氷の魔女
赤城ハル
ソラリス
雪が積もっていた。
馬鹿みたいに。
建物や地面は白い埃が溜まったように埋もれていた。
雪を踏むたびにシャカシャカと音が鳴る。
吐く息は湯気のように白く、昇ってはすぐに霧散する。
そして耳が痛い。ジワジワとした痛みがウザい。
私は雪を踏み、町の墓場に向かう。
そこには女が1人、墓を椅子代わりにしていた。
「どう? 初めて感じた雪は?」
ソラリスは面白そうに私へ尋ねてくる。
「寒いわ」
私は雪への感想ではなく、気温の感想を返す。
「私も」
ソラリスは楽しそうに笑った。
「何をしたの?」
私は問う。
ここで問えるのは私しかないないから。
皆、死んだから。
カチカチ冷たくなって死んだ。
人間だけではない。家畜も皆。
「気温を下げたの」
ソラリスは簡単に言う。
「氷魔法で?」
「ええ。氷魔法」
「嘘よ。氷魔法は水を──」
「氷にしか出来ないはず。そう言いたいのね」
言葉を奪われ、私は口を閉ざす。
「あなた達には氷魔法は最弱の属性魔法と認識しているけど、本質はすごいものなのよ」
「本質?」
「わかりやすく説明すると氷魔法は水を氷にするんでなくて、原子の動きを止めるの」
「ゲンシ?」
意味不明な単語が出てきた時点でわかりやすくない。
「私も化学は苦手だったから、詳しくは説明できないけど、原子とは要は小さいもので、その動きを止めると冷たくなるってこと」
「わからないけど、これはあなたがやったことなのよね?」
「ええ」
昔からどこかおかしい奴と思ってたけど、ここまでとは。
「あなたが座っているその墓、ウォーダイン家の墓よ」
「知ってる」
ウォーダイン家、この町の名家。息子は私達と同い年の男子。いつも取り巻きを連れて、どこか他人を見下しているようないけすかない奴だった。
そういえばソラリスも嫌っていたはず。水を氷にしかできない最底辺とか言われていた。
「恨んでいるの?」
その質問になぜかソラリスは下唇を撫でて、空を見上げる。
「うーん? まあ、恨んではいるかな? 町の住民を皆殺しにしようと考えたきっかけの人だし」
「なぜ私を殺さなかった?」
「証人になってほしいの」
「証人?」
「ええ。私がこの町の皆を氷魔法で殺したという生き証人に」
「どうして自分の罪がバレるようなことを?」
ソラリスは白い息を吐くだけで答えなかった。
そして墓から降りて、私にゆっくり近づく。
そこで私は気づいた。ソラリスは裸足なのだと。
「冷たくないの」
私は彼女の足を見て聞いた。
「うん。冷たい」
ああ、こいつは嘘をついている。
「私はね、魔女になるの」
「魔女?」
「勇者に倒される魔女」
「わざわざそんなおかしなものにならなくていいのに」
「宿命だからよ」
「宿命とか馬鹿みたい」
「仕方ないのよ」
そしてソラリスは私を横切り、墓場を出て行こうとする。途中、立ち止まり、振り返る。
「私がこの町を出たら雪は止まるから」
どうでもいい。
いっそのこと何もかも無くせばいいのに。
私も、町も、皆も。
気に入らないものは全て──。
私は彼女が少しだけ羨ましくなった。
この町を去る氷の魔女を私はただ見送る。
氷の魔女 赤城ハル @akagi-haru
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