婚約者より妹を愛したいのなら、どうぞご勝手に

大舟

第1話

「ロベルト伯爵様、この後はエミリア様とお食事の予定になっております」

「あぁ、それは取りやめだ」

「と、取りやめ?」

「実はさっき、プリシラからこの後一緒に買い物に出たいとねだられてしまってな。僕としては当然プリシラの事を優先するから、エミリアとの予定はなかったことにしておいてくれ」

「は、はい……」


それは、この伯爵家にあってこれまで何度も何度も繰り返されてきた会話。

伯爵の身にあるロベルトは、自身が選んだ婚約者よりも妹のプリシラの事をなによりも優先するのだ。

それはたとえ、最初に予定を組んでいたのがエミリアの方が先であったとしても…。


「プリシラとの時間はかけがえのないものだからな…。仕事で疲れた僕の心を癒してくれるのは彼女しかいない。ユーク、長らく僕に仕えてくれている君ならばよくわかるだろう?彼女の可愛らしさ、愛らしさが」

「そ、それはもちろんです伯爵様…。私とて、プリシラ様に心を癒された事は一度や二度だけではありませんから」

「そうだろうそうだろう、プリシラとはそれほどにかわいらしい存在なのだよ♪」


臣下の一人であるユークからの言葉がうれしかったのか、伯爵は分かりやすく上機嫌になったような雰囲気を見せる。

しかしその直後、ユークは自身の胸に抱く一抹の不安をそのまま口にしてしまう。


「ただ…。このままですと、エミリア様の事が少し気がかりといいますか…」

「…?」


ユークがそう言葉を口にした途端、再びわかりやすく機嫌を損ねたような雰囲気を見せるロベルト。

その事にユーク自身も瞬時に気づいたが、もう取り返しはつかない。


「やれやれ…。まだお前はそんなことを言っているのか?まぁいいだろう、この際教えておいてやるさ。いいか、プリシラとエミリアはそもそも立っているフィールドというものが違うんだよ。エミリアは所詮替えの効く婚約者の一人という立場に過ぎないが、プリシラは僕にとって立った一人の可愛らしい妹であり、宝なのだ。何物にも代えられない存在であるのだよ。ユーク、君だってその事を重々理解しているはずだろう?」

「も、もちろんでございます伯爵様!私とした事が、出すぎた真似をしてしまいました…」


即座に先ほどの言葉を撤回にしにかかるユーク。

しかしロベルトはそのまままだ言葉を続けていく。


「まぁ、比べるのもかわいそうというものだ。エミリアは天地が逆さになったとてプリシラの魅力を上回ることはないのだからな」

「そ、そうですね…。では伯爵様、今後のご予定はそのように準備させていただきますので、私はこのあたりで…」

「あぁ、よろしく頼むよ」


軽い口調でユークにそう言葉を告げる伯爵。

ユークはそんな伯爵の言葉を聞き届けた後、丁寧な足取りで部屋を後にし、伯爵の前から姿を消していった。

1人部屋の中に残される形となった伯爵は、これから過ごすことのできるプリシラとの時間をその頭の中に思い描きながら、さらに機嫌を良くしていく。


「(さて、まさかプリシラの方から僕を誘ってくれるとは…。これはかなり、僕の好感度が上がっていっていることの何よりの証拠ではないか?エミリアとの予定があった日に誘ってくるというのも、なんだか運命というものを感じる…)」


…しかし、プリシラが伯爵を誘うことを決めたのはただただ伯爵の事を好いているからではなかった。

エミリアとの予定を上書きするかのような振る舞いも、ただの偶然などではない。

ただ、プリシラは自分の事を純粋に好いてくれているに違いないと思っている伯爵が、そこに気づくことはなかった。


「さて、プリシラには何を買ってあげようか…。エミリアとの食事代が浮いたということだから、少なくともこの額はすべてつぎ込んでもよさそうだな。いやそもそも、額などどうでもいい。プリシラが望むというのならなんでも買い与えてあげようではないか。僕は伯爵なのだから、その気になれば土地でも城でも手に入れる事ができる。それでプリシラの心をゲットすることができるのなら、この上ない買い物と言えるじゃないか♪」


どこまでも浮かれてしまっている伯爵。

それは決して今に始まったことではなく、彼は昔からプリシラの事を偏愛と言ってもいいほどに気をかけ続けてきた。

…当のプリシラ本人に、その思いを悪用されつつあるということも知らず…。


「あとはエミリアにどう言い訳をするかだが…。まぁこっちは心配するほどのことでもないか。プリシラのためだと言えば、向こうだって分かってくれるだろう。エミリアとで馬鹿ではないのだから、きちんと僕の気持ちをありのまま話せばいいだけの事。そこに反論される筋合いなどなにもないのだからな」


彼女は僕の言うことを聞き入れて当然の立場なのだから、文句を言われる筋合いは何もない。

気に入らないというのならさっさと出ていってくれればいいだけの話なのだから。

僕は心の中にそう言葉をつぶやきながら、来るべきプリシラとの予定を想像しながら胸を弾ませるのだった。

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2024年12月26日 17:01
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