第10話「他人の期待を背負うということ」
「実はね、おじさんからついに農園を継いでほしいって言われたんだ」
「ついに、はっきり言われたのね」
咲紀が天を仰いだ。
「これまで言葉の端々から感じてたから覚悟はしてたんだけど、正直なところ、ここまで早いタイミングだとは思わなかった」
「まだ社会人2年目で、キャリアもこれから軌道に乗っていく段階なのにね。なんで今だったのかしら?」
「農園を手伝ってるおばあちゃんが腰の調子が悪くなって、おばあちゃんの代わりに入る人が必要っていう理由があったんだけど、もう一つ理由があってね」
そこで浩史の言葉を思い出して、軽くため息をつく。
もう一つの理由というのが、凛にはすぐには理解できない、ぶっ飛んだものだったからだ。もう少し真っ当な理由もあっただろうと思うけれど、しかたない。
「おじさん、海外に出て旅をしたいんだって」
案の定、咲紀の目がまん丸になる。
「まあ、意外なところから矢が飛んできたわね」
「おじさんが農園を継ぐ前にやってた仕事では、海外出張が多かったんだって。それで、世界を飛び回る生活が普通だったのに、いきなり仕事を辞めて農園を継がないといけなくなって、おじさんもストレスが溜まっていたんだと思う。だから、もう農園にしばられる生活はおしまいにして、海外に出て自由な暮らしをしたい。そういうことなんだろうな」
「なるほど。おじさんって、凛の話を聞くかぎりは手堅い人なのかなと思ってたけれど、なかなかの自由人だったわけね」
自由人、という言葉を聞いて思わず苦笑する。私もそれくらい自由に生きられたら人生もっと楽しめただろうか、とふと考えてしまった。
「それで、凛はどうしたいの?」
「うーん」
「やむを得ない理由があるから私が農園を継がなきゃとか、いったんそういう事情は置いておこうよ。自分がなんの縛りもなく自由に決めてもいいっていう状況になったとき、凛だったらなにをしたい?」
「なんの縛りもなく自由に、か」
考えてみるけれど、なにも思いつかない。
「おじさんが海外に出たいなら自分が継がなきゃいけないっていう思いならあるんだけど、肝心の自分がどうしたいかっていうことが自分でもわからなくて」
「それはちょっぴり危険な状態よ」
咲紀が真剣な目をして、凛の方を向き直った。
「危険?」
「自分の心が伴わないまま、他人の期待を背負ってがんばってばかりいると、いつか燃え尽きてしまうわよ」
咲紀の手が凛の膝の上に置かれ、軽く揺らされる。咲紀が思いがけず深刻そうな顔をしているので、凛はなにごとかと身構えた。
「私の弟がね、そのことで苦しんでいるの」
「咲紀の弟さんって、たしかすごく成績が良かったよね。ご両親や先生からたくさん期待されているんだろうなって思った」
「そう、それが問題だったの。弟は、ほんとうは勉強に興味がなくてゲームが好きで、将来はゲームを作りたいって幼い頃から言ってた。けれど、うちの両親が、せっかく成績が良いならゲームをやってないでもっと勉強して、医学部に行きなさいってうるさくて。自分の道を行きたいって弟もはっきり主張すればよかったんだけど、心優しい子で、両親の期待を裏切りたくないからと言って、受験勉強をがんばってX大学の医学部に合格したの」
「X大学って、この国のトップの大学じゃん。すごいね」
凛は思わず感心の声を上げた。でも、咲紀の顔がよけいに曇ったのを見て、要らぬことを言ったのかもしれないとすぐに後悔した。
「受験勉強中はゲームもできなかったし、大学でもゲームの勉強ができない。それで彼はどうなったと思う? うつになって休学して、今も実家で療養してる。退学も視野に入れているらしいの」
咲紀の弟の、快活で元気いっぱいだった小学生の頃の姿を思い出すと、心が痛んだ。あんな良い子が、周囲の期待を背負ってがんばりすぎて、自分の心に沿わない選択をしたことが、そんなにつらい現実を生むなんて。
やるせない気持ちになると同時に、自分も似た状況にあるのではないかと気づいた。
自分は、家族に期待されるがままに農園を継いでいいのだろうか? もっとほかに、考えるべきことがあるのではないだろうか?
黙り込んでしまった凛を見て、咲紀が表情をやわらげた。
「こわいこと言ってごめんなさい。そういえば今日のメインの議題は、凛のファッションチェックだったわよね」
「そうだった。咲紀の服の中で私に似合いそうなものを見繕ってくれるんだったよね。わざわざたくさん持ってきてくれて、ありがとう」
咲紀が、カーペットの上に置いた大きな紙袋から大量の服をがさごそと取り出した。
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甘いぶどう〜嵌められたトップスターは、生き別れた妹にご執心です〜 ももりんご @momo_apple
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