クリスマスに告白することにしました

アールケイ

好きのままでもいいですか

「あのさ。実は俺、好きな人が居るんだよね」


 冬休みが迫る某日、大事な相談があると言い、放課後の空き教室に親友とも呼べる友人、浅原雅也あさはらまさやを呼び出した俺は、意を決したようにそう告げた。

 俺、久瑠瀬陸斗くるせりくとには好きな人が居る。それも約一年間も思い続けている意中の人だ。

 俺はその子に告白しようと思っている。


「ああ、小倉胡桃おぐらくるみね」


「そう。……んっ?」


 なんてことないように言い当て、そう告げる。それから、惚けるのとは違う、こっちを覗う視線を向けながら彼は尋ねてくる。


「どうしたよ」


「俺さ、その話したことあったか?」


「ないだろ、たぶん。初耳だ」


「じゃあ、なぜ俺の好きな人を知っている?」


 聞いたこともないことを知っている。まさに、不可思議極まりない話だ。

 なにより、もしかしたら、もしかしてしまうかもしれない。


「そりゃ、近しい人間ならみんな知ってると思うぜ。なんせ──」


 そこで彼は、一度言葉を区切ってこう続けた。


「一年の頃、相手にされなくても懲りずに話しかけ、籠絡するほどなんだから」


「なっ。別に籠絡ってほどじゃ。ただ、話せるようになったというだけで……」


「彼女が話すのはお前さんだけで、他の人とは滅多に話さないのにか?」


「ぐぅ」


 そう言われると、チャンスはあるように感じる。

 しかし、自信はない。

 このまま告白していいものか。なにせ、彼女は贔屓目なしで美少女だ。可愛いというより美しい。容姿端麗、成績優秀。

 それに比べ、俺は凡才のフツメンだ。相手にされていることすら奇跡かもしれない。

 つまりは、俺なんかが釣り合うような相手ではないように感じる。


「一つだけ、聞いていいか?」


「なんだ? 協力ならもちろんしてやるぜ。既に計画してる」


「はっ?」


「今度のクリスマス、告白するんだろ?」


「そうだが、なんで──」


「お前の顔にそう書いてある。安心しろ、場所とシチュエーションは整えてやる。日時はあとで連絡する」


 安心しろと言われても、こんなの安心なんてできない。

 それってつまり、彼女はもしかしたら気づいているかもしれないのだ。


「なぁ、俺ってそんなにわかりやすいのか?」


「そうだな、それなりに、だ。で、聞きたいことってのは、なんだ?」


小倉おぐらさんに、俺の気持ちは気づかれてると思うか?」


「俺の見立てによれば半々ってところだな。まあ、当たって砕けるしかないだろ、あんな美少女相手には」


 半々か。それはなぜなのか、彼女のことについて知ってることがあるならとか、色々聞きたいことはあったが、それらは言葉にならない。


「砕けるって。せめて、成功を祈っておいてくれよ」


「それは無理だ。嫉ましい」


「友達のくせに」


「友達だからだ」


 そんな他愛ないやり取りに、なんだか安心する。

 当たって砕ける。

 告白が成功するかはわからない。しかし、精一杯の気持ちは込めたいと思った。


「まあ、ありがとう。告白はしようと思う」


「頑張れよ」


 二人して教室をあとにする。

 学校を出る頃にはもう真っ暗で、早々に帰路についた。

 途中、コンビニで雅也まさやにモンブランを奢らされた。


 ◇◇◇


 クリスマス当日。

 俺は雅也まさやの友人、つまりは他人とも呼べる他人ひと様のお家にお邪魔していた。

 その他人はどうやらお金持ちらしく、豪勢な家なだけあり、俺は困惑とともに大きなふかふかなソファーの上で縮こまっている。

 なぜその家に俺がいるのかといえば、雅也まさやがその他人に俺のことを話したからだ。どうやら、話を聞いて俺に協力してくれることになり、クリスマスパーティーが催されることになったとのこと。

 今は、俺と雅也まさやとその他人、女の子二人がいる。小倉おぐらさんの姿はまだ見えない。

 一応予定によると、男女比1対1の計八人が参加するとのこと。告白のタイミングでは、小倉おぐらさんと二人きりになれるようにみんな調整してくれるらしい。


「緊張は、してるか」


 震える俺の手を取り、そう声をかけてくれたのは雅也まさやだった。

 そんな彼相手だったからか、言葉が自然と出ていた。


「俺なんかが釣り合うわけない。今もそう思ってる」


「そうだろな。特別なことをしたとは思えない」


「なっ」


「事実だろ? 囚われのお姫様を助けたわけじゃない。相手が認知してくれてるだけ、そう思ってるんじゃないのか」


 ああ。

 俺は良い友人を持ったなと思う。こうも俺の気持ちをスパッと言われてしまっては、否定のしようがない。


「その通りだ。ぐうの音も出ない」


「けどな、小倉おぐらさんがお前以外の誰かと話してる姿なんて、俺は見たことない」


「そんなこと──」


 あるわけないと否定するのは簡単だった。

 けど、その言葉には妙な信憑性がある。

 ファーストコンタクトは、授業中に俺が消しゴムを拾ってもらったことだった。

 今思えば、一目惚れしたのもこのときだったように思う。

 そのとき、彼女は一言もしゃべらず、仕草だけで俺に確認を取り、消しゴムを拾ってくれた。なにより、彼女は最後にニコッと微笑んだ。

 あのときの彼女の、小倉おぐらさんの笑顔があまりにも可愛い過ぎたから、その笑顔に心を打ち抜かれたから。

 その日以降、俺は彼女のことを気にして、基本的に一人でいることに気づいた。孤立している彼女に近づき、打算的に話しかけるようになった。もしかしたら彼女が振り向いてくれるかもと思って。

 一向に無視されても、休み時間の度に話しかけ、次第に自分の恋心にも気づいた。そんなことを続けて約半年、俺は初めて彼女の声を聞くことになる。

 鈴の音のような美声、それは蠱惑こわく的でもあった。

 話の脈絡、内容、そういったことは覚えてない。

 ただ、


小倉胡桃おぐらくるみ、です」


 と言ったことだけは覚えている。


 気づいたときには、さっきまでの震えは止まっていた。

 どれほどの時間が経ったのかはわからない。しかし、小倉おぐらさんはもう来ていた。

 隣には相変わらず雅也まさやがいる。


「もう大丈夫そうだな。それならここから先はオマケだ」


 なんだ? と思いながら口を閉ざし、彼の言葉を待つ。


「お前と話してるときの小倉おぐらさんが一番楽しそうにしてる。少なくとも、お前らはではあるだろうよ」


 友人。

 その言葉は妙にはまっていると思った。

 俺と小倉おぐらさんが友人。それだけでも、きっと烏滸おこがましいことだろう。

 それでも、俺は彼女を好きで、友人以上の関係になることを望んでいる。

 あとは、突撃あるのみだ。


 ◆◆◆


 クリスマスパーティーは時間通り始まり、予定通りの男女比で、俺は終始、小倉おぐらさんと話していた。

 学校でのこと、冬休みのこと、今日のこと。

 そんな他愛ないやり取りが楽しく、彼女とこうして話をしているだけで幸せだった。だから、こんな関係のままでいいとさえ思えてしまう。

 けど、だからこそ、このままじゃダメだ。

 俺は彼女のことが、小倉おぐらさんのこと好きなのだ。

 気づいたときには、俺と小倉おぐらさんの二人きりになっていた。

 そのときが来たのだと実感する。


「ねぇ、小倉おぐらさん」


「はい」


 俺の改まった雰囲気に当てられてか、彼女もまた、少し強張った様子で返事をする。

 俺は一度大きく空気を吸い、吐く。そんな深呼吸を繰り返したのち、乾燥した喉を潤すように唾を飲み込む。

 そして、一息でこう言った。


「俺は、俺はあなたのことが好きです」


 沈黙が場を支配する。

 小倉おぐらさんの顔は直視できない。心臓の鼓動は早鐘のように高鳴る。

 瞬間の恐怖、重い空気。

 なにかもが滅茶苦茶で、グチャグチャだった。

 それでも、俺にできるのは、彼女の次の言葉をただ待つだけ。


「私のどこが、好きなの?」


「笑顔」


 俺は即答した。

 きっと俺の心はあの日の笑顔に打ち抜かれたから。

 だから、俺は彼女の次の言葉に絶句した。


「でも、ごめんなさい。、私はあなたの気持ちに応えられない」


「そ、っか。そうだよね」


 嫌なことを言いそうになる自分をどうにか抑える。

 どうしようもない絶望。単なる絶望。

 いわゆる、玉砕。


「これまで通り、友達として、よろしくね」


 柔らかな声が耳朶じだを打つ。

 美しい。

 そんなことを思いながら、自分の恋が叶わなかったと実感する。


「遠いなぁ」


 それは思いがけず漏れたものだった。

 なにを思って出たものなのなのか、俺にもわからない。

 ただ、このあとの俺は茫然自失で過ごしていた。


 ◇◇◇


「好きだよ」


 なんてことないように発している俺も少しは照れくさく、小倉おぐらさんは困ったように顔を紅く染める。


「まだ、応えられない、です」


「なんで、敬語?」


「そっちこそ、なんで毎日告白してくるの」


「好きだから」


「い、一日に二度は卑怯だよ!」


 あの日から俺は、新年までどうしていいかわからなくて、家に籠もっていた。

 雅也まさやも俺がフラれたのは知っていたので、そっとしておいてくれた。

 けど、新年とともにその雅也まさやに連れ出され、俺は立ち直った。そのときの強い叱咤激励の言葉は忘れることはないだろう。

 そして、やっぱり諦められなかった俺は、冬休み明け初日に、再度告白した。

 もちろんフラれたわけだが、それから毎日、昼休みの時間に告白している。


「もう、なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪いよ」


「照れてる顔がかわいくてさ」


「照れてません」


 俺が小倉おぐらさんと付き合える日が来るのかはわからない。

 けど、今はそれでも幸せだった。

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