くの人々で賑わっていた。明るい話し声、笑顔の店主、走り回る子供たち。
そこで俺、フリー・コルウスは無闇に歩き回らずに、一旦食べ物でも買って休むことにした。歩き回ってみんなと逸れては元も子もない。異国の情緒あふれる名物でも食べようと、出店のおじさんに近づく。
「すみませーん。たい焼きっていうやつをください」
「観光に来たのかいお兄さん。どこの国からやって来たんだい?」
「えーと……カルタの方の国際平和維持国からです」
「そっか!やっぱりカルタ系の人だと思ったよ!えーと、たい焼きだね!390円もらうよ」
専用の器具を使って作った湯気を放つたい焼きを丁寧に渡す。受け取ろうと手を伸ばすと、おじさんの手からたい焼きがするりと滑り落ちてしまった。べちゃっと音を立てて、中からつぶあんがドロっと地面に溢れ出す。
「たい焼きがぁ!!!」
「あーあ、落ちちゃったな……ごめんね。おじさん最近震えが止まらなくてね……」
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思うかい?最近神聖帝国がいつ攻め込んでくるかわからないから怖くて怖くて仕方がないんだよ。まあ、君はおじさんのことよりも自分自身のことを心配したほうがいいけどね」
「自分自身?」
「そうさ、自分自身だ。何せ君は敵国の地に足を踏み出してしまったのだから」
「!!」
一気に悪寒が体をめぐる。身構えたが遅かった。
おじさんは服の内側から刀を取り出す。ギラっと光る刀はまるで透明。一瞬で振り下ろされる死。その場に倒れたフリー。
「切り捨て御免ってやつかな。おいお前こいつを運んでくれ。ふふーん、ふふーふーん。――野蛮人が!ドブでも吸って生きてろカスが!ははははははは!」
足で蹴られる、胸全体からドクドクと血液が流れていく。はーはーはーはーはーはーはーはーはーはーは。死ぬまた死ぬまた死ぬ。
ざわつく民衆。冷たい目。
「おいおい、何で敵国の奴がこんなところにいるんだ?入国審査はどうなってる?」
「ま、死んで当然だろ。ゴミ以下の民族がのこのこやって来やがって」
「こんなところで殺さなくても……」
「しー、懸賞金が出てるからな。仕方ないさ」
「チッ、薄汚い」
意識が遠のく。まったく、まだなれないなあ。
赤黒い血液が、広がる。
ぽと
ぽと
ぽと
ぽと
ぽと
ぽと
ぽと
ぽと
ぽとと何か水滴のようなものが落ちているような。う……この匂いは何度も嗅いだことがある。あの匂い。
目を開けるとドロドロとした赤黒い血液が辺り一体に広がっていた。海のように、沼のように。はあ、目を開けた先が見知らぬ天井だったらどれほど良かっただろうか。
「こんにちは!」
「うわあ!!」
目の前に白く長い髪。見慣れた髪色。
「や!元気?私は元気!って君は死んだんだったねー!まあまあ切り替えていこう。あ!君達に来世はないんだったね。んーノンデリカシーかな?私」
「は?一体ここは?」
「はあ、皆んな言いがちだよねー。もっとポジティブにいこうよ。もっと楽しく元気に!」
周りを見ても真っ暗だ。ぐちゃぐちゃ……床が赤黒い。内臓、血溜まり、つまりは――いやまさか……俺は本当に死んだのか?あいつに刀でズバッと切られて、いやそしたら俺は死の鳥核で死んだことを改変できるはずじゃ。待てよ鳥核は所詮神核の紛い物、使用回数に限りがあるかもしれない。簡単に信じたのは間違いだったのか……。
「ここはどこなんだ?」
いくつもの骨でできた椅子の上で、足を組みこちらを見つめる彼女がいた。
「はあ……君は死んだのさ――まあ正確に言うと『死(仮)』だけどね。ここはあの世」
「じゃあ君は」
「断罪の化身――スケルスちゃんだよー!」
「断罪の化身!?」
「うんそうだよっ!」
断罪の化身、死後……こいつが、こいつが。
「はいはーい、長考禁止ー!!君は何で死んだのかとか生前やり残したこととか考えてるんだろうけど無駄だから。うん。結論から言うね――君は消えます、消失します。生き返るなんてこと考えないでくださーい!」
「……ろせばいけるのか?いやでも……」
「何で言ってるのか全然わかんないんだけど。まあいいや、最期に言いたいことある?食べたい物でもいいよ。小腸ぐらいしか手持ちにないけど」
「死ね――」
「は?それでい」
ひょいっとスケルスの体が空中に浮き、首がぐっと絞まる。すぐにスケルスの記憶に焦点を当てる。当てる……ない。記憶がある時を境にない。空っぽだ――過去がない。途切れている!?
「死ねばー!?」
ぐっ、思わず声が出る。遠くの方へ俺は弾き飛ばされた。スケルスは殺せない、あの短時間じゃとても殺せると思えない。だからといって記憶を消すのも至難の業。とてもできるとは思えない。
「はあ、まったく君は生にやけに関心だなあ。だめだよー、神様相手に殺そうだなんて」
「じゃあ生き返らせてくれ」
「……うーん、君の持ってるそれ使う度に不幸になるやつだよ。生き返ってもまた死にそうだけど。というか最終的にはもっと恐ろしいことになりそうだけど」
「やっぱり、鳥核は使う度に不幸になるのか。だとしたら今回すぐ生き返れていないのは……」
「ま!そういうこと。使い過ぎるのはよくないってやつ」
「というかお前はこれを作ったやつを知っているのか?おんなじ神様だよな」
「うん、知ってる。けど私は俗に言う秩序神で彼らは自由神。名前とそのよくわからなさだけなら知ってるけど詳しいことは知らないよ。おっと、そろそろ時間だねー!」
奈落に緩やかに落ちていく。だんだんとスケルスの姿が小さくなっていく。
「くそっ、まだ聞きたいことが!――どうしてお前は!死んだ人間を!?」
「ふふ、また会えるかな?フリー・コルウス」
バラバラになったフリー・コルウスの死体――。
「おい父さん!起きろもう朝だぞ。父さん昨日約束してくれたじゃないか!一緒にあの大きな山を探検しに行くって!」
「ううん……」
「父さん!!」
何だ?眠たいまだ寝させてくれ。ん?何だ目の前にいる子供は?
「父さん?」
目の前にいるのはソル。何だ何で父さんはこんなに幼い――。
「もういいよ朝ごはん先食べるから」
俺は誰だ?
夜――開けた森の中で2人は向かい合う。
「そろそろ死んだ方がいいんじゃないですか?散々手間暇かけさせて申し訳ないと思わないんですか?貴方は何もわかってないですね。今ここで死んだ方が生きるよりも偉いことなんですよ、カルロ・コルウス」
血反吐を地面に吐いた。翁は両手に刀を持って近づいてくる。いつをここで止めないと……でもこの記憶の鳥核で何ができる?
「はあ、まだ俺は……翁の記憶を」
激しい痛み――胸を切られ、血がダラっと流れ出した。地面に膝と手をつく。
「何か言うことは?」
「たとえ人間を辞めたとしても、俺は!!」
「俺は?」腹部を思いっきり蹴られ、俺はふっ飛んでいった。目の先には夜空、血が――いたい。
「俺は……」
俺は……
懐かしい昔の記憶を辿りながら俺はポロポロと涙を流していた。おかしいことはわかっているけど止まらない。ああ、俺は何者なんだ……知らない記憶で脳が埋め尽くされる。
「ファルサに会いたい」
懐かしい夏の日々に想いを馳せて――。
〇〇の化身 お玉杓師 @tarakani
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