第三話
咲き誇っていた桜はとっくに散って四月が終わり、たくさんの太陽の光を浴びて青葉が生い茂る五月を迎える。
五月を迎えたと思ったら、直ぐに学校はゴールデンウィークに入り、数日間七星さんに会えない日々が続いた。
恋に敗れた私が、どれだけ追いかけても届かなかった七星さんの隣を手に入れた人。七星さんの未来の結婚相手である紗希さんが、転校してくる日が刻々と近付いている事に言いようのない不安が私を襲う。
けれど、そんな不安を抱えながらも時間は呆気なく過ぎていき、あっという間にゴールデンウィークは開けて普段のような日常に戻っていった。
この過去での生活にもすっかり慣れて、私はあの頃と変わらない高校生として生きている。
「はぁ、アンタも懲りないよね〜」
隣から聞こえたハナちゃんの声に、私は手に持った双眼鏡を覗き込みながら「んー?」と間延びした声を上げる。
昼休みに入りガヤガヤと騒がしい校舎内で、私は廊下の窓に張り付きながら中庭を行き交う生徒たちを懸命に双眼鏡で追っていた。
今日も今日とて、私は金髪の目立つ彼を探すのに夢中だ。
ゴールデンウィーク中に七星さんに会えなかった分、今直ぐにでも会いに行きたいところだが、最近はなかなか会うタイミングが掴めず、ゴールデンウィークが明けてからも私は今だに七星さんに会えずにいた。
七星さんとは、もともと学年も違い共通点も何も無い。そんな私が七星さんと関わるためには、少々強引に彼に付き纏って交流を持たなければ、私は七星さんに会うことさえも叶わないのだ。
「あっ!居た!」
今日は購買に来なかった七星さんに何とか会える機会がないかと、昼休みの校舎をくまなく探していれば、覗いていた双眼鏡に校舎から中庭に出てきた金髪の生徒が現れる。
輝く金髪を揺らし、白いワイシャツ姿で友人たちと談笑しながら歩いている男子生徒に、私は反射的に心が弾んだ。
間違いなく、あれは七星さんだ。
「ちょっと、私行って来るね!」
覗き込んでいた双眼鏡から勢い良く顔を上げて、隣に居たハナちゃんに駆け出しながらそう告げると、ハナちゃんは呆れたように「はいはい、行ってらー。」とスマホを片手に私を送り出してくれた。
七星さんを目指して廊下を爆走し校舎から中庭出ると、私が会いたくて仕方なかった金髪が目に入った。
「七星さーん!」
衝動のままに駆け寄れば、七星さんは少し驚いたように目を見開いてから「全く、お前は何処にでも現れるよな。」と眉を下げて仕方がないというような表情をした。
過去に来てから、もう何度か顔を合わせている筈なのに、私は今だに七星さんに会うたびにどうしようもなく胸が高鳴る。
相変わらず、七星さんは格好良い。
中庭には七星さんの他にも、昴さんを始めとした七星さんの友人たちも居て、中庭に設置されたベンチに座ったりしながら、各々が自由に休み時間を過ごしている。
「最近、なかなか七星さんに会えてなかったので、今日は会えて良かったです!」
「そーかよ。」
「七星さんっていつも何処にいるんですか?ずっと探してても、簡単に見つけられなくって!」
「それ教えたら、お前絶対に付き纏ってくるだろ?今もそうだけど…てか、ソレなんだ?」
数日ぶりに七星さんに会えた事が嬉しくて意気揚々と話しかければ、七星さんは私が手に持ったままの双眼鏡を見て不可解そうに首を傾げた。
「あっ、えーと…」
「まさか、それで俺の事探してるとか…ないよな?」
「あははっ、まさか〜!」
黒い双眼鏡と私の顔を交互に見つめて、徐々に顔を引き攣らせる七星さんを私は軽やかに笑い飛ばす。
毎日この双眼鏡を片手に七星さんの事を必死に探しているなんて、絶対に知られてはならない。まだ私の天敵である紗希さんが転校していないこの大事な時期に、七星さんから距離を取られるような事はあってはならないのだ。
手に持っていた双眼鏡を自然な流れを装って、七星さんの視線が届かない背中に隠す。
「えー!ちょっと、何なに?この子、七星の彼女?」
不意にヘラヘラと笑う私と困惑気味な表情の七星さんの間に、やたらと楽しげな声が割り込んできた。
声の主は七星さんの友人の一人で、先程まで昴さんとベンチで雑談していた茶髪の男子生徒だった。確か、七星さんに「竹内」と呼ばれていたような気がする。
「彼女じゃねぇよ。なんか、懐かれた。」
「懐かれたってなんだよ!ウケる!」
七星さんの言葉に竹内さんは、私を見て心底面白そうに笑う。
そんなことより、「七星の彼女」だと?
彼等にとっては何気ない言葉なのかもしれないが、私にとってはなかなかのパワーワードだ。その称号を手にする事が出来たら、一体どれほど幸せだろうか。
心の中でなんて素敵な響きなんだと噛み締めていれば、竹内さんは七星さんに向かって突然思い出したかのように手を合わせた。
「あっ!そーいえば、七星ごめん!日曜の件行けそうにないわ〜」
「うわ、マジかよ?」
「なんか、日曜に姉ちゃんの子供見なきゃいけなくなっちゃってさ〜。もともと日曜は姉ちゃんの仕事休みだったんだけど、急遽出勤しなきゃいけなくなったらしくて、姉ちゃん旦那居ねぇし、家族で子供の面倒みれそうなの俺しか居なくて!」
「まぁー、しょうがねぇよな。」
「 ごめんな〜!」と申し訳なさそうな竹内さんに、七星さんは何処か困ったように笑って「気にすんな。」と声を掛けていた。
暫くして、竹内さんは七星さんと会話を終えると、中庭にいる別の友人の元へと騒がしく向かっていく。
その姿をぼんやりと眺めながら、少し何かを考えるような素振りを見せる七星さんに私は思わず口を開いた。
「日曜日、何かあるんですか?」
「あー、バイト先で今度の日曜に大人数の予約が入ってるんだけど、急に人が辞めちまって今すげぇ人手不足でさ。」
「そうなんですね。」
「あぁ、それで店長が流石に今のメンバーじゃあ、店が回せねぇから誰か手伝える人いるかって頼まれてんの。」
七星さんのバイト事情はあまり聞いたことがなかったけれど、放課後は結構な頻度で働いているようだった。それも、バイト先の人手不足が原因なんだろうか。
制服のポケットからスマホを取り出して「誰か他に空いてる奴いねぇかな〜」と画面を操作し始める七星さんに、私は期待を込めてチラリと視線を送った。
「…私、空いてますよ?」
「………」
私の声が聞こえてないのか、七星さんは無言のままスマホ画面を眺めている。
「私っ!空いてますよ!?」
あれ?おかしいなと思い、私は先程よりも大きな声で今一度そう告げるも、七星さんは何も言わず顔を伏せたままだった。
「わ!た!しっ!空いてますよぉー!?」
「うるせぇ!もう分かったわ!」
「えっ!?本当に!?」
腹から出した私の声が中庭に響き渡り、七星さんは「もう勘弁してくれ」と言わんばかりに吐き捨てた。諦めずに昴さんに主張を続けた結果、まさか了承が得られるとは思いもせず、一人浮かれる私を七星さんは何処か諦めたかのような表情で見る。
そして、即座に中庭のベンチに腰掛けていた昴さんに向かって声を上げた。
「昴!日曜日、空いてるか!?」
「あ?」
突然の七星さんの発言に、昴さんはベンチに座ったまま気怠げに顔を上げる。私も、隣に居る七星さんを伺うように首を傾げた。
「日曜日、コイツと一緒にバイト手伝ってくれねぇ?」
「「は?」」
ガヤガヤと他の生徒たちの賑やかな声が響く昼休みの中庭で、昴さんの不機嫌な声と私の間抜けな声が見事に重なって溢れ落ちた。
走馬灯に星 透野 紺 @tounokon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。走馬灯に星の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます