私にとってはあなたが春の風だわ(ミオ視点



 私はずっと一人だった。

 魔塔にいた頃から人付き合いが苦手で、友達もできなかったし。でも、それでもいい。どうせ、この中で生き残れるのは一人だけ。

 仲良しごっこなんて、意味がないわ。


 ある日、氷塔の氷姫が脱走したとかで、私たちの番が回ってきた。


 最初は五人いたの。まだ未熟だからと、五人で戦場をかけたわ。でもね、みんないなくなってしまった。

 私がいなくなってしまえば、この国は、私を売った両親もろとも滅びるだろう。


 それでもいいと思った。


 でも、私は強かった。死ななかった。死ぬのは怖いけど、生きたいと思えるほどの事もない。そんな日々が淡々と続く。




 この氷の塔に囚われてから早3年。


 彼がやってきた。

 こんな辺鄙へんぴな場所へなんのようだろうと見下ろし、私は扉を開けに向かう。


 すると、あろうことかジークは窓をとって入ってきたのだ。

 私は驚き、久しぶりに話す人との会話に焦りを覚える。あの時は、自分を大きく見せようと必死だった。



 ここはとても危険な場所だから、早く帰るようにって言ったのに。

 嫌がらせだってたくさんしたのに。私のことを『好き』だと言ったジークは、この温度のない氷の城を出て行かなかった。


 代わりに、私の心に温かい何かが吹き込んでくる。


千年氷人形クリスタル、最近の私、変なの」


「氷姫というより、小雪姫ですね。異性耐性がないのはわかりますが、それにしてもチョロいです」


「なに? どういうこと?」


「……春がやってきた、ということでしょう」


 何を言ってるの?

 千年氷人形クリスタル、ついに壊れてしまったのかしら。


「春なんて来ないわ。ここは永遠に氷と雪に閉ざされた、不毛の土地よ」


 窓の外は今も変わらず、雪が積もっている。




「残さず食べるのよ」


「ありがとうございますっ!」


 今日も地面に座るジークの前に、お皿を置く。もう椅子に座っていいって言ってるのに。地面がいいらしい。

 ジークってば、たまに変な言動を取るのよね。


 喜んでるから、ちょっとどうしたらいいのか分からない。

 千年氷人形クリスタルは踏みつけてあげたら、とか、もっとゴミを見るような目で見てあげないと。なんて言ってくるけど、そんな事をされて喜ぶ人がいるとは思えない。



 あなたに名前をもらった時、私がどれだけ嬉しかったか、あなたには分からないでしょうね。

 生まれた瞬間に魔力を発芽させた私は、ずっと番号で呼ばれていたのよ。


 本当に、貴方の存在がどれだけ私に温もりを与えてくれたか。



「ジーク。かまくらと言ったかしら。またやりましょう?」

「かまくらか……」

「一時間で作って」

「イエッサー!」


 ウキウキと走って行ったジークを追いかける。


 私も手伝おーっと。

 あっ、崩しちゃった……。


「ありがとうございまーすっ!」


 キラキラした笑顔でジークは私にお礼を言ってくる。よく分からないけど。千年氷人形は、そういう口癖だと思っておくといいと言われた。

 ジークが笑ってるのは私も嬉しいわ。


「残り10分弱…………やってみせますっ!」


 別に時間はいいのだけれど……。

 真っ白な雪を積み上げて、掘ったかまくらは、私たちだけの小さなお城。


 お餅とか言うものに偽海苔(?)を巻いて、醤油とバターを少し。

 寒い中での熱々の食べ物が、もう最っ高。


 断言できるわ、いまが一番幸せな時……!



「美味しい……。ねぇジーク、前より少し狭くない?」


「すみません。時間が……え、外に出てろと?」


「うんん。肩が当たるくらい狭い場所も、いいねって思っただけ」


 にっこりと笑うと、ジークはおもむろに外へ行き、雪にダイブした。

 ジークってば、雪のこと大好きなのね。

 お餅ぜんぶ食べちゃおっかな……。


「あちちっ。……ふーっ」




 ジークが時折街に行って、大量の荷物を持って帰ってくるから、お城は随分と物が増えた。

 それでも、まだまだ空きはある。

 氷と雪に覆われたこの城に、温かさをもたらした貴方には、本当に感謝している。もう、ジークなしの生活は考えられない。


 いつか、この雪に覆われた地も。私の心のように溶ける日が来るのかしら。



 ある日、私はパンケーキという物が食べたくなった。

 ジークに振舞ってあげよう。

 前回は焦がしちゃったけど、今回は大丈夫。だぶんっ。


千年氷人形クリスタル、パンケーキの材料はあったわよね?」


「ええ。ございます」


 千年氷人形がこそっと私に耳打ちをした。


「ジーク様を雪の中に突き落として、出来上がるまで外で遊んでいてもらいましょう」


 いい考えっ!

 うんうんと頷くと、千年氷人形は真剣みを帯びた口調で言った。


「いいですか、魔物をぶち殺す時のような目で突き落とすのですよ」


「でも」


「ジーク様がお喜びになられるかと」


「…………わかった」


 確かにジークは私が失敗しても、全然嫌な顔をしないし、いつも笑顔だ。

 千年氷人形が、健闘を祈ると親指を立ててくる。


 私は小さな雪だるまを、窓の外に置いた。


「ジーク早くこないかなぁ」


 千年氷人形が呼んできたジークを笑顔で迎えると、帽子を被せてくるようにと言った。

 彼が雪だるまに帽子をかぶせるために、窓を開いたのを見て立ち上がる。


「ミ――」


 振り返ったジークに魔物たちに向けるような冷ややかな眼差しを向け、冷たい雪へ、魔法で吹き飛ばしてやる。

 一緒に落ちていく雪だるまを死守するような動きに、私は目を丸くする。


「雪だるまごと行っちゃいましたね」


「あっ。ねえジーク! 雪だるまは無事!?」


「はぅっ……、ぶ、無事です!」


 魔法制御をミスして、倒れた椅子を起こす。


「姫様も板についてきましたね」


 千年氷人形がどこか慈愛にも似た表情をしていた。

 あっ、私ったらっ。千年氷人形クリスタルが雪だるまごと〜、とか言うから。ジークの心配より、雪だるまの心配をしてしまった……。


「ジークも自分を守ってくれていいのに……」


「姫様、パンケーキをお作りになるのでは?」


「あっそうだった」


 私は窓の方へ近づいて、彼を見下ろす。


「…………ジーク! 私がパンケーキを作り終わるまで、雪と戯れていると良いわ。風邪なんて引いてはダメよ。雪の中に埋もれさせちゃうんだからっ」


「ありがとうございまーすっ!」


 雪から顔を出したジークが満面の笑みを浮かべていた。

 やっぱり、ジークはどこか変なのよね……。


 でも……好きよ。


 私のジーク。一生国になんて返してあげないんだから。

 暖炉で灰になった手紙にクスリと笑いかけ、私はパンケーキを作りに部屋を出る。




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氷姫の雪解けなど俺は望んでいないっ!! 水の月 そらまめ @mizunotuki_soramame

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