第2話 月島祐介 島へ2

月島祐介 島へ2


「はあ……ちょっと休憩。ずいぶん昇ってきたなあ」


振り返ると桟橋が結構下に見える。普通漁師町といえば海のすぐそばに家が建っていたりすることが多いのに、この島は未だそう言った形跡は見当たらない。


「昔の猟師さん達は毎日ここを上り下りしてたのかぁ。大変だっただろうな……」


荷物を担いで登ってきただけに大変さを実感して、変に感心してしまった。


「とりあえず……どっちに行ってみるかな」


道はここから二手に分かれているようだ。わずかに昇りながら右に伸びる道と、逆に下りながら左に行く道と。どちらのほうも見える範囲に気になる物は見当たらない。道の両端には草が生い茂っていて見通しが悪く、道も轍のようなものもないので車で移動することもなかったのかもしれない。


「……こっちにしよう」


選んだのは左に伸びる道だった。決して登坂にうんざりしてたわけじゃない。荷物を担いで道を昇るのはきついとか考えていないぞ。


誰もいないのによくわからない言い訳を自分にしながらなだらかな下り坂を下りてゆく。そろそろ映像素材も欲しくなって荷物からスマホ用のジンバルを取り出して装着して録画ボタンを押して行く先に向けた時だった。


「ん?誰かいたか?」


視線を動かした瞬間、チラリと動く物を捉えた。ほんとに一瞬だったので、はっきりとは見えていないが人のようにも見えた。

残念ながら動画には映っていなかったが、こんな所に人っぽい動くものがあるとは考えにくい。


「まあ、人がいる事のほうがもっと考えにくいか……」


そう考え、気を取り直して歩き出した。


「ここらへんだったと思うけど……」


その何かが見えたらしき所を見てみても、茂みに覆われて特に何も見当たらない。


「気のせいか……」


そう考えながらも、もしかしたら何かを動画に捕らえる事ができるかもしれない。僕は期待に胸を膨らませながら意気揚々と歩くのだった。


「うわあ……」


そのまましばらく歩くと、かつて集落であった所へとたどり着いた。道が下っているので、先まで見通せる。

道がまっすぐに伸びていて、その両脇に小ぶりの家が立ち並んでいるのが見える。廃墟になっているか、崩壊していると思っていたが、意外にしっかりと建っている。


その光景は昭和をイメージしたテーマパークで見た事がある。そんな雰囲気だ。どれも木造で小ぶりの家が並んでいて、電気も通ってはいたのか木製の電信柱が等間隔に立っている。

思っていたよりしっかりとした集落が残っていたので、驚きながらもしっかりと撮影しておく。ここまでの時代を感じさせられる風景はなかなか見る事ができないだろう。


そう思って右から左へゆっくりとなめるようにスマホを動かしている時だった。

またしても見えたのは一瞬だ。少し先に人を見た気がした。

立ち止まってしばし考える。ここは、無人島のはずだ。鎮太郎さんもそう言っていたし、人の住む島なら地図に載っていないなんて事もないだろうし……


とりあえず人影が見えたとおぼしき場所まで近づいてみる。道を下っていくとまず交番がある。見える限り唯一のコンクリート製の建物だ。それを過ぎると古い造りの家が並んでいる。時折二階建ての比較的今風の家もあるにはあるが数は少ない。

やがて人影が見えたと思った場所付近にきた。遠目ではまったく分からなかったが、ここは道が交わっていた。といっても人が歩きでしか通れなさそうな細い道だが。向かって右の道は上り坂になっていて、森を突っ切るように伸びている。左は家と家の間を通っていて、裏手のたぶん崖に向かっている。


「この先はどこに出るんだろう。崖っぽいし道を踏み外さないようにしないと……」


こんな所で崖から落ちでもしたら、死ななくても動けなくなるような怪我でもしてしまったら、助けなんて期待できないだろうし……

そう考えながら細い道に入る。両脇にある家は向かい合うように庭になっていて、きっと洗濯物を干すときとかお隣さんと会話しながらやってたんだろうなと思わせるものだった。

庭に少しお邪魔して家の中を見てみると、思ったよりも荒れていないし物も残っている。人が出て行ってそのままゆっくりと朽ちていっているんだろう。

時間に取り残されたような光景はなんだか物悲しく思う。


気を取り直し、家と家の間を抜けると急に視界が開ける。


「うわ~……」


思わず言葉がなくなるほどの光景だった。やはりこの先は来るときに見えた断崖絶壁らしく、見渡す限りの大海原が見える。何も視界を遮るものもなく、空と水平線がつながっている。今が曇りで天気がパッとしないのが悔やまれる。

それを差し引いてもこれだけの開けた、何も視界を妨げるものの無い光景は普通に暮らしてたらまず見る事はないだろう。……外国や北海道、沖縄は知らんけど。


景色に感動して、持っていたカメラを起動することさえ忘れ、見渡しているとある場所に視点がくぎ付けになる。崖に沿っていくと少し出っ張った所があるんだけど、そのとっさきにいた。さっき俺が見かけた人が……



若い女の子だった。長い黒髪を腰辺りまで伸ばし、簡素な洋服を着て海を見ている。海風にたなびく髪を手で押さえている仕草が、まるで絵画の様で僕は思わず、それに見とれてしまった。


「やっぱり無人島なんかじゃないんじゃないか。」


そう独り言をこぼす。あんなか弱そうな女の子が無人島に一人でいる訳ないし、たまたま家族や友人と来ていたとしても一人でこんなとこには来ないと思う。


きっと鎮太郎さんに担がれたんだ。だから謝礼を受け取ろうとしなかったんだろう。そう言えば何か目的があるなんて事も言っていた。もし、これが鎮太郎さんや目の前の女の子が仕組んだ壮大なドッキリだったら……

きっと怒りも浮かんでこないだろう。


色々考えながらも、どれくらい見ていただろう……もう帰るのか、女の子が振り返った時に俺の存在に気づいた。ビクッとして立ち止まっている姿を見ると逆に脅かしてしまって悪い事をした気になる。きっと誰もいないと思っていたんだろう。

とりあえず何か声をかけないと……



「~~~~」


女の子が何かを言っているが、海からの風が強く聞こえない。


「ごめん、聞こえない。なんだって?」


俺も叫び返したが、届いた様子はない。そこでもう少し近づこうとして、確認するために自分の足元に視線を落とした時、激しい違和感が襲ってきた。


……僕の足の少し後ろにもう一組の足がある。古ぼけて、ところどころ穴が開いている長靴の様な物を履いているそれがまともな者とは思えずに俺の体は硬直した。


「~~~~」


また女の子が何か叫んでいるようだが、俺はそれを見る事ができなかった。なぜなら後頭部に激しい痛みを感じたかと思うと、地面が近づいてきた。あっさりと意識を手放した僕はぼんやりとした視界に女の子が駆け寄ってきてるのを見た気がした。


……ああ、あの女の子。逃げてればいいけど……

そして僕の意識は暗転した。

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有人島〜シビト達の子守唄〜 @karakoba0110

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