氷姫の雪解けなど俺は望んでいないっ!!

水の月 そらまめ

冷酷な氷姫を求めて(ジーク視点



 闇の領地と我が国をて立てる場所に、最果ての氷塔があるらしい。そこに住まう冷酷な主人は、王族にすら、一切の尊敬や敬意を払わないと聞く。

 実際に俺も、氷姫と呼ばれる女がパーティーに顔を出したのを見たことがない。


「冷酷な女か……」


「ジーク様?」


「なんでもない、今行く」


 もしかしたら、俺の願いも叶うかもしれない。




 俺は王城を抜け出し、街を出ては、丘を越え、花畑を通り過ぎ、雪の降るこの場所へやってきた。


 氷塔は、氷で出来たような城だった。

 まるで宝石箱をひっくり返したかのように、無数の氷の結晶が織りなす美しさと言ったらもうっ。素晴らしいとしか言いようがない。

 氷の透き通る質感を活かした、繊細で緻密な彫刻は、芸術作品そのものだ。


 息を呑んだ俺は、気を引き締める。


 固く閉ざされた冷たい扉は、押しても引いても開かなかった。

 まるで俺を拒むように。

 だから俺は、窓をちょいと外して。静寂の立ち込める氷塔に、足を踏み入れた。


「よし」


「む、無断侵入とは良い度胸だ」


 純白の髪と澄んだ青の瞳を持つ少女が、すこし惚けた顔をしていた。すると、彼女は眉を吊り上げ、大きな杖を地面に打ちつけては、胸を張る。


「度胸だけは一人前だと幼い頃から言われていた」


「そ、そうか……」


 まさか、この城の住民にばったり会ってしまうとは……。

 俺は変人を見るような眼差しに、ゾクゾクとした。俺の顔を知らないとは、ここまできた甲斐があったな。


「……あ。その紋章……ついて来るといいわ」


 しまった。王家の紋章は切り取っとくんだったぁ……!

 紋章を隠すもすでに遅し。しかし、無表情へと戻った彼女は、今まで見た誰よりも俺のことを蔑んでいるように見えた。


「えっ」


「なに?」


 早くついてこいとばかりの冷たい目に、ゾクゾクしてよだれが……。

 たまらんっ。ここの住人はみんなこんなに冷たいのか!?


 胸が躍るぜ。




 少女に謁見の間のような場所に通された。

 すると、俺を案内した少女が、氷の王座に座る。


「さて、なんようかしら人間。ここはお前のような下賎なものが来る場所ではないわ。魔物に食われたくなくば、去りなさい」



 俺は氷姫に罵倒された瞬間に、恋をした。


 ここまで連れてきておいて、すぐさま帰れとっ! くぅっ、こう言う扱いを受けたかったんだ俺はっ! 身分制度のせいで俺は今までどれだけ。

 踏んでくださいっ、ご主人様っ!!


 期待を胸に膨らませ、俺は俺は是が非でもここに留まることを決めた。


「好きですっ。ここに置いてくださいっ」


「え……」


 氷姫は無表情を崩していた。


「あなた、頭おかしいんじゃないの?」


「はぅっ!」


 コツン。

 氷姫が地面に杖を打ち付けると、冷気が動いた。俺の周りに数十という氷の兵士が出現し、氷で出来た武器を向けてくる。


「こんなところに魔獣がいたわ」


「今の一瞬で……」


 すごい。氷姫が卓越した魔術師であるのは確かなようだ。

 俺は彼女を見上げる。


 …………うへへ、この見下ろされてる瞬間もたまらん……。じゃなくて。


 氷姫が俺を害する気がないのは明白だった。

 彼女からは敵意が一切感じられない。氷の兵士も俺に武器を向けるだけでそれ以上は動かないし。

 王城で鍛えられた俺の観察眼はだでじゃない。


 むぅと頬を膨らませた少女が眉を釣り上げる。


「去・り・な・さ・い!」


「ここに住まわせてください!」


 あと踏んでください。


「…………興が削がれたわ」


 氷姫は魔法を解除して、去っていく。




 それから彼女とは会えなかった。

 城の中は静寂に包まれている。明かりは常についているようで、場内は明るい。そして、意外とこの城は温かく、冷気が全く入ってこないようになっていた。

 これも氷姫の魔法だろうか。


 しんしんと雪が降り積もる。


 静寂しかなかった。

 たまに見える月すらも、心細い光だ。



「こんにちは」


「うおっ」


 足音もなく俺の背後に立ったのは、メイドさんだった。

 人のようにも見えるが、その目の奥に感情はなく。足元が氷で覆われている。おそらく、魔法生物だ。


千年氷人形クリスタルと申します」


「ど、どうも、ジークと申します」


「ジーク様ですね。姫様は現在、闇の峡谷にて戦闘中でございます。夜までに戻らなかった場合、かつ、ジーク様がこの城にとどまった場合にのみ部屋に連れていくようにと、仰せ使っております」


 そんなっ、気遣いだって!?


「こちらへどうぞ」


 連れて行かれた場所は狭く、冷気の漂う場所だった。

 優しさと見せかけての、ムチっ。放置プレイは嫌いじゃないが、できれば氷姫に「廊下で寝られたら邪魔よ、今日はここで過ごすことね」とか言われながら蔑まれたかった!


 数枚の毛布と暖炉があるから、死なないように配慮するから暖かさを感じる。

 でも薪が6本しかないっ。飴と鞭が素晴らしい……。


「姫様より、この部屋を使わせるように仰せつかっております。この城を明日出ていくと約束するならば、暖かい部屋にご案内いたしますよ」


「いえ、結構。俺は我慢強い方なのでお構いなく」


「かしこまりました」


 こう言う、熱のないのは違うんだよなぁ。

 千年氷人形クリスタルがじっと俺を見ている。


千年氷人形クリスタルさん、いろいろ聞いても良いですか?」


「……私に答えられることならば」



 氷姫は代替わりするらしく。齢15歳にして、彼女は氷塔の当主を引き継いだんだそうだ。

 前の氷姫は、魔獣に食われその命を散らし。

 急遽、決まった後継者である彼女は、いまも闇の領地からやってくる魔物を、昼夜とわず防いでいる。


 俺は知った。王族のパーティーの招待を断っているのは、そんな暇がないからだ。彼女がここを離れれば、瞬く間に魔物どもが進軍し、我が国は滅ぶだろう。


 何故ここへ派遣されているはずの兵士たちがいない。

 何故だれも、ここにいないんだ。

 俺は15の少女に守られているこの現状に心を動かされ、この現状を知らせねばならないと言う使命を、密かに心の中に持ち眠りにつく。


 あと、年齢は俺の二つ下か。……良いっ。




「ほ、本当にいる……」


「だから申しましたでしょう」


「起きなさい人間。出ていく時間よ!」


 寝ていた俺は、頬を冷たい手で触れられて身体を起こす。

 ゴンッ!


「あうっ」


「ば、ばかぁ……! なんで急に起きるのよ」


 頭を押さえた氷姫に睨みつけられて、俺は朝からドキドキした。


「す、すみません」


 氷姫は壁を破壊すると、俺のことを雪が積もる外へ魔法で吹っ飛ばした。


「うわぁぁあっ!?」


 ふかふかの雪に落ちた俺は、怪我とかはしなかった。でも。さ、寒い……。

 これはご主人様を起こしにこさせた罰か!? 


 見上げた俺がいた部屋は修復され、すでに中の様子は見えなくなっていた。

 深く積もった雪を掻き分けて、俺は氷塔に近づいていく。


 俺は前回と同じように、窓をとって中に入る。



 暖かい。

 

「な、なんで入って来るのよ」


 デジャブだ……。

 窓から入ったそこに、走ってきたのか髪が乱れている氷姫がいた。


「氷姫、俺はもう少しここにいる」


「……あなた、こんな目に遭ってるのに。……もしかして、頭が悪いの?」


 憐れむような表情をすると、氷姫は去っていく。

 よし、ここにいて良いってことだな。

 ポジティブに考えた俺は、氷姫を追いかけようとして巻かれた。



 初代氷姫が作ったと言う、千年氷人形クリスタルが料理をしている。複数いる全員が千年氷人形クリスタルという名前らしい。

 そして、食卓に並ぶ食事を前に、俺はお預けを食らっていた。



「食事の時間は、あなたの顔を見たくないわ」


 俺は机の下に入り込む。

 踏んでもらえるように、氷姫の足元に転がった。


「な、何やってるの? ……千年氷人形クリスタル、どうしたら良いと思うかしら?」


「踏んで差し上げては?」


 氷姫にドン引きの表情で踏みつけられ、俺は激った。


「ありがとうございまーすっ!」




 その日から、俺の分は氷姫の食べ残し。いわば、残飯だった。

 氷姫は千年氷人形クリスタルに量を多めに作らせ、わざと残飯を残し、俺を蔑むような目でお皿を地面に置くのだ。


「ありがとうございますっ!」


「お、お前、無様だとは思わないの? それは私の食べ残しよ。地面に置いたし、わし掴みだなんて汚らしいわ」


 はぁ……っ!

 ちょっと罪悪感がありながらも、その蔑むような目がいいっ。


「姫様、今更ですが、彼の名前はご存知ですか?」


「知らないわ。必要?」


 確かに、お前とか貴様とか呼ばれるのもいいけど、まだ自己紹介していなかったな。

 名前を知っているのに、お前とか呼ばれたい。


「もう6日目ですし、そろそろ名前で呼んで差し上げては?」


「…………」


「俺はジークと申します」


「この国の第一皇子であらせられます」


「えっ、王子様!? なんでっ!?」


「さあ」


 千年氷人形クリスタルは相変わらず、温度がなかった。


「ごしゅ……貴方の名前はなんですか?」


「名前…………。そんなものはない。誰も私のことは呼ばぬ。必要ない」


 そう言った氷姫は、寂しそうに見えた。

 いつもは俺が食べ終わるまでそこにいるのに、今日は俺を置いて行ってしまった。

 機嫌を害してしまっただろうか。

 でも、放置プレイも悪くない。




 今日は朝早くから魔物の討伐へ向かったらしい。

 俺は雪の降る外で、氷姫の帰りを待つ。


 名前がないと言っていた。だから、昨日からずっと考えているんだ。


 ふわりと雪とともに舞い降りてきた少女が、驚いたような表情をしている。


「貴方、外で何をしているの? バカなの? 死ぬの?」


「はぁはぁ……」


 息を荒くした俺を見て、氷姫が冷たい手を俺の首に当てた。


「ひゃっ」


「……熱い?」


 さ、寒い。けどっ、ご褒美です……っ。

 じゃなくてっ!



「あの、氷姫。俺、ずっと考えていたんだ」


「…………」


「君の名前を」


「必要ないと言ったはずよ」


 彼女は俺をキッと睨みつけ、城の方へ歩いていく。


 振り返ると、珍しく太陽が顔を出していた。

 天から光が降り注ぐと、氷は七色に輝き、まるで天国の一片が地上に現れたかのよう。

 絶対に、今がいい。


ミオ。聞いてくれ、ミオだ!」

「…………ミオ?」

「いつの日か、この雪の世界を溶かしてしまう存在。春の訪れを望む者!」


 雪のついた純白の髪が風になびく。静寂をえて噛み締めるように彼女は呟いた。


「ミオ……」

「会ったばかりの俺に名付けられるのは変な感じかもしれないけど、俺は君を名前で呼びたい!」


 澄んだ瞳から、美しい玉が落ちる。

 初めて見た氷姫の微笑は、あまりに可愛らしくて。俺は思わず――。


「可愛い……」


 ミオは何も言わずに、氷の塔へ入っていく。

 そして、氷の扉を固く閉めた。


 ちょ、俺も中に入りたいっ。

 なんとか入ることに成功した俺は、部屋に閉じこもってしまった彼女の部屋を何度もノックする。


 そんなに気に入らなかったのか……?

 時折、破壊音が聞こえて来る。




 日々のご褒美もお預けで。避けられ続け放置プレイの、数日後。

 覚悟を決めたような氷姫がやってきた。


「あのね、名前、ありがとう。……気に入ったわ」


「気に入ってもらえて良かったよ」


「私の名前は、ミオだから、そう呼んで。あなたが付けた名前、あなたくらいしか呼ぶ人はいないけど。大切にするわ」


「ミオ」


「な、何かしら……?」


 気に入らないと、何回もやり直しさせられる事を想像してニヤニヤしていたけど。素直に気に入ったと言われるのも、嬉しいものだな。

 俺は蔑まれるためにここにきたはずなのに。それ以外のことで……嬉しいと感じている。



「ジーク、来て」


 ミオに連れられて、俺は外にきた。


「本当に、ここには何もないわ。人の笑顔も、声も、温かな温度も。なにも……。……それでも、貴方はここにいてくれる?」


 白い肌が赤く色ついていた。

 澄んだ綺麗な眼差しは真剣で。

 白い息を吐く彼女は、綺麗だった。


「もちろん。ご主人様ミオのそばに、人生を賭けて一緒にいてみせる」


 踏まれたり、罵倒されたり、冷えた手で触れられたり、ほっぺたを摘んだり。精神的に、肉体的に。一体どんな事をしてくれるんだ!?


 …………あれ。……なんか今の。告白っぽくなかったか?


 俺はなぜか居た堪れなくなって、気持ち良くなりながらも話題を逸らすことにした。


「ちょっと遊ばないか」


「遊び? この私と?」


 はい、むしろ遊んでやるってことですよね。存分に遊んでください。はぁはぁ、良いっ。

 でもご主人様ミオはここに閉じこもっているからな、俺がご主人様ミオの想像を沸き立たせてみせるっ。


 そばの雪を掴むと、雪玉をご主人様ミオに投げつけた。


「雪を使った、こういう遊びです」


「雪を使った遊び」


 ご主人様ミオは、笑みを浮かべる。

 すると、魔法を使って雪玉が数十と浮かび上がる。そして、マシンガンのような威力と段数に、俺は成すすべなく吹っ飛んだ。


「だ、大丈夫!?」


「ありがとうございまーすっ!」


 さすがミオ様、俺の想像を超えてくる。




 月日が経ち。

 俺は一度国に帰る。そして、迎えに来たご主人様ミオに「遅い」と、強制的に連れ戻され。

 氷の塔に戻ってきた俺は、それなりに楽しい日々を過ごした。


 なのに。

 俺は最近物足りなさを感じている。


 可愛いよ。確かにミオが可愛いのは認める。これは誰にも否定させない。ミオは可愛い。

 でも。でもっ。


 最高にクールで冷酷なご主人様ミオ様はどこに行ったんだっ!

 もっと俺をゴミでも見るような目で見下ろして、踏んづけてくださいよっ!




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