紅色の魔女
鳥が囀る庭に夢を見ていた。
というのも私には庭という庭はなく、あるのは無機質で平凡な家だけだからだ。義務と責任が重視された重苦しい生活の中で私は正義の神々しさと素晴らしさにだんだんと惹かれていった。正義があるからこそ喜びや幸福は守られ、理想郷は築かれる――。
幼い頃から私は優雅で美しい生活に憧れ、この世界に幻想を抱いていた。この国ひもうすに。
「ミコ。大丈夫か?ぼーとするな。そのままだと弾に貫かれて簡単に死んでしまう。正義を重んじるなら――死ぬなら計画的に死ね」
肩を揺らされ起きた先に広がる景色は泥に塗れた戦場であった。血生臭さが漂い、耳が破裂するような轟音が轟く。鉛のようなどんよりとした空は私の人生を嘲笑うかのように雨をポツポツと降らした。落ちてくる水滴を手で掴もうとする。
「ミコ……?」
「ああ、ごめんヴァニタス。つい、ぼーと思案に暮れてしまっていた。突撃はまだか?」
「もうすぐだろう……1人で死ぬなよミコ」
「もちろん、死ぬ時は一緒――そうだろ?」
「ああ」
突撃の命令――塹壕から顔を出し、敵がいないことを確認すると次々と兵士たちはライフルを抱えて駆け出していった。重い軍服に疲労を重ねながら、自分だけの正義を掲げて前だけを向いた。
よかった、敵はまだ気づいてない。このままいけば――。
敵の塹壕は次第に姿を現し始めた。しかし、敵の姿はない。その様子に、ほっと安堵すると同時に不安を覚えた。
「敵は!?敵はどこ――死んでる……」
言葉通りの意味だった。敵国の兵士は全員もれなく死亡。血を染み込ませた体が長い塹壕中でいくつも横たわっている。遠くに見える霞がかった死体――。
「死んでる死んでるぞ!やったー!」
「やったあ……やったあ」
「はは、はは」
喜びと安堵の明るい声。誰がやったのかはわからないが助かった。これで同胞たちの無駄な死はなくなった。いいや!――無駄な死などあるものか。
いくつもの冷たく動かなくなった死体を眺めているとヴァニタスが近づいてきた。
「ミコ、ここを離れよう。この連中を殺した奴らが誰であろうと、いないだろうと、まだ俺たちは油断できない。まだな」
「進軍を続けようか。正義を貫いてこそ正義は果たされるからな」
「――伏せろ!」
突然の爆発音。土が弾け飛び、視界は煙で覆われた。思う暇もなく、また空からヒューという音と共に光り輝く秩序の槍が飛んできた。秩序の槍先――秩序の神の恩恵であり、反正義軍の貴重な武器。
咄嗟に私とヴァニタスは塹壕内の空いた空間に滑り込んだ。砂埃につい目を閉じてしまう。
「痛たた……」
「ミコ、今気づいたんだがあの大量の死体は俺たち同胞のものかもしれない……秩序の連中はそれを利用して俺たちを奇襲したんだ」
「ふん、面白くなってきたな……!」
「そんなこと言っている場合ではないだろうミコ」
まさにヴァニタスの言う通り、今いるこの空間はすぐにでも崩れそうな様子だった。出口は塞がれ出れそうにもない。赤髪ミディアムヘアのミコと灰色の髪のヴァニタスの2人のみが取り残されている――他の兵士の安否はわからないので断言はできないが。未だに秩序の槍は降り注いでいる。
「でも、どうにかなる。なると思えばなる」
「はは、いつも通りだな」
やればできる。何とかなる。成功を信じ、強く願えば叶う。私はまだ前線に行く前に居たあの書斎に思いを馳せた。窓からは荒れ果てた戦場の入り口が見えるあの部屋に。たくさんの本棚に囲まれながら、私はヴァニタスと一緒に談笑をしている。戦場になんか眼中にない――あの瞬間を。そう、私は今談笑をしているのだ。
本、手に本――ここは。
「……ヴァニタス」
「まさかな――ここが死後の世界じゃないなら」
「窓を見よう!」
「……まさか本当に成功するとはな!我ながら脱帽だ!」
「そうだな、お前のその力には毎度驚かされる」
書斎の窓からは曇り空をバックに流れ星のような秩序の槍がいくつも放物線を描いていた。
戦場から書斎。そこから溢れた笑み。
それから、私はさらに幻想を抱くようになった。なにせこの力は私の夢を叶えられる。小鳥が囀る美しい庭――あの場所に。夢を見させてくれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます