《第一章》 再会。だけどあくまでも上司と部下です!④

「はい。これが今月の分です」

 ウェンディはそう言ってオルダンにげんかんふうとうわたした。

 家に上げてお茶でも、というような関係ではない。

 オルダンは封筒の中身、現金の枚数をかくにんしてこう言う。

「確かに。……おや? なんだかせましたね。やはりあの話を受けた方がいいんじゃないですか? 女手ひとつで子どもを育てながら、毎月べんしよう代金をはらっていくのは大変でしょう。ヤッコム様は貴女あなたが自分の元に来るなら、むすめさんがこわした美術品の弁償を帳消しにするとおつしやっているのですよ」

 オルダンのその言葉を聞き、ウェンディは半目になって答えた。

「何度同じことを言わせるんですか? 私は愛人になる気なんてサラサラありません」

「何度も同じことを言わされてるんですよ私も。ヤッコム様はしつこいですよ。あきらめてぜいたくざんまいの生活をするのもアリだと思いますがね」

「あいにく贅沢な暮らしをしたことがないので興味がないんです。娘がしてしまった事は謝罪した上で、こうやって毎月返済しているじゃないですか。これ以上要求するなら、また役所にうつたえますよ」

「……いつかつ返済は無理であるから毎月返済するという事は役所が認めたことですからね。では今月もそうヤッコム様にお伝えしておきます」

「ええそうしてください」

「ではまた来月」と言ってオルダンは去って行った。

 彼はウェンディがかつて住んでいた地方都市の大商人ベケスド・ヤッコムの第一秘書だ。

 四ヶ月前、ヤッコムはぜん活動のいつかんとして食事会を設け、託児所の子どもたちを招待した。

 その時シュシュがヤッコムていかざってあった美術品のつぼを壊してしまったらしいのだ。

 当時二歳前であったシュシュが重そうな壺を落として割れるものかといぶかしんだが、長く託児所に勤める職員とヤッコム家のメイドに、シュシュが壺を置いてあった台にぶつかったのが原因だと証言されると何も言えなかった。

 子どもを招待するならそんな高級品は片付けておくのが常識なのでは?

 とは言わせて頂いたが、娘が壊したのであれば責任を取るのが親の務めだ。

 弁償する事になったのは仕方ないにせよ、しかしその金額にウェンディは目をいた。

 ウェンディの年収の三倍はするというものだったのだ。

 とても払える額ではない……。

 あおめるウェンディに、その時ヤッコムは言った。

『ひと目見た時から貴女が欲しくなりました。どうです? 私のものになるのなら壺は弁償して貰わなくても結構ですよ?』

『……ヤッコム氏は確かこん者と認識しておりますが……』

 ウェンディがまゆを寄せてそう返すと、ヤッコムはみをかべてウェンディの手をにぎってきた。

『ええ。残念ながら妻の座を差し上げるわけにはいきませんが、ちやくなんは別としてそれに次ぐ席をご用意出来ます。贅の限りをくした生活をさせてあげましょう。もちろん、貴女の小さなレディも一緒にね』

(キモっ!!)

 えんな言い回しをしているが、要するに愛人ということではないか。

『お断りします』

 握られた手を払いけウェンディがそう告げると、ヤッコムはどういてもだと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 そしてウェンディにこう言った。

『じゃあ今すぐ全額耳をそろえて返してもらいましょう』

『っく……! 少し考える時間をくださいっ』

 そう言ってその場はなんとか切りけたウェンディは、その足で当時勤めていた役所の女性上司に相談したのだ。

 当時は民事法務課のゆうひつをしていたことが幸いし、上司の適切なアドバイスのもとにヤッコムを公的な話し合いの場に引っ張り出すことができた。

 そして幼い子どもを招くという立場であったならば、一歩ちがえれば子どもがおおをしたかもしれないようなかんきように、はいりよをするべきであったとヤッコム側の有責問題も取り上げ、ばいしよう金額は半額にした上で月々分割で支払うという約束を勝ち取ったのであった。

 その時のその上司が、ヤッコムの息のかる者が多いこの街を出た方が良いと王宮の祐筆の働き口をしようかいしてくれたのだ。

 今でもその上司に足を向けてられないと、ウェンディは深く感謝している。

 これが今、家計がひつぱくしている原因である。

 代金を半額にし分割にしてもらえたといえど、それでも相当な支払い額となる。

 加えて今後のために少しでも貯金はしたい。

 だからウェンディは節約のおにと化している。

 食器の洗いものをする時は洗った食器はタライに入れ、水道から細く出した流水でタライの中の食器もある程度せんざいを落としてから流水で仕上げるし、そのタライの水はそうに使う。

 外での仕事以外に家でもそうやってやる事がたくさんだが、娘とのおだやかな暮らしが守れるならいくらでもがんれる。

 今夜もシュシュを寝かしつけた後、のお湯でせんたくをするウェンディ。

「♪今日も返済~、明日も返済~、明後日あさつても返済ぃ~♪」

 歌を歌いながら洗濯板でシュシュの可愛かわいいパンツを今日も洗う。

 明日は天気が良いそうだから、きっと洗濯物がカラッとかわくだろう。



「まま、くましゃんおみみ」

 朝食のトマトオムレツを食べながらシュシュが今日のヘアスタイルの希望をウェンディに言う。

「クマさんのお耳ヘアね、かしこまり~」

 ウェンディは注文を受けて娘の希望のかみがたった。

 クマさんのお耳ヘアとは、高めのツインテールを三つ編みにしてからお団子にしたものである。

 その形がクマの耳に似ている事からこの名がついた。

 娘のシュシュのお気に入りの髪型のひとつである。

「さ、できた」

 ウェンディが言うと、シュシュはり返る。

「すす、かわい?」

「可愛いよっ! もう食べちゃいたいくらいに可愛いっ!! 可愛い可愛いママの子グマさん♡」

 ウェンディは後ろからシュシュをきしめた。

 可愛くてたまらない大切な娘。

 いとしい愛しいウェンディの宝ものだ。

 そう。ウェンディだけの……。

 シュシュの父親にも、きっとこんな存在がいるのだろう。

 こうやって抱きしめて、そのぬくもりに愛しさを感じているのだろう。

 だけどその子とは別に、過去のこいびとが知らない所でいつの間にか自分の子を産んでいた。彼はそれを知ったらどう思うのか。

 おこるのだろうか。あきれるのだろうか。

 貴族の血を引く者を平民として育てていることをなげくのだろうか。

 いずれにせよ絶対にシュシュの存在を知られてはいけない、ウェンディはそう思った。

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政略結婚したはずの元恋人(現上司)に復縁を迫られています キムラましゅろう/角川ビーンズ文庫 @beans

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