たぬきの豆腐屋

アガタ

ぷにゅぷにゅとうふ



 たぬきの豆腐屋を知っていますか

 大都会のコンクリートの下、電柱の街灯に照られて、真夜中、コロコロとリヤカーをひく音がします。

 時々か細いラッパの音が吹いて、リヤカーのタイヤと一緒に鳴っていきます。

 コロコロ、フーフー、コロコロ、フー

 と、不思議な音楽の様に混ざりあうと、不機嫌な渋柿の色をした街灯は、善く焼けた卵焼きの黄身の色に変わって行くのです。


 おおきなビルディングがつみきのようにたちならぶ大都会、

 たくさんの車や人で騒がしい街は、夜になってもまだ明るく、たくさんの車や人が行き交います。

 やっと真夜中になって、あたりがしーんとしたその時も、一見、静かになった様ですが、本当は、まだまだまったく騒がしさは止まないのです。

 それはなぜでしょう?


 みなさんも、真夜中まで、起きている事が、よくあるでしょう。

 その時、部屋の明かりに照らされて、真夜中まで起きている子供たちの影は昼間と同じく、

 自分のご主人にくっついていなければならないのです。

 そこで影達は、こっそりと真夜中、明々と明かりの燈る主人の部屋を抜け出して、思い切り、暗闇の街で羽根をのばすのです。

 ですから、街の騒がしさが止まないのは、真夜中に起きている悪い子の影が、街のいたる所を走り回っているためなのです。


 たぬきの豆腐屋は、この影の子供たちに、お豆腐を買ってもらう為に、リヤカーをひいて商売しています。

 豆腐を作っているのは、どたぬきとあたぬきと言う二匹のたぬきです。

 しっぽの長いリヤカーをひくほうは、あたぬき、

 しっぽの短いラッパをふくほうは、どたぬき、

 とそれぞれ名前がついています。


「お豆腐、にちょうくださいな」


 ふわふわ髪を、花の飾りでまとめて、ブラウスとスカートをはいた女の子と、

 青いめがねをかけて、かえるのパッチンどめで前髪をあげて、長いシャツに半ズボンをはいた男の子の

 影の子二人組みがやってきて、真ん丸いボウルを、二匹に差し出しました。


「あいよ」


 二匹のたぬきはリヤカーをとめて、木箱の蓋を開けました。

 あたぬきが手袋をして、おたまで中の水をボウルにいれ、丁寧に豆腐を掬い、

 ふわふわの女の子が差し出すボウルにそおっと二つ浮かべました。


 青いめがねの男の子は、しげしげと豆腐を見つめています。


「げんちゃん、ほんとにこのお豆腐が、良いの?」


 男の子は、お豆腐の噂を女の子に訪ねました。げんちゃんというのは彼女のあだ名です。

 影のげんちゃんのご主人は、よく夜中まで働くので、口内炎(あの口の中に出来る赤い、忌々しいポツです)にかかりっきりでした。

 だからげんちゃんはこの店の常連なのです。

 げんちゃんという不思議なあだなの女の子は、こくりと一つうなづきました。


 このお豆腐を食べると、悪い子は、体の毒が抜けて、良い子になるのだそうです。

 二匹の豆腐を食べた子によると、例えば、舌に盛り上がった出来物が引っ込んだり、虫歯が治ったり

 指がかさかさ痒くて堪らないのが引いていったり、魚の目で歩けない足がつるつるになったり…

 夜ぐっすり眠れるようになったり、朝早く気持ちよく目が覚めるようになったり…

 この様に俄かに信じがたいことですが、げんちゃんや沢山影の子が常連だというのがなによりの証拠なのでした。

 げんちゃんは、ふわふわの髪をゆらして、二匹のたぬきにぺこりとお辞儀をすると、男の子に向かってお代を出すよういいました。


 さっちゃんと呼ばれた男の子はポケットから鈴のついた耳かきを取り出すと、それを自分の耳に入れて、ちょっとかき混ぜる様にして中を引っかきました。

 すると、さっちゃんの耳から、さまざまな色をした、キラキラ輝く、硬質な宝石の欠片が、ぽろぽろと剥がれて、待ち構えていたげんちゃんの手に落ちました。

 それは、人間が夜眠るときにみる、夢のかけらでした。

 そうです、これがお豆腐の代金のかわりなのです。

 チリーンと鈴が鳴ります。どたぬきは鈴の音にちょっと興奮して、ラッパをくわえてチリーンと一緒にピーと吹きました。


 二匹のたぬきは、さる、夢を食べる獏神様と昵懇で、この獏神様は特に夜起きている悪い子の夢が好物でした。

 普通、漠は甘い、やさしい夢を好んで食べるものですが、この獏神様の仰るには、


「良い子の夢はもちろん主食だが、悪い子の夢は、それはそれはえぐみのある、たまらない味わいがあるのじゃ」


 獏神様は、どたぬきがお土産に持ってきたお豆腐に夢のかけらをかけて、もぐもぐやりながら


「一度食べたらやめられぬ」


と、のんびりと言ったものです。


 二匹のたぬきにその味わいの良し悪しはわかりませんが、獏神様のお座敷の客間に通されて、お話を聞き及んだ二匹は、

 ふかふかの夢が詰まった、きんきらの座布団から転げ落ちないよう、しっかりと端っこをつかんで言いました。


「それならば、僕らがお豆腐と夢のかけらを交換してまいります」


 そうして、たぬきの豆腐屋は、影の子供たちにお豆腐を売り、かわりにもらった夢の欠片を獏神様にわたし、お金に換えてもらう事にしたのです。

 だから二匹はお豆腐を売ることができ、獏神様は好物を食うことができ、影の子供たちは豆腐を食べることができるのです。


 チリーンと耳かきの鈴のなる音がやんで、げんちゃんもさっちゃんも、二人とも自分の耳から夢を取り出しおえ、二人はそれを手に握り締めました。

 どたぬきは手袋をはずして、肩からさげたがまぐちをとりました。それからガマグチの口をあけて、二人に向かって「どうぞ」と差し出しました。

 二人は両手をかかげたどたぬきの、さしだした財布の口の中に夢の欠片を入れました。かかげたがまぐちの闇の中に、

 キラキラ光りながら夢の欠片が次々にすいこまれて行きます。

 ヒュウルルルーウと夢の欠片がガマグチの中に落ちていく音がして、最後に、欠片がポチャリと何かに浸かる音がすると、がまぐちがパチリとしまりました。


「まいどありがとうございました」


 どたぬきが、かかげていたがまぐちを腰にきちんと提げ直して、げんちゃんとさっちゃんにおじぎをしました。

 あたぬきが何にもいわないで、ポケットから割り箸を二膳、さっちゃんにサービスしました。

 青いめがねがキラリと光って、さっちゃんは「ありがとう」と言って苦笑いしながらお箸を受け取りました。

 何しろ、そのお箸ときたら、たぬきのぬくみで変になま暖かったからです。

 二人の影の子は笑って「いただきます」と言うと、ボウルとお箸をもって走り去って行きました。


「さて」


 二人が去ってゆくのを見届けると、あたぬきはまたリヤカーを立てて、ゆっくりひきはじめました。

 どたぬきが、それに続いてフー、フーと時々ラッパを鳴らします。

「たぬごし」と書かれた旗が夜風にゆれて、二匹は街を廻って行きました。



 2


 たぬきの豆腐屋は「自分」とかいてあるマンホールのある通りを右にまっすぐ行って、

 二つ目の小道で左に曲がり、その先の「監獄」と書かれた札のさがった壊れた犬小屋が捨ててある

 自動販売機の横をくぐって、すぐの通りを斜めに入り、ぐるりと三回まわった所に建っています。

 古びた赤いかわら屋根と、「たぬき商店」とかかれた看板が目印です。

 なぜ「たぬきの豆腐屋」という看板で無いのかというと、お豆腐にも様々に種類と名前があり


 たとえば名前だけでも「かべ」とか「おかべ」とか「しろもの」とか「もみじ」とか呼ばれます。

 たぬき商店では、

 大きな木勺ですくう、ざる豆腐

 硬い紐で結んで持って帰れる、もめん豆腐

 やわらかく、やさしく水にひたして浮かべる、きぬごし豆腐

 あたぬき特製、ごぼうとにんじんの揚げがんもどき

 どたぬき特製、味噌漬け豆腐

 冷たい凍り豆腐

 ひじき入りおから

 何枚も重ねたゆば

 清潔なビンにつめた豆乳

 などを売っています。

 ですから、「たぬき商店」という名前なのです。


 おぼろ豆腐は出来立ての時運よく来店したらば、食べられるかもしれません。

 どたぬきは味噌漬け豆腐が得意で、お酒に一番合いますが

 あがたぬきが昼間起きてこっそり食べてしまう時は品切れです。

 角砂糖を加えた温かい豆乳などは、寒い日にはうってつけで、

 あたぬきはどたぬきに内緒で、揚げがんもどきをひたしてこっそり食べています。


 この「たぬき商店」、つくりは古いのですが、豆腐を作るには丁度よい冷たさの建物です。

 店先には売店があり、その奥のガラス戸を引くと、居間があって、そのちゃぶ台で二匹は普段生活をしています。

 廊下の奥にお爺さんの残した書斎があり、その場所はあたぬきのお気に入りで、

 あたぬきは暇があれば書斎に篭り、本を読みふけり、本棚の背表紙を数えるのが好きでした。


 どたぬきはあたぬきの様に文字を追うのは苦手です。

 どたぬきはずらりと並んだ本より、お星様の数や裏の林に咲いたリンドウの花びらを数える方が好きでした。

 でも時々、あたぬきが本棚から絵本を持って来た時だけは、お布団の中で一緒に読みます。

 そんな日に作った二匹のお豆腐は、いつもよりちょっとだけ甘くて、とろける様な安堵を含んで、

 影の子供たちから、その主人に届け、真夜中の街は少しだけ明かりの数が減るのでした。


 お店は、昔二匹がお世話になったお豆腐屋さんのお爺さんの店をもらったもので、

 このお店の中で、二匹は不思議なお豆腐を作っているのです。

 不思議なお豆腐をどの様にして作るのか、それには三つの不思議があるのです。

 まず、お豆腐屋さんは早起きです。

 でも、どたぬきは早起きですが、あたぬきは夜っぱりです。

 どたぬきが起きてあたぬきが床につく、休まず交代に朝早く、蔵から生大豆を山盛りたくさん出して来ます。

 これはのっぺらぼうの作ったもので、体の中の毒を抜きます。この、のっぺら大豆が第一の不思議な秘密です。

 それから河童の住む清い水の湧くお山にある、水の源からとってきた万病治しの水でふやかします。

 この清い水が第二の不思議な秘密です。

 河童水にひたされたのっぺら大豆は、だんだんふやけてゆきます。

 夏は朝からお日様が空の真上にのぼるまで、冬は朝から夕方のお日様が沈むまでつけると、やわらかくなります。

 そうしてやわらかくなったのっぺら大豆を、石臼で挽いてすりつぶし、それを煮て、布で搾ります。

 搾った粕はおからになり、汁が豆乳になります。


 肝心なのはここからで、豆乳が熱いうちに、さっとにがりを入れなければうまくいきません。

 このにがりはとても貴重で、うみぼうずの一家が作った特性の「かます」と呼ばれる、袋に入れて作らなければなりません。

 この、うみぼうずかますで作るにがりをいれたお豆腐は、人の寂しさをちょっぴり和らげてくれるのです。

 それが第三の不思議な秘密です。


 さて、このにがりを入れるタイミングは、二匹が一緒におこなう、一番大切な一時です。

 この時ばかりはあたぬきもしゃっきりと目を覚まして、二匹でにがりを入れ木勺でゆっくり混ぜながらこう掛け声をかけて唱えます。


「そうれ、かたまれ、かめばぷにゅぷにゅ、のどごしつるりん、ごっくんさわやか、そりゃそりゃ、ぽんぽこ」


 それからうまくかたまれば、もう出来上がり間近です。樽の中いっぱいに、白い豆腐かぎゅっと詰まっています。

 あたぬきと、どたぬきは、それを柄杓ですくい上げ、型に入れ美味しいお豆腐を作るのです。


 3


 ひがしの空がぼんやり明るくなってくると、影の子供たちは主人のもとに帰ります。

 朝一番の電車がガタンゴトンと遠くで走り出す音がして、さっちゃんと別れたげんちゃんの影が

 ご主人のもとへ戻っていきました。

 影が戻ったげんちゃんは、今日はやけにぱっちりと目がさめました。

 顔を洗って、何となく口の中を舐めると、口内炎が消えていました。

 げんちゃんは、今日は少しだけ善い日になりそうだな、と思いました。


 朝もやに照らされて、家々の窓がちらほらと開け放たれます。

 窓をあけた人はきっと、影がお豆腐を食べたのでしょう。


 たぬきのリヤカーもそろそろお店に戻ります。

 木箱の中はからっぽで、今日も沢山お豆腐が売れました。

 どたぬきがため息と一緒にラッパを吹きました。

 ピー、プーと朝焼けの空にラッパの音が溶けて行きます。

 フー、コロコロ、フー、コロコロ、プー

 今夜は、店じまい。二匹のたぬきは、お疲れ様。



 おわり

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