《第一章》 再会。だけどあくまでも上司と部下です!①

「今日からゆうひつとして配属される事になったウェンディ・オウル君だ。オウル君、こちらが君の直接的な上司となるデニス・ベイカーきようだ。卿は子爵位を有する方だから、そこのところをわきまえて接するように」

 人事を担当する上司がウェンディにそう言った。

 ウェンディ・オウルはその日、やる気に満ち満ちて初出仕となった王宮の公文書作成課で、かつての恋人であるデニス・ベイカーと再会した。いや、してしまったのだ。

 人事の文官はトラブルを未然に防ぐ目的かしようかい時にデニス・ベイカーの身分を告げた。

 ウェンディはおどろきすぎて心臓が口から飛び出しそうになったが、決してそれを気取られぬように平静をよそおった。

 だって、向こうはまったく表情を変えずにこちらを見ているのだから。

 まるで知らない他人のように。

(……他人か。そうだ、もう私たちは他人なんだから)

「承知しました。ベイカー卿、今日からよろしくお願いします」

 ウェンディはたんたんとした口調でそう言い、深々と頭を下げる。

「……よろしく」

 デニスはたんてきにそう告げただけで、近くにいたほかの文官を呼び寄せた。

 三年ぶりとなるかつての恋人は、当然ながら三年前よりもさらに大人びてせいかんな顔つきになっていた。

 相変わらずくそムカつくほど整った顔。ただ少しやつれているようにも見受けられる。

(苦労してるの? ちゃんと食べてる?)

 そんな考えがいつしゆんのうを横断して行ったがぐにそれを追い出してウェンディは無感情、無関心であるように努めた。

 デニスは呼び寄せた文官にウェンディに細かな仕事内容等を教えるむねを指示し、そして何も言わずに自分のオフィスへと入って行った。

 ウェンディも何食わぬ顔をして様々な説明を受け、実際に仕事をして早く慣れるようにと、簡単な公文書の清書書きを担当してその日の業務を終えた。

(何事も起きなくて良かった)

 それはそうだろう。向こうにとっては何事か起きたら困るに決まっているのだから、このまま素知らぬふりをして仕事をしてゆけばいい。

 たがいにもうそれぞれ、大切な家族がいるのだから。

 そう思ったウェンディが帰宅するために部屋を出ようとしたその瞬間、ガチャリととつぜん開いたとびらからびてきた手にうでつかまれ、そのまま部屋の中へと引き込まれた。

「……!?」

 さけばずにまんしたのは、その部屋がデニス・ベイカーの個人オフィスだと知っていたから。

 大声を出してさわぎになってはいけないと思えるくらいに冷静でいられたのは腕を引く力が思いの外やさしかったからだ。

 そしてかべと彼の腕の中にらえられる形になる。

 ウェンディは激しいどうしずめる為に努めて冷静に相手に告げる。

「……突然こんな……何かご用でしょうか? ベイカー卿」

 彼に聞かせた事のないこうしつなウェンディのその声に、デニスはけんに深いしわを刻んでこう言った。

「ここに……来たのはぐうぜんか? ……ウェンディ」

 互いに無関係を装っていくのかと思いきや、デニスの不可解な言動にウェンディはまゆを寄せて彼に言う。

「これは一体何の真似まねですか? ベイカー卿」

「質問に答えて欲しい、ここで勤め出したのは偶然なのか?」

 ウェンディの心の奥底までのぞき込もうとするようなしんけんまなしを向けられる。

(この人は、私が未練がましく近付いて来て、今の生活をおびやかされるのをおそれているのだろうか……?)

 そんな事する訳がないのに。

 別れた男の家庭をつぶしたって、なんの得にもならない。

 つきん、と痛む心をかくしてウェンディはつぶやくように言った。

「……痛いです」

「あ、ごめん」

 デニスは掴んでいたウェンディの手首をあわててはなした。

 ホントに痛いのは心だけど。

 今後いつさいこの件についてこんを残したくないウェンディは、えてキッパリばっさり切り捨てるように告げた。

「もちろん偶然です。もう二度と会いたくもないと思っていたのに。そんな風に思われるのは心外です」

「偶然……もう二度と……心外……そうか……」

 心なしか力なく感じるデニスの声を無視してウェンディは更に言葉を重ねる。

「安心してください、貴方との事はもうすでに過去です。貴方と同じように、私には私の大切な生活があります。その為にお給金の良いこちらで働く事になっただけですから……貴方あなたこそなぜ王宮ここに? お父様のあといでご領地を治めておられるはずでは?」

「大切な生活……」

「ご理解頂けましたか? ではもう退いてください。こんな姿をだれかに見られたら、困るのは貴方の方ですよ」

「いや、俺は……」

 何かを言いよどむデニスの一瞬のすきをついて、ウェンディはこうそくのがれて部屋のドアに手をけた。

 そしてり向きざまにこう告げる。

「それでは急ぎますのでこれで失礼します。今後もうこんな不適切なきよになるのはやめてくださいね」

「……」

 何も言わないデニスを残し、ウェンディは彼のオフィスを出た。

 拘束からすんなりと逃れられて良かった。

 彼が何を考えているのかはわからないが、もしまだ逃す気がなかったのならデニスには勝てない。

 デニスは文官にしておくのはしいほどのしんたい能力の持ち主なのだ。

 昔はわんぱくなデニスだったとよく話してくれた。

 部屋に引き込まれた時からなかなか鎮まらない速い鼓動を無視して、ウェンディは何かを振り切るように足早に歩いた。

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2024年12月29日 00:00
2024年12月30日 00:00
2024年12月31日 00:00

政略結婚したはずの元恋人(現上司)に復縁を迫られています キムラましゅろう/角川ビーンズ文庫 @beans

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