龍虎恋譚 前譚

緋都 歩夢

第1話

とあるカフェでアルバイトをしている高校2年生の福永龍士はいつもアルバイトに行くときは憂鬱だった。基本的に人と関わることが苦手な福永はカフェ店員には向いていないのだろう。ただ、立地や給料、勤務体系がよかった。ただそれだけだ。

そんなアルバイトだが、仕事であることに変わりはないので苦手な接客もしっかりとこなしていた。


そんなある日、福永が厨房で調理していたときのこと。店長に呼ばれて奥の事務所へ向かった。



「福永くん、急にごめんね。この子、今日からだからまずは皿洗いからやってもらうんだけど、いろいろ教えてあげてもらってもいい?」


「はい。」


「沖田陽虎です!よろしくお願いします。」



やたらと元気なのが入ってきた。福永の第一印象はそれだった。



「えっとじゃあ、ここにホールの人が洗い物持ってくるからとりあえず洗って。それ終わったら片付け。片付けはまた別で教えるからやるとき声かけて。俺はあっちで仕事あるから。」


「了解です!」



福永は沖田にそれだけ言うとまた調理の仕事に戻って行った。



「福永さん!終わりましたー。」


「これ終わったら行く。」



しばらくして沖田から声がかかったので様子を見に行くと洗い終わった皿が積まれていた。



「そっちの平皿がここで、深めのがこっち。で、グラス類は全部ここ。カトラリー類はこっち。」


「了解です、ありがとうございます!」


「どんどん洗い物は増えるから都度頼んだ。」


「はい!」



いちいち元気でうるさい奴だなと福永は思ったが、店長的にはその元気さが採用の一番の理由だったりもする。そもそも福永にはその元気さが全くない。ちなみに福永の採用理由は真面目、である。



「今日はありがとうございました。またよろしくお願いします!ではお先に失礼します!!」



まだ初勤務だった沖田は3時間ほど皿洗いをして帰って行った。もう1年近くここで働いている福永はあと4時間ほど勤務時間が残っていた。

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沖田陽虎はこの春高校に入学した高校1年生である。高校生にもなったことだしアルバイトを始めようと思い、高校の近くにあるカフェでアルバイトを始めた。最初のうちは慣れないことも多く大変だったが、良い先輩にも恵まれて慣れてきたところである。



「福永さんって、このバイト長いんですか?」


「いや、そうでも。1年くらい。」



カフェの厨房で料理中の福永に皿洗い中だった沖田はそう話しかけた。いつも自分に仕事を教えてくれるのはこの先輩だったので長いのかと思ったが、そうでもなくて驚いた。



「ほら、これ運んで来い。3番テーブルな。」


「了解です!」



福永が作り終えた料理を席へ運ぶ。最近はこうして皿洗い以外にもホールを任せてもらえることが増えてきた。



そんな沖田は高校で昼休みの時間に1人で散歩していた。この学校は中庭が広くて今日のような天気のいい日はとても気持ちがいい。

ふと、部室棟の裏の方には行ったことがないと思った沖田はそちらの方へ行ってみることにした。



「え……」


「あ……」



部室棟に向かう途中のベンチにいた人物に見覚えがあった沖田は思わず声を上げてしまった。そしてその声に気づいた相手も同じく声を上げた。



「ふ、福永さんって同じ高校だったんですか!?」


「お前いつもうるせぇんだよ。」


「いやいやいやいや、そうじゃなくて!え、高校生だったんですか!?」


「いくつに見えんだよ。」


「もうちょっと年上かと。え、何年っすか?」


「2年。お前は1年か。」


「はい、そうですけど。え、もっと驚きません?もしかして俺と高校一緒なの知ってました?」


「いや、初めて知った。」



にしては落ち着きすぎてないか?と沖田は思ったが、そういえばこの人いつもテンション低いんだったと思い出した。このテンションの低さが実年齢よりも年上に見られる要因だが、福永本人はそうとは気付いてはいない。



「んで、福永さんはこんなとこで何してんですか?」


「見てわかんだろ。本読んでんだよ。」


「何の本ですか?」


「……歴史。」


「歴史?」


「読書の邪魔だ。どっかいけ。」


「えー……はーい。」



沖田はまだ聞きたいことはあったが、これ以上は本当にうざがられてしまうと判断して教室へ戻ることにした。

そんな沖田の後姿を見ていた福永はため息を吐き出す。



「面倒なのと一緒になっちまった。」



1人でそう呟いた。



それからというもの、沖田はバイトで福永に会うと積極的に話しかけるようになった。多少うざがられても絡みに行くのをやめない。それでいて、福永が怒る前に身を引く。福永はだから怒れずにいた。


それからというもの、学校内で見かければ毎回挨拶をされて鬱陶しかったが、やっぱり怒る前にはいなくなる沖田にだんだんと慣れていった。



「福永先輩!!」


「うるさいんだって。」


「それはすんません!で、今日も歴史の本ですか?」



また中庭の端のベンチで本を読んでいたら沖田に声を掛けられた。こんな中庭の端に来る生徒なんかいなかったのでこの1年はここが福永の安全地帯だったが、そうも言ってられなくなってしまった。それでもこの場所を使い続けるのはそんなに沖田のことが嫌いではないからなのだろう。



「いつもいつも歴史の本って、ほんと歴史好きですよね。」


「まぁ。……歴史同好会だし。」


「え、先輩って部活入ってたんですか。」


「部活じゃなくて同好会。部員も俺以外いない。」


「へー。」



聞いて来たわりには興味がなさそうな返事だった。でもそれが逆に福永にとってはありがたかった。ここで興味を示されていろいろ聞かれてもうざいだけだ。

福永のそんな性格を知ってか、元々の性格なのか。沖田はそれ以上は何も言わずにただ福永の読む本を覗き込む。それを福永も気にせずに本を読み続けた。


そんな不思議な関係が続いて数か月。

その日は2人ともバイトの日で厨房には2人だけだった。



「そういえば先輩って同好会1人だけなんですよね。」


「それがどうした。」


「俺、今どの部活にも入ってないんですけど何かには入りたくて。歴史同好会入ってもいいですか?」


「…………は?」



歴史同好会だ。歴史が好きな奴が入るところだ。でも沖田はどうだ。普段福永が読んでいる本を覗いてはいるが、歴史については授業で習う程度の知識しかないし、さして好きでもないだろう。それなのに何を言ってるのか。意味が分からなかった。



「俺って、結構誰とでも仲良くなれるんですよ。」


「それは友達がいない俺への嫌味か。」


「いや、そうじゃなくて。そんな俺でも先輩と仲良くなるのは結構大変だったなと思って。でも今は結構仲良くなれたと思ってるんですよ。」



そう言われて福永は考えた。確かに最初のころよりも隣にこいつがいることに不快感は感じないし、隣にいても違和感がないくらいには慣れてしまった。



「仲良くなるのが大変だった先輩と仲良くなれたんで、せっかくならもっと仲良くなりたいなと。」


「どうせならもう1人連れて来い。3人になれば部活として認められる。歴史が嫌いなやつじゃなきゃ誰でもいい。どうせなら歴史が好きな奴がいいな。」


「……え?」


「なに呆けた顔してんだ。」


「いや、てっきり入部断られると思ってたんで。」


「俺と仲良くなったんだろ?仲良い奴の入部は断んねぇよ。」



そう言った福永は珍しく笑っていた。

沖田はいつも通りの満面の笑みで大きく頷いた。

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「誘うなら一条だな。あいつ歴史好きみたいだし。」



沖田はクラスメイトの女子を思い浮かべた。

思い立ったら即行動!もう放課後で生徒が帰り始めた廊下を走る。



「待って!!」



沖田の声に相手は反応しない。自分だと思ってないのだろう。なら仕方ない。名前を呼ぶしかない。



「一条!!」


「私?」


「お前、歴史好きだったよな?」



これでもっと福永先輩と仲良くなれる。これで一条と仲良くなれる。また自分の友達が増える。

そんなワクワクを隠して沖田は話しかけた。

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