19話 クリスマスを終えて



「――あ〜フリー、ちょっと待ってくれ」

 自室に戻ろうとする俺のことをアマデウスが呼び止める。少しばかり懐疑的な目で振り向いた。

「俺が今から言うことは少し驚くことかもしれない。……さっきはファルサが居たから言いにくかったんだけど実は、俺の父親はカルロ・コルウスなんだ〜。つまりは、ベラも俺もフリーと血の繋がった親戚ってことさ」

「本当か?アマデウス。笑えない冗談は母さんだけかと思ってたぞ」

「本当さ、信じられないなら俺の記憶を見てみるといい」

 俺は記憶の鳥核を行使し、アマデウスの記憶を見る――そこには幼いアマデウスと2人の男女、次に見えたのは白く長い髪の少女の姿。

 まさか、赤子であるアマデウスの後ろにいる男がカルロ・コルウス……なぜだろう、その男だけ異様な既視感を覚える。思いを巡らすも霧がかかったかのように思い出せない。んー、父さんに少しだけ顔立ちが似てるような気もする。

 そんなことを考えていると突然落雷のような頭痛が襲ってきた。俺は咄嗟に屈んで頭を抑える。

「……本当みたいだね。確かにベラと俺は血が繋がってる。しかも、アマデウスとカルロも」

「そうだよ〜というか大丈夫かい?一応言っておくけど俺は苦痛の鳥核の行使はしていないよ」

「わかってるよ大丈夫だ……昔からよくあるんだ。そのうち治るよ」

「そうか……ならよかった」


――ベランダに出て外の空気を吸う。ここら辺はアウロラの中心部と違って一年中寒い。だから、肌に冷たい微風が当たってくるのが妙に気持ち悪かった。けれども今はそんな風に当たっていたい。どうしようもない思いがどうしようもなく心の中を駆け巡る。


「ベラ……」

 正直複雑な気持ちではある。俺の祖父カルロが浮気をしていたことも、アマデウスがカルロの息子でベラと俺が血の繋がった親戚だってことも。だけど、その事実を知ったところでこの気持ちは変わらない。素直に言うと俺はベラのことが好きだ――家族愛とか友情とか、ただの思春期の気の迷いとかそんなんじゃない。たとえ、血が繋がっていたとしても俺はベラのことが大好きなんだと、このループの中で俺はわかった。何度も失ったからこそ得られるこの想い――決してちゃちなものなんかじゃない。透き通るような白く長い髪、魅力的で鮮やかなピンクの目、その性格、その思想、腕手足肌爪指髪頭目鼻口身長そして声――何もかもがその全てが美しく思えてはたまらない。そして、ずっと一緒に居たいと思う。でも今は一緒には居られない。ビスが言う最悪な未来を防ぐまでは、愉悦の化身たちの暴挙を食い止めるためには、俺はこれからも頑張らないといけない。当分、ベラとはおさらばだ――。

 

 1人、月を見つめる――。

「フリー、私たち家族なんだってね」

雪夜の中、こんこんと降る雪に紛れベラが現れた。

「まさか誰かが言ったのか?」

「うん、私のお父さんからー」

 俺とベラは一緒に同じ月を見る。

「私、正直言って悲しくはなくて安心してるんだ。その……ずっと本当の家族なんていなかったから。今までお世話になったコルウス家のみんなが私の家族ってことを考えると嬉しくなるんだ」

「そうか……ならよかった」

「ところでフリー。一つお願いがあるのー」

「?」

「私もひもうすに連れていってほしい!ものすごーく行きたいんだ!お願い!」

「――だめだよベラ。ただの旅行じゃないからな!ごめんだけどベラは連れて行けないよ」

「そんなぁーというか、フリー達は何でひもうすに行くの?敵じゃん、駄目じゃん、よくないじゃん」

「んーと、何かといろいろあってな。神様を殺すことになったんだ」

「神様ー!?」

 言うのかどうか迷ったが、結局俺はベラに今まであったことを話した。12月25日の今日に俺たちの故郷アウロラが愉悦の神シャーデンフロイデによって滅ぼされたこと。何度も何度もループしてみんなを救おうとしたこと。12月25日から始まった奇想天外な物語のことを話すと今まで経験してきたことがだんだんと遠い昔のことのように思えてきたと同時に少し笑えてきた自分がいた。

 呆れた笑い、遠くを見る。

「もう俺は何も考えたくないと思う。きっとそうしているのが楽なんだと思う。ただじっとベラと一緒に居たい。もうやなんだ、死とか神とか化身とか考えるの。もうやだよ……ただ単に俺は楽しく過ごしたいだけなのに」

「そうだねー私たちはまだ子供で、世の中のことなんかこれっぽちしか知らない未熟な少年少女だもん。私は『そう重く考えないで元気出して頑張ってよ』なんて言うつもりはないよ。そんな無責任で強制するようなことは言わない。私はフリーとビスみたいに戦える勇気はないし、何回を死んだり、死なせてしまったりしても戦い続けられるようなかっこいい人間じゃない。そんな私はフリーに言いたいよ。ただ今は私と一緒に居ようフリー。ただ夜風に吹かれながら……ね。そして、もう1つ!」

「もう1つ?」

「私の命を救ってくれてありがとう」

 そう涙ながらの笑顔でベラは言った。

 視界がぼやけては前が見えない。胸の奥底から熱いものが込み上げていき、目の奥からそれは溢れ出した。少しずつゆっくりと――寒さと同時に温かさをただ感じた。


――同時刻、ソルとアマデウス。

 暖炉の前にある椅子にもたれながら、温かいコーヒーを飲んでいた。ソルはブラックコーヒーを、アマデウスはカフェオレを。寒さは次第に和らぎ、体の芯からじわじわと全体が温まっていくのを感じた。

「美味しいかな?このコーヒーは」

「美味しいよ〜なかなかに」

「そっか、よかった」

「こうしているのは生まれて初めてだね。血の繋がった弟と2人で一緒に居られるのは。本当にこれも何もかもビスとフリーのおかげだよ〜」

 腹違いではあるが血の繋がった兄弟の2人。2人っきりで同じ部屋に居るのはこれが生まれて初めてだった。いくつもの世界線を越えて実現したのだった。

 フリーとビスには感謝を。

「そうだな、2人には感謝をしなきゃならない。それにしても、アマデウス……コーヒーがついて髭みたいになってるぞ」

「な!そんなはずは」

「ほら、ここだよここ。茶色い髭ができてる」

「カフェオレはこれだから苦手なんだ。気がつけばいつもこうだよ〜」

 ソルはハンカチでそっと口の上を拭いてやった。

「ふ、まるでどっちが兄なのか……何でカフェオレにしたんだ?アヤメティーでよかっただろ?」

「カフェ・オ・レの方がよかったんだよ。気分的に〜」

「なんだそれ」

 

「はぁ……一緒がよかったんだよ」

 小声でそう呟いた――。

 

 小鳥が朝日に照らされながら囀り、俺はベッドから目を覚ました。ようやく12月26日――ずっと続いていたクリスマスは終わったのだ。

 一階に降りて朝ご飯を食べる。そして支度。

 ファルサの家にあった茶色の車にベラ、ルナ、ファルサが――ソルが買った黒い車に俺、ビス、ソル、アマデウスが乗る形で神聖帝国の都心部に向かう。

「それにしても、ベラちゃんがコルウス家だったとは思ってもいなかったよ。まあ、生まれてきた経緯は置いておいて仲良くしよう、家族なんだし」

「そうですね。正直に言って私ほっとしてます。今まで本当の家族がいなかったから。みなさんのような心優しい方々が家族だなんて私にはもったいないです」

「……ベラちゃんは優しいね。今はさ、こんな複雑な状況だけどさ。いつかは家族旅行にでも行こうか」

 

「――ところで、なんでコルウス家じゃなくてコリウス家に?」

 ソルはハンドルを慣れた手つきでハンドル握りながらアマデウスに問い掛けた。

「それは〜理由が2つあってね。1つ目はコルウス家に似た姓にしたかったから。完全に自分の中からコルウス家というのを消し去るのは無理だと思ったからね。2つ目は〜俺がコリウスが好きだからさ。えーと、コリウスっていう植物があるんだ、それが好きでさ」

「へー、じゃあコルウス家は何でコルウス家なんや?」

「それは父さんならわかるだろ?」

「ああ、コルウス家は昔からひもうすに住んでいてそこで商売を生業としていた。だがそれは表向きの話――本当は害獣駆除をしていたんだ。害獣駆除?って思うだろ?ただの害獣駆除じゃあない。国直属の害獣駆除業者だ。調べたことによるとルーツはそこにあるらしい。……ここからは俺自身の推測になるんだが、昔コルウス家が『ひもうす』でやったことと不幸鳥は関係あると思うんだ。じゃなきゃ、ここまで神様が執拗に関わってくるのを説明できない」

 ソルは浅いため息を吐き、遠くを見る。

「だからこそ、ひもうすに行く必要がある。それらを解明するのは俺の夢でもあるからな」


 車に揺られ、都市部を目指す。平穏な森を、豊かな草原を、のどかな村を、青空の下――進んでいった。

 窓の外にはちょうど鳥が高い空を優雅に飛んでいた。

「平和だ。とても戦争が起こるなんて思えない……ずっとこのまま美しかったらいいのに」

「それはこれから決まることや。俺たちが戦争を止めることができたら、神の暴虐を止めることができたら、きっと最高な未来が待ってるで。ハッピーエンドがきっと」

「そうだなビス」

 そう言って微笑んだ。

 車のガタガタ走る調子に身を任せ、このまま眠りそうになっていく。暖かい日の光に体は心地よく脱力し、瞼が1回、また1回と閉じては開いて、やがては閉した。

「フリーは寝てしまったか。はぁあ、俺も眠たくなってきたよ〜」

「ゆっくり寝といていいよみんな。俺が安全第一で運転しておくから」

「ありがとうソル」

 まったく、平和すぎるよ。嫌気がさすほどに。

 

 夢のような、けれど本当の物語――。

 





 

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