第9話「おうちでの女子会」

 週末。凛は咲紀を家に招いた。咲紀にとあるものを持ってきてもらう予定だったのだ。


「お邪魔しまーす」


「大丈夫、誰もいないから。お兄ちゃんはちょうどこの時間出かけてるの」


「そっか、俊くんが帰ってくるまでおうちにいてもいいかしら? 国民的人気を誇るあのSHUNに対面できるなんて、そうそうない機会だから」


 咲紀がいたずらっぽい笑みを浮かべた。凛はそれを見て苦笑する。


「いてもらうのはかまわないけど、実はお兄ちゃん、この頃帰りが遅くて」


「へえ、帰りが遅いってちょっと気になるわね。どこで何されてるのかしら」


 私もわからないの、と答えながら咲紀をリビングに通し、凛はお茶を準備することにした。


 凛の小学校以来の親友である咲紀は、華やかな顔立ちをしている。本人曰く、よくハーフに間違えられるらしい。艶やかなロングヘアをゆるく巻いて、きれいなお姉さんという風貌だ。


 凛は、彼女の目鼻立ちがはっきりした顔をいつもうらやましく思っている。そう言うといつも咲紀からは「私の方こそ、あなたの切れ長の目がうらやましいわ」と言われるのだが。


 切れ長の目は気に入っていないが、色白の肌は自分でも気に入っている。色白が映えるよう、凛は黒髪ロングのスタイルを10年間以上続けていた。


 そして、凛の特徴というと、なんといっても背の高さだ。


 キッチンの上の棚から茶葉の缶を取り出す凛の様子を見て、咲紀が思わず声をかける。


「凛って、ほんとに背が高いわよね。何センチだっけ?」


「172センチ。こういうシーンだけ助かるけど、それ以外の生活だとデメリットしかないよ」


「まあ、凛は背の高さで昔から苦労してきたからね」


 そう、背の高さは凛にとって自慢できるものでもなんでもなく、むしろ邪魔な要素でしかなかった。


 小学校の低学年のとき、同級生の男子グループに背の高さを理由にいじめられたことがある。先日職場ではち合わせた圭吾は、その中心メンバーだった。


 小学校に入学した時点で、凛はすでに小学一年生の平均身長を10センチほど上回っていた。


 凛から見下ろされる形となった男子たちは、その構図が気に食わなかったようだ。「やい、のっぽ」だの「えらそうな態度取ってんじゃねえよ」だの、寄ってたかってもっとひどい言葉も投げかけられた。


 そんな状況で助けに入ってくれたのが、4学年上の兄、俊だった。


 俊も当時から背が高く、しっかりしていて同級生や先生からの信頼が厚かった。絵に描いたようないいやつだった俊が割って入って凛をかばってくれると、誰も反撃できなかった。


「おまえら、逆の立場で同じこと言われたらいやじゃないのか? 人にやられていやなことを人にやっちゃいけないだろ」


 そう言っていじめっ子の男子たちを蹴散らしてから、涙目の凛を慰めてくれたものだった。


「凛も、ああいうときはいやだってはっきり言っていいんだよ。凛の背が高いのは、お父さんとお母さんが凛を元気に産んでくれた証拠さ。何も恥じることはない」


 俊にやさしく言葉をかけてもらうと、自分の身長に少しだけ誇りを持てた気がした。


 しかし、父が亡くなって俊がL国に渡り、凛が中学生になる頃には、また状況が変わった。今度は同級生の女子たちから「姉御」としてまつり上げられるようになったのだ。


 切れ長の目できれいに手入れされた黒髪、そしてすらりと背の高いスタイルがそろった凛は、女子たちから「素敵、うらやましい」と憧れの目で見られ、ときに崇められた。後輩女子からラブレターをもらった回数は、もう覚えていない。


 それだけならありがたい話なのだが、外見が憧れの的となるにつれて、面倒な相談やお願いごとを押し付けられることも増えた。


「いじめられたかと思えば、勝手に強い女っていうイメージを押しつけられたりして。背が高いことを負担に感じるような出来事しかなかった人生だった気がする」


「この国は平均的に背が低いし、小さくてかわいいものが尊ばれる風潮があるから、肩身が狭いわよね」


 咲紀の同情の声にうなずきながら、凛はお茶を準備して持っていく。二人でソファに腰かけ、ティーカップを手にし、飲み会でもないのにこつんとぶつけ合って乾杯をした。


「生き別れたお兄さんと突然の再会、からのドキドキの同居生活に、乾杯」


 まじめくさった顔の咲紀を、なにそれ、と笑いながら、お茶に口をつける。


「そんな漫画みたいな展開、うらやましいわ」


「実際ね、私もちょっとドキドキしてる」


「でしょ。長年会ってないと実の兄って感じがしないわよね」


 小学生の頃の俊がどれほどかっこよかったかについてひとしきり語り合ったあと、凛は話を切り出した。


「そういえば、ちょっと相談があるんだけど」


「なあに? 凛の相談ならなんでも聞くわよ」

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