《プロローグ》 なんでどうしてこうなった?

「……キミの幸せを、心からいのっているよ」

「ありがとう。……貴方あなたも幸せになってね」


 本当は別れたくなんてなかった。

 別れの理由をなつとくなんてしていなかった。

 職場のせんぱいとして出会った彼、デニス・ベイカー。

 私は平民でデニスはしやく家の令息(次男)ということもあり、価値観のそうからよく意見がしようとつした。

 だけどそのたびに言葉をくして解決しようとする姿勢や、少しでも私を理解して歩み寄ろうとする姿にいつの間にかほだされて、いつの間にかれんじよういだくようになっていた。

 そして、いつの間にかデニスとこいびと同士になっていた。

 私は彼が大好きで、大好きで大好きでたまらなかったのに。

 だけど彼の心は私ほどの熱量を抱いていなかった。

 ベイカー子爵家のちやくなんであるデニスのお兄さんがきゆうせいして彼が子爵家をがなくてはならなくなった時、私ではなくお兄さんのこんやく者であった貴族女性との結婚を決めたのだから。

 初めに別れを告げられた時、私はどうしても別れたくなくて泣いてすがった。

 何度も何度も二人で生きていく道を探そうと願ったけれど、彼の出した答えは変わらなかった。

 ただ「ごめん」と、「キミを巻き込みたくはない」と、それを告げるだけだった。

 あぁ……もう彼の人生の中に、私という存在はらないのだなとその時初めてわかった。

 私がどれだけ望もうと、デニスはもう〝別れる〟という答えを出してしまっているのだ。

 それならもう、本当にどうしようもないじゃない。

 別れを、受け入れるしかないじゃない。

 別れは受け入れるけど、彼のせんたくを理解して受け止めようとまでは思えなかった。

 だって私は貴族じゃないもの。

 貴族じゃないから家門の存続とかこうけいや嫡男がどうのとかさっぱりわからないもの。

 ただわかったのは、彼が私ではなく〝家〟を選んだという事。

 私への愛ではなく、ベイカー子爵家というアイデンティティを選んだという事実。

 それでもまだ救いなのは、彼が〝家族〟のためにその選択をしたという事だ。

 まぁある意味仕方ないといえば仕方ない。

 家族や家を捨てて私を選んで、なんて言えるほど大した女でもないのだから。

 大好きだったけど、本当に愛していたけどごえんがなかったと思うしかない。


 そうして私たちは別れ、彼と私は無関係な人間となった。

 無関係だから、別れる前に私がにん薬とサプリをちがえて服用して、それによりジャストミートににんしんしてしまった事も、そしてその子どもを一人で産んだことも伝える必要はない。

 その子が女の子で、シュシュと名付けて大切に育てていることも伝える必要はない。

 シュシュは私だけの可愛かわいくていとしい宝もの。

 その存在を、デニスは今後も知らずに生きていくのだ。

 だってもう会う事はないんだから。私たちの人生が交差する事はないんだから。


 と、思っていたのに……。


 なんでどうしてこうなった?

 新しく勤める事になった職場の上司がどうして彼なのっ?

 なんで? 領地にもどっての領地経営はどーしたの?

 なんで王都で文官として働いているの?

 もうワケがわからないんですけど!?

 むすめの存在が知られたら困るんですけど!?

 いやでもきっとだいじよう。新しい職場でたまたま知り合いが居たというくらいの感覚でいればいい、それだけの事よ。

 私たちはもはや他人。気にすることはない。

 せっかく手に入れた王宮文官という職を手放すわけにはいかないのだから。

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