《第一章》 再会。だけどあくまでも上司と部下です!③

    ***


 ウェンディが配属された公文書作成課とはその名の通り、国が発布する書状やおおやけの書類等を作成する部署だ。

 発令書などの文言を取りまとめ、草案を作り国王や議会に提出する役目もになう。

 ウェンディはゆうひつとして、様々な言語や書体を書き起こしたり清書をする仕事をしている。

 アンシャル体、インシュラー・ミナスキュール体、どんな書体もお任せあれで中々得難い祐筆ではないかと自負しているのだ。

 ずかしいので口がけても言わないけど。

(それにしても……)

 ウェンディはほかの文官と仕事の内容を話しているデニス・ベイカーをちらりとぬすみ見た。

 王宮に勤め出して早二週間、初日のアレ(オフィスでのかべドン事件)以来何事も起きてはいない。

 向こうから何か言って来る事もないし、当然ウェンディから話しける事もしない。

 時々デニスの視線を感じるが、きっとウェンディが何か変な事を言い出さないかかんしているのだろう。

(当然か。元カノが同じ職場で働き出したなんて、絶対に奥様に知られたくないわよね)

 ウェンディだってそんな波風は立てたくない。

 でもどうしてもウェンディの心の中は、どんぶらこと乱れ波打つ水面みなもとなってしまうのだ。

 彼のパリッとノリの効いたシャツやピカピカのかわぐつが目に付く度に、もしかしたらそれらは自分が彼のためにしてあげた事かもしれないなんて考えてしまう。

 そしてかつて自分にれたあの大きな手で、今はどんな風に奥さんに触れているのだろうと考えてしまう……。

 その度に可愛いシュシュのがおや仕草を思いかべて、心に去来したモヤモヤをけんめいに追い出すのだった。

 今日は地方の役所に出す書状の清書をして、午前中の業務を終えた。

 ランチタイムはほとんどの職員が王宮の食堂に行ったり外食をしたりするが、ウェンディは節約の為に当然お弁当を持参している。

 今日のランチは、今朝作ったブロッコリーと茹で玉子のサラダをパンにはさんだサンドイッチだ。

 なんというかそのサンドイッチのみだ。

 じやつかん……いやかなり物足りない量ではあるがダイエットにもなるし、お腹がいっぱいになり過ぎると午後から眠たくなってしまうから丁度いいのだ。

 いつもそう自分に言い聞かせている。

「でも王宮はお茶やコーヒーが飲み放題なのがお得よね~♪」

 と、一人残った室内で言いながら自分の為にお茶をれた。

 そして「いただきます」とウェンディがサンドイッチを食べようと口を開けたその時、個人オフィスのとびらが開いた。

「「あ」」

 思わずそう言った声が重なる。

 オフィスから出て来たのはデニスだったからだ。

(大口開けてるところ見られちゃった)

 ウェンディは気まずい思いをするも、それを気にしないようにして食事を再開した。

 みんなから少しおくれてデニスも昼食に向かうのだろう、彼は部屋の出入り口の方へと歩いて行く。

 その時ふいに声をかけられた。

「……食事は……それだけか?」

「え?」

 ウェンディが手にしているサンドイッチの他、ランチボックスが空なのを見られたようだ。

 食費を節約してるからこれだけだなんて言いたくないので、ウェンディはたんてきに答える。

「ええ。満腹になると午後から筆がにぶるので」

「そうか」

 何が知りたかったのだろう。

 デニスはそれだけ言うと部屋を出て行った。

「なんなの?」

 ウェンディは首をかしげながらまたサンドイッチをほおった。

 その後は満腹感を得る為にお茶を二はい、飲んでおいた。

 が、やはり夕方ごろになると小腹がいてくる。

 コーヒーでも飲んでやり過ごそうかと思った時、同じ部署の文官が皆に聞こえるように告げた。

「ベイカーきようがおの差し入れをして下さってますよ~。個別包装されてる焼き菓子なので、各自取りに来てくださ~い」

 それを聞き、仕事仲間の文官たちがデニスが差し入れに買って来たというお菓子が入った箱に群がった。

 頭を使う仕事なので、皆甘いものをほつするようだ。

 ハングリーなウェンディも有りがたくそのお菓子をちようだいする事にした。

 一人ふたつももらえるとの事で、ウェンディはフィナンシェとガレットを手にする。

美味おいしい!!)

 口にしたガレットのバターのかおりとほどよい甘さがぞうろつわたる。

 でもフィナンシェはシュシュへのお土産みやげにしようと思い、バッグに入れた。

 それにしてもお菓子の差し入れなんてデニスも気がくものだ。

 そうやって昔から、担当部署の人間関係がスムーズにいくように気を配っていたっけ。

 そんな事を思いながら終業時間まで残り一時間半、ガレットのおかげでがんれた。

 十七時が文官たちの終業時間だ。

 残業する文官もいるが、ウェンディはたくしよのおむかえがあるので残業は絶対にしない。

「おつかれ様でした」

 そう言ってウェンディは公文書作成課の部屋を後にした。

 そしていつものようにシュシュを迎えに行き、市場へ寄って歌を歌いながら家路にく。

 その時、大きな通りを挟んだ向こう側に見知った顔を見つけた。

 デニス・ベイカーが品の良い女性と並んで歩いていたのだ。

「……!」

 ウェンディは思わず通りの街路樹のかげかくれた。

 自分の存在を知られるわけにはいかない。

 デニスに寄りうようにとして歩く女性……。

「…………きっとあの方が奥さまだわ……」

 三年前に自分と別れて選んだけつこん相手。

 デニスに美しい微笑ほほえみを向けるその女性を、ウェンディは見つめた。

 手入れの行き届いた長くしなやかなブロンド。

 流行のさいせんたんであるミモレたけのツーピースドレスを着こなす洗練された女性だ。

 一方の自分は……。

 そりゃこんなくたびれた女が元カノとして職場にやって来たら、デニスにとっては過去の黒歴史が服を着て現れたような、めいわくきわまりない存在でしかないだろう。

 彼の幸せな家庭の事を考えるなら、自分は仕事をめた方がいいのはわかっている。わかってはいるが……。

「でも悪いわね、私も生活がかかっているの。絶対に近づかないし、迷惑をかけるつもりもないからまんしてね」

 ウェンディはデニスの横顔を見ながらそうひとりちた。

「それにしてもデニスってば。せっかく奥さまといつしよに歩いているんだから少しは笑いなさいよ」

 と、これもまた無表情で歩くデニスへと向け、ウェンディはそうつぶやいていた。

 デニスが妻と歩いている姿をの当たりにして、不覚にも気持ちがしずんでしまう。

 もう過去の男のことなんかで気持ちを乱されたくはないのに。

 そうやってモヤモヤとうつうつとシュシュをっこして歩いていたウェンディが、アパートの前に立つ人物を目にして思わず顔をしかめる。

 相手もウェンディに気付き、表情筋をいつさい動かさずにこう告げた。

を取りに来ました。用意出来ていますか?」

「オルダンさん……」

 ウェンディがオルダンと呼んだこのヒョロッとした神経質そうな中年の男性。

 彼は地方で暮らしていた時から毎月決められた日に、支払いを取りに来る役目をになう者だった。

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