18話 7人の茶会
目の前のテーブルに並ぶのは7人分のアヤメティーと皿に取り分けられたチェス柄のクッキー。俺から時計回りにベラ、ファルサ、ルナ、ソル、アマデウス、そしてビスの7人が木製の椅子に腰掛けている。アマデウスがお茶会をしようと言ったことがきっかけで始まった7人の茶会。
まず俺とアマデウスが最初に会いに行ったのはソル・コルウス――俺の父親だった。アマデウスと共に俺たちの家まで歩いていくと、遠くの方に家の前にいるソルの姿が見えた。俺は走ってソルの元へと行く。
「……父さん」
「……フリー!今までどこに行ってたんだ?心配だったからずっと探してたぞ。頼むから出かける時は一言言ってくれ。フリーは知らないだろうが、今とても大変なことが起きてるんだ。だから、ルナもベラもファルサの家に避難してもらってる。後で話すから、フリーも早くここから逃げろ!じゃなきゃ……」
「じゃなきゃ、死ぬかもしれない――」
ソルは何か思い出したかのように口をあんぐりと開ける。心にはあの日から巣食う罪の感情。
「アマデウス……何でお前がここに」
「久しぶりに君に会いにきたよ。色々あってね〜今じゃフリーと仲良くさせてもらってるよ」
次第に現れたのはアマデウスに対する恐怖。
「アマデウス頼む。あの時は俺が悪かった……だから関係ないフリーには何もしないでくれ。お願いだ」
「……何を。俺はただ」
突然、ソルはアマデウスに深く頭を下げた。
「俺は、俺はあの時カエルムを救えなかった。あの日あの時俺は自分の大切な人を失う恐怖に負け、焦りに身を任せ、目の前の救える命を捨てたんだ!頼む……許してくれなんて言わない。何でもする。だから……フリーには、何もしないでほしい」
「……何もしないよ。復讐なんかもしない。俺は……ソルを、許そうと思う。あの日カエルムが死んだのはソルのせいじゃない。大切な人を守りたいという気持ちは立派で誇るべき気持ちだよ。そういえばソル、ひもうすとの戦争が起きそうなんだろう?今ソルのその優しい気持ちを使う時なんじゃないかい?似たもの同士の俺たちで、今こそ使う時なんじゃないかな」
「そうだな。そうしよう」
心雨がポツポツと降り出してきた中、ソルの頬には雨水とは違うものが流れていた。
今回は俺の故郷は潰れなかった。俺がアマデウスに死の記憶を見させたのが原因なのだろうか?気になることは山程ある……。
数秒の沈黙を破り、ファルサが話し始めた。
「さあ、アヤメティーでも飲んでゆっくりしようか。でもそんなこと言ったってリラックスできない状況だね」
「そうだ。ひもうすは現に聖地奪還に動き始めている。いくら神聖帝国が平和の神を国神としていても油断はできない。なにせ結局は神頼みだからな……今すぐにでも遠くに行ったほうがいい。だがその前に、アマデウス――知っていることを話してくれないか?このお茶会を開いたのもそれが理由だろ?」
「ああ、そうだね。俺の知っていることを全部話そう〜。でも、まずは自己紹介からかな。俺の名前はアマデウス・シルウィウス・コリウス。ファルサとは随分前から親しくしてもらってるよ。それと、このことは初めて言うんだけど〜俺はひもうすから送り込まれたスパイなんだ」
「え……」
静まり返る一同――。
「はは、まあこうなるよね。だけど、大丈夫だよ〜。もう、ひもうすから頼まれた仕事は放棄することにした。仕事よりも大切なことを見つけたんだ。というかそもそも帝国人だからね。元からひもうすなんかに忠誠は誓ってないよ。だから、君たちに危害を加えることは決してない。神に誓うよ」
「証明はできるんですか?信用しても……いいんですか?」
ルナはアマデウスに問いかけた。
「証明……それは必要ないと思う、ルナ。現にアマデウスは俺の昔の罪を許すと言ったんだ。証明なんかはこれから行動で示していけばいいし」
「しかも、今ここで自分がスパイだと告白したのは信用に値すると思う」
「……本当に許したの?アマデウス」
「ああ、許したよ。過去は過去なんだ」
すっかりアマデウスは考え方が変わった。今までが嘘のように。
「さっ、みんなよく聞いてほしい!」
みんなの視線がソルに集まる。
「明日、朝早く家を出発して都心部に向かおうと思う。そこまで非難したらひとまずは安全だからな。今日は荷造りをして早く寝よう。あ、それとアマデウス、ビス、フリーに話したいことがある。あとで少し時間をくれ」
ファルサ、ルナ、ベラは各自部屋に向かい、残った男たちはコーヒーを片手に話し合う。それぞれの椅子に座り、敵だった者同士が向き合っている。
「単刀直入に問おうか。この中に鳥核、または化身と契約した奴は何人いる?」
「全員じゃないかな〜ソル」
「やっぱりそうか。じゃあ、俺からアマデウス、フリー、ビスと能力や契約内容を言っていこう。これもこれからの未来のためだ。協力してほしい」
これからの未来……果たしてそれは決められるものなのか。化身の手で転がされ無様に死ぬか。戦争の惨禍に飲み込まれるか。俺にはこの先の未来がとても恐ろしいものに見える。でも、俺は信じてみたい。
「まず、俺が現在契約していることはない。でも、昔俺は記憶の鳥核を父親カルロから譲り受けた。今は記憶の鳥核はフリーに渡した。それぐらいだな」
不幸鳥が教会で授けた記憶の鳥核。
「次は俺だね〜。……知っていると思うけど俺は永劫の化身だ。持っている鳥核は苦痛の鳥核――苦痛の現実を改変する能力」
「……お前は本当の永劫の化身やない」
ビスは鋭い目つきと声でアマデウスを見る。
「ああ、そうさ。俺は永劫の神核を化身イーオンから奪った。愉悦の化身シャーデンフロイデに洗脳を受けて、カエルムに会うということしか頭になかったんだ。すまないビス――俺が奴らの口車に乗せられていなかったら、何とかなったかもしれないのにね」
「……変えられないのか?過去に戻って」
「変えられないよ。俺はまだ神核をそこまで扱えない。時間がかかるんだ」
「それはそれは残念やな」
ビスがボソッと言う。彼の瞳にはアマデウスが神様ではなく悪魔として映っていた。彼にしては珍しく人を呪うような瞳をしていた。
「なあ……アマデウス。今すぐ神核を俺にくれないか」
「ダメだね。ジャムを間違えて塗ってしまった食パンのように――取り返しのつかないことだよ」
「そうや、お前は食パンに間違えてジャムを塗ってしまった。イーオンを殺したんや!俺の相棒を!」
ビスは椅子から立ち上がり、アマデウスの胸ぐらを勢いよく掴む。
「お前に何ができるっていうんだよ!?上手いように神に手のひらで転がされて何も思わんのんか!?イーオンを殺したならその分いろいろやってくれるんやな!?頼むぞアマデウス」
「やめようビス……辛いことだけど今すべきはそれじゃない。今すべきことはどうやったらシャーデンフロイデやひもうすをどうにかできるか考えることだろ?それにビス……父さんをやっと救えたんだ。今こそこの4人で話し合う時だろ」
ビスはアマデウスを押し飛ばす。鈍い音を立てながら床に倒れこんだ。今度は俺の方に向かってきた。咄嗟に俺は木製のテーブルにビスを突き飛ばした。テーブル上のマグカップからコーヒーがこぼれ、テーブルに茶色いシミを作る。
「おい……フリー。お前はいつもそうやって綺麗事ばっか言ってきたな。いいか、綺麗事ばっかり言ってても世界は変わらないんやぞ。この銀髪で馬鹿で一途なゴミクズ男に『はいはいっ崇めます!永劫の神様ー』ってやるのが正解なわけないやろ!第一にこいつはシャーデンフロイデに洗脳されていたとか言ってるけど、本当はコルウス家にまだ恨みがあってカエルムのことしか頭にないんじゃないか?人はそう簡単に変わるわけないやろ。俺はまだこいつのことを信じられん。フリーも見たやろ!あの時こいつがファルサを苦しめてる様子を!」
「だけど今、全員の命の危機が迫ってるこの状況で喧嘩するのは愚かだって言ってるんだよビス。落ち着こう」
「でも……」
ビスはそれ以上口を開くのをやめた。
「まあいい……すまんみんな――今先にすべきことなのは話し合うことよな」
「いいんだビス。もういい……。信じられないからこそ、今ここで互いの秘密を打ち明けるんだよ。……さあ、自己紹介の続きをしよう。アマデウスが終わったから次はフリーだ」
「俺か……俺には記憶の鳥核がある。だからクリスマスがループしてる時も記憶があったんだと思う。あと、まだはっきりとはわかっていないけど今俺は不死の状態になってるんだ。何故かはわからないけど……死ねないんだ」
「まさかそれは」
「死の鳥核――」
常闇。この空間を表すにぴったりだ。永遠に暗い――今にも体が沈みそうな漆黒の地面。
「わからないかな?フリーには」
「しのちょうかく?」
「不死身になれる最強の能力!的な感じだよ。今ここでその能力を授けよう」
「やったー!」
「これでいつかは『鳥』になれるよフリー」
鳥、鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥。昔の夢。
「死の鳥核。俺は死の鳥核を持ってる」
「死の鳥核?そんなのが何で」
「わからない。誰だあの人は?何で俺はこんなものを……」
酷く気持ち悪い。吐き気がする。床が歪んで見えるほど体が拒否している。
「ひとまず落ち着こうフリー。今は無理に思い出そうとしなくていい」
「そうだな父さん。……今は、やめておこう」
前も見たような気がする。思い出したくても思い出せない。むず痒いこの感覚。
「じゃあ、続きをしようか」
「――俺の番やな。俺は永劫の化身イーオンと契約してた。やけど今はその契約もなくなって、ただの人間になった。あ……ただの人間って言っても未来人やけどな。まあ、前の世界線で色々あったから過去に戻ってこの世界線にきたってことや。これで以上かな」
「おいおい待ってくれ!今さらっとなんて言った?」
ソルは唖然とした表情でビスの顔を見る。
「ビス、本当に言っていいのか?」
「言ってもいいと思う。これからのことを考えたら俺の情報は必ず鍵になる」
「ビス、もし本当なら教えてくれ。未来のことを」
「……俺が見た未来は悲惨そのものやった。ひもうすの聖地奪還を気にひ神戦争が起き、世界中を巻き込んだ大規模な戦争に発展した。表面的にはひもうすと神聖帝国の対立、正義と平和の対立が戦争のきっかけに見えるけどそうやない。原因は――」
「シャーデンフロイデと不幸鳥。そうだろうビス」
「さすがソルさん」
「ということはシャーデンフロイデと不幸鳥を殺さないとハッピーエンドには辿り着かないってことだね〜」
「そういうことや。やけど肝心の奴らの位置っていうのがわからんからなー」
「それに関しては――不幸鳥の位置だけはわかるよ」
「何で父さんがわかるんだ?」
「俺は昔から……俺の親父が奴と契約した頃からひもうすで色々調べていたんだよ。その結果、不幸鳥はひもうすに封印されてるとかなんとかってことが唯一わかったんだ」
「それじゃあ……」
「ああ、着いてきてくれるか皆んな」
「もちろん、父さんが言うなら」
「――ソルさんは昔から変わらんな」
「行こう!未来を変えるために」
「それじゃあ決まりだな。まずは明日、神聖帝国の都市部に行こう。それからひもうすに行こうか」
こうして俺たち、フリー・コルウス、ビス・クラヴィス、アマデウス・シルウィウス・コリウス、ソル・コルウスは不幸鳥の居場所を探るべく、ひもうすに行くらことを決心したのだった。
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