幼馴染が大好きだった女の子がツンデレが過ぎて他の女の子と幼馴染が付き合わせてしまい、キスする瞬間まで見届け絶望するだけのお話

くろねこどらごん

第1話

 私には好きなやつがいる。

 そいつの名前は三田川勇気みたがわゆうき。ユウキって私は呼んでるけど、私はユウキのことがずっと前から好きだった。


 記憶に残っている限りでは、多分幼稚園の頃には既にユウキのことを意識していたと思う。

 昔の私は引っ込み思案で臆病な性格をしており、よくユウキに庇ってもらっていたのだ。


美奈みなちゃん、大丈夫?」


「う、うん」


「そっか。良かった」


 あちこちすりむいてるのに、くしゃっとした笑顔を浮かべるユウキ。

 その笑顔を見て、心臓が飛び跳ねたことを、今でもよく覚えている。

 ユウキのことが、まるで王子様のように見えた。私を助けてくれる、私だけの王子様だ。

 そんな人のことを好きにならないほうがおかしい。

 でも、今の私じゃきっとユウキは好きになってくれないと思った。

 だって私は助けてもらってばかりで、ユウキになにもしてあげられてない。


「ねぇ、ユウキくん」


「ん? どうしたの、美奈ちゃん」


「わたし、強くなるから。ユウキくんに迷惑をかけなくていいくらい、強くなるね。そうなったら……」


「そうなったら?」


「う、ううん。なんでもない」


 私と、ずっと一緒にいてください。

 言いたかった言葉をぐっと喉の奥に押し込んで、私は強く誓うのだった。




 それから、10年以上の時が流れた。

 私とユウキは高校生になり、私はかつての臆病だった性格を改善することが出来ていた。

 胸を張って歩くことだって出来るし、外見にだって気を遣ってる。

 そのおかげか、友達だって何人も出来ていた。男子に告白だって何度も告白されてるくらい、私は変われたのだ。

 勿論ユウキ以外の男子と付き合うつもりは一切ないから、丁重にお断りさせてもらっているけど。

 とにかく、もう気弱だったあの頃の私はどこにもいない。

 自信をもって変わることが出来たと言えるし、あとはもうユウキに告白し、付き合うだけだ。

 そのはず、だったんだけど……。


「バカユウキ! 買ってこいって言ったのは、これじゃないでしょ!?」


「ご、ごめん美奈ちゃん! すぐ買い直してくるから!」


 現在私は、想い人であるユウキに怒鳴りつけている最中だった。


「うわー、また女王様に怒られてるよ三田川みたがわくん」


「しょうがないよ、実際どんくさいし。美奈にキレられるのも無理ないって」


 周りのクラスメイト達は遠巻きに私たちを眺めながら、クスクスと笑っている。

 誰もユウキを助けようともしないばかりか、むしろ見下しているまである。

 そのことがたまらなく不快ではあったけど、私から指摘することなんて出来ない。

 だって、ユウキを奴隷のようにこき使っているのは、私自身なのだから。


(う、ううぅ。なんでこうなっちゃったのよぉ……)


 ……結論から言うと、私は変わり過ぎた。

 気を強く持ち、いじめられないようにしようと振る舞ううちに、気付けばユウキと現在のような主従関係が出来上がってしまったのだ。


(で、でも、あのことはユウキが悪かったんだし……うん、私は悪くない、はず……)


 きっかけは、多分嫉妬だったと思う。

 中学の頃、たまたまクラスの女の子とユウキが楽しそうに話しているのを見かけたのだ。

 そのことにムカムカして、私はユウキに強くあたった。理由を話すこともせず、ただ一方的に私の方がまくし立てた。

 だっていうのに、ユウキは困ったような顔でごめんとただ謝るだけだった。

 ユウキは小さい頃と変わらず私に優しくて、怒ることなんて一切なかった。

 私に対して強く出たことなんて一度だってない。この時もそうだった。

 だから私の方も落としどころが見つからなくて、その日は私だけがひたすら怒るだけで終わった。


 それが良くなかったんだと今でも思う。

 なにに対して怒っているのか言わないのなら、改善だってされるはずがない。

 それからもユウキが他の子と話すたびにユウキに怒った。そしてユウキはひたすら謝る。

 嫉妬してしまうことへの申し訳なさと、悪くないのに私に対して謝ってくるユウキへの苛立ちで、私は更にユウキを責め立てる。その繰り返しだ。

 気付けば私がユウキを気に入らないのだという噂が広がって定着し、現在の関係が出来上がってしまった。


 高校生になったことでリセット出来れば良かったのだけど、残念ながら私はそこまで器用な人間じゃなかった。

 変われた、とはいったけど、結局根っこの臆病さは昔のまま。

「高校生になったらいきなり態度を変えるなんて、どういう風の吹き回し?」そう言われるのが、きっと怖かったんだと思う。

 同じ高校に進学した中学の子はそれなりにおり、その子たちや周囲の目が怖くて、私は中学の頃と変わらない態度をとることを選び続けた。


 その結果、私たちは高校2年生になっても、未だ付き合うことが出来ていない。

 むしろ悪化していると言える。以前は私だけがユウキに命令出来ていたのに、最近では私の友達というか取り巻きのような連中までユウキを小馬鹿にし、見下した態度を取るようになってきた。


(調子にのらないでよ。ユウキは私だけのモノなんだから!)


 そう言いたかったけど、言えなかった。

 言えば彼女たちの矛先が私に向くような気がしてならなかったからだ。

 いじめられるのが怖かった。ユウキを人身御供にしているようなものだと分かっていても、私はなにも出来ずにいる。


「三田川ってさぁ。あの様子だと間違いなく童貞だよね」


「そりゃそうでしょ。付き合いたいなんて思う子いるわけないじゃん。うちの女王様に目ぇ付けられてるんだしさぁ」


「ねー。いやほんとご愁傷様だわ。三田川かわいそー」


「なに言ってんの。同情なんてしてないくせにー」


「ありゃ、バレたか。ぎゃはははは!」


 下品な笑い声がすぐ近くから聞こえるたびにイライラする。



 ――お前ら、なにユウキのことを笑ってるのよ。


 ――ホントのユウキは優しくてとっても強いんだから。


 ――いつだって私を助けてくれた、私だけの王子様なんだから。



 そう言ってやりたかった。でも出来ない。出来るはずがない。

 ユウキが馬鹿にされる状況を作り出した張本人である私が、どうして言えるというのだろうか。

 私に出来るのは「ホントアイツには困ったもんよね」なんてユウキを極力傷付けないだろう言葉を選んで同意することだけ。

 それだけで、周りはドッと盛り上がる。本当に馬鹿な連中だ。

 人を悪く言って、なにが楽しいというんだろう。私はユウキを悪く言うたびに傷付いてるし、家に帰ったらいつも部屋で謝り続けているというのに。


「ねーねー。じゃあさ、あたしたちで三田川にカノジョ作ってやろうよ」


 内心落ち込んでいると、突然取り巻きのひとりが訳の分からないことを言いだした。


「は? カノジョ?」


「え、なに? アンタがなってやるの? 三田川のカノジョに」


「んなわけないじゃん。ホラ、いつも教室の隅で本読んでる地味子いるじゃん。住谷すみやだっけ? アイツあてがってやりゃいいっしょ。地味でいいとこ同士、お似合いじゃん?」


 ケラケラとなにが楽しいのか一切分からないことを言いながら、取り巻きが指を差す。

 その先には眼鏡をかけたいかにも大人しそうな女の子が、誰とも話すことなく本のページをめくっていた。


(――は? あれを、ユウキの、彼女に?)


 流れについていけなかった思考がようやく追いつき始めた頃、まず思ったのは「あり得ない」だった。


 地味で根暗で人の言うことに逆らえなさそうなあの女が、ユウキと付き合うなんてあり得ない。

 そもそも、ユウキと付き合うのはこの私だ。そのために自分を磨いて、クラスでも人気を得るまでになったのだ。

 あんな女としての努力をなにもせず、自分の殻に閉じこもっているようなやつがユウキの彼女になる? 悪い冗談にも程がある。


「ねぇ、美奈はどう思う? 悪い話じゃないっしょ。住谷に三田川へ告白させんの。なんならいじれるおもちゃがふたりに増えるわけだしさぁ」


 だから否定しなくちゃいけなかったのに、視線を向けられた途端、私は言葉を詰まらせた。


 ――――うん、って言うに決まってるよね?


 彼女たちの目は、そう語っていた。

 無言の圧力。逆らえばどうなるのか。そのことに考えが至る前に、私の口は自然に開く。


「ふーん。まぁ、いいんじゃない? 告白が失敗しても、それはそれでからかえるしね」


 違う。こんなこと言いたいわけじゃない。

 だけど、ニンマリと悪魔みたいな笑みを浮かべる彼女たちが怖くて。

 私は本心をさらけ出すことが出来なかった。






 そして、その日の放課後。私は自分の席にいた。

 私の席を囲むように、取り巻きたちも座っている。ううん、私たちだけじゃない。

 現在、この教室には私たち以外にもふたりの生徒がいて、教室の隅に立っている。

 それを私たちが見つめている形だ。見世物小屋。そう形容するのがしっくりくる。


「あの、三田川くん。その、私……」


 そう、私たちは見世物を見ているのだ。

 ユウキに告白する住谷という、陰キャ同士の告白現場。なかにはスマホを構えているやつまでおり、「バッチリ撮影しててやるかんなー」と最悪な野次まで飛ばしている。


「あの……」


「おーい、さっさと言えよー。うちらが帰れないじゃんかー。終わったらマック行きたいんだからさあ」


 言いよどむ住谷を急かす声がすぐ近くから聞こえる。

 たまらなく不快だ。声も、私のユウキに告白しようとしている住谷を見るのも。

 どちらも最悪と言っていい。見たくもないものを見せられて吐き気すらした。


(言えないのは当然じゃん。アイツ、ユウキと話したこと全然ないんだし)


 ユウキのそばには常に私がいたんだからそれは当たり前のことだ。

 住谷が私以上にユウキを知っているのはあり得ないし、その逆も然り。

 これまで互いに接点がなく、好意が芽生えるきっかけすら与えなかったのだ。

 お互いに恋愛感情がないなら、付き合えるはずがない。つまりこの告白は間違いなく失敗する。成功する要素なんてどこにもないのだから。


(でも……くそっ。やっぱり、すごいイラつく)


 私以外の女がユウキの前に立っているのがイライラする。

 しかもユウキの初告白を奪うとか、何様のつもりなんだ。

 私がやるはずだったことを目の前で他の女がやろうとしているというのが、不愉快すぎて仕方ない。


「あの、私。その、前から三田川くんのことが好きで……だから付き合ってくだ、さい」


 それは住谷が告白の言葉を言い終えても変わらなかった。

 むしろ、ますます苛立ちが増してくる。長年私が言いたかった言葉を、この女はあっさりと口にしやがったからだ。


(なんでそんなあっさり言えるのよ。私はずっと言えなかったのに……!)


 私のほうが、ずっとずっと前からユウキのことを好きなのに。


 なんで、そんな軽々しく言えるわけ?そんなの、おかしいじゃない。


 軽いよ、気持ちが。全然篭ってない。私には分かる。


 コイツなんかより、私のほうが、ずっとずっと、ユウキのことを好きなんだって、すぐに分かった。

 だからユウキもすぐに断るだろう。そう思っていたのに……。


「あの、返事を、その……」


「あ、えっと……」


 ユウキのやつは何故か顔を赤らめていた。明らかに戸惑っているのが見て取れる。


(は? なんでよ。なんでそんな顔をするのよ)


 この状況見て分からないの?

 明らかに言わせてるじゃん。そいつ、ユウキのこと好きでもなんでもないんだよ?


 どうしてそれに気づかないのよ。すぐに断りなさいよ。おかしいじゃない。

 私のほうが好きなのよ。この女より、私のほうがアンタのこと、大事に想ってるのに。なのに、なんで……。


「ユウキ、なにグズグズしてるのよ。さっさと返事をしてやりなさい」


 居ても立っても居られなくなった私は、気付けば催促の言葉を口にしていた。


「あ、美奈ちゃん。えっと……」


「えっとじゃないから。ホラ、分かるでしょ。アンタ、告白されたのよ。告白って、すごく勇気がいることなの。だから待たせちゃ悪いじゃない。その子震えてるし、返事をずっと待ってるのよ」

 

 私に言われて、ハッとしたように住谷のことを見るユウキ。

 事実、住谷の身体は震えていた。そりゃそうだろう。あの様子だと告白なんてしたことなかっただろうし、なにより晒しものになっているのだ。

 メンタルの弱い子が、いつまでもああしていられるわけがない。泣きださないだけでも立派と言えるんじゃないだろうか。


(って、そんなことはいいのよ。感心なんてしても仕方ないし)


 そもそも、私だってこの状況作りに加担した共犯者だ。

 同情したところで、住谷は喜ばないだろう。さっさとこの茶番を終わらせるのが、全員にとってベストな選択に違いない。


「ごめん、住谷さん。すぐ返事をするね」


「は、はい……」


 ユウキに言われ、キュッと目をつむる住谷。

 それを見て、私は思わず吹き出しそうになった。


(なにそれ。ホントに告白の返事待ってるみたいじゃん。ウケるんですけど)


 さっきも言ったが、これは茶番だ。

 悪趣味な取り巻きどもが考えた、タチの悪い暇つぶし。

 無理矢理させた告白なのに、断られたらどうしようなんて考えるほうがお門違いというものだ。


(ユウキは断るに決まってんじゃん。ご愁傷様。アンタはいつも通り、すみっこでひとり本を読んでいればいいのよ)


 私は確信していた。

 ユウキは告白を断るはずだと。だってそうじゃないとおかしい。おかしいはず、だったのに――


「その、僕でよければ、よろしくお願いします」


 何故かユウキは、頷いていた。



「――――――――は?」



 途端、頭が真っ白になる。

 目の前の光景が、私には信じられなかった。


「おー、カップル成立だー!」


「クラスのビッグカップル誕生―! とりま、クラスラインに報告しときますか。いやー、ホントに付き合うんだ。ウケるー」


 なにも考えられずにいるところに飛び込んでくる祝福の言葉。

 あまりにも耳障りだ。だけど、なにも言えない。そんな余裕は私にはない。


(は? なんでよユウキ。なんで???)


 意味が分からない。

 おかしいじゃない。だってユウキは、ユウキは私と付き合うんだから。

 そうじゃないと絶対おかしい。なのに、ユウキ。なんで……?


「あ……」



 その時、私は気付いてしまった。

 そうだ、ユウキは優しい。困っている人がいたら、ためらうことなく手を差し出すことが出来るのがユウキだ。

 この状況で明らかに困っている住谷のことを、ユウキが見過ごせるはずがないんだ。


(そうだ、そうだよ。私はユウキのそういうところを好きになったんだから……)


 変わらないユウキの優しさに一瞬胸が暖かくなるも、次の瞬間私に絶望が襲い掛かる。


(え、でもちょっと待ってよ。それじゃユウキは、住谷のことをこれからも見捨てないってことじゃないの……?)


 告白に頷いた以上、ユウキは住谷の彼氏を演じることになるだろう。

 本心はどうあれ、ユウキはこれから住谷のことを守るために行動するに違いない。

 それはつまり、私の居場所を、住谷に奪われることに他ならない。


「ふざ、け……」


 そんなこと、許せるはずがない。

 ぽっと出の女が、いきなり私のユウキを奪うなんて。

 怒りに任せ、ふたりの間に割って入ろうとした、その時だった。


「ねぇホラ、美奈も祝福してあげなって!」


 突然、声をかけられた。

 取り巻きのやつらが皆、ニヤニヤした顔でこっちに顔を向けてきていた。


「なんてったって、今回告白の後押しをしてのは美奈なんだからさ」


「そうそう! ふたりが付き合えばいいのにーって言ってたもんね!」


「あ、え?」


 なにを言って、いるんだろう。私はそんなの、一言も……。


「それ、本当なの? 美奈ちゃん」


「っ!」


 取り巻きどもの話を聞いたユウキが、私に視線を向けてくる。

 それを受けて、私は心臓が止まりそうになった。

 だって、その目にはいつもの暖かさがなかったから。

 失望。その二文字が、ハッキリとユウキの目に浮かんでいた。


「ち、が……」


「えー、違わないでしょ。だって私たち、美奈が言ったからお膳立てしたんだよ。ね、皆。そうだよね?」


 うんうんと周りのやつらが一斉に頷く。

 退路があっさり塞がれた。私には、逃げ道なんてどこにもなかった。


「そ、そうよ! 私が言ってやったの! ユウキに彼女を作ってやろうってね! 嬉しいでしょ、ユウキ! せいぜい感謝しなさいよね!」

 

 違う。


 こんなことを言いたいわけじゃない。


 嘘だって言いたい。そんなこと思ってないってハッキリ言いたい。


 誤解しないでって。そんな子と付き合っちゃ駄目って、ハッキリとそう言いたい。言いたいのに……。


「そう、なんだ、美奈ちゃん。そっか……」


 俯くユウキを見て、私はなにも言えなかった。

 ただ、私の初恋はここで終わる。そんな予感が確かにあった。


「まぁまぁおふたりとも。そだ! せっかく付き合ったんだし、ここでキスしてみてよ。記念ってことでさ!」


 まるで追い打ちをかけるかのように、取り巻きがまたもとんでもないことを言い放つ。

 

「いいねー! キスキス!」


「やーれ! やーれ!」


 一斉に囃し立て始めるが、私にはもう止める権利などどこにもなかった。

 ユウキと住谷は顔を赤らめ、恥ずかしそうにしながらも互いの距離を近づけた。


「ごめんね……この状況だと、どうしょうも……」


「いえ、いいんです。こちらこそ、ごめんなさい……」


 お互い謝りながらも、ユウキの手が住谷の肩に乗せられる。

 ユウキの目は、覚悟を決めた目をしていた。



「ぃゃ……」



 やめてって言いたかった。

 言わないと駄目だって分かってる。

 だって、そうしないと、盗られちゃう。

 私のユウキが奪われてしまう。告白も、ファーストキスも、目の前で奪われてしまう。

 ずっと、ずっと好きだった幼馴染が、他の女のモノになってしまう。

 そんなのは嫌だ。だって、私のほうが。



(ユウキのこと、ずっとずっと好きなのにぃ……!)



 だけど、やっぱり今更、そんなことを言えるはずがなくて。


「ごめん。だけど、住谷さんのこと、大切にするから……」



 小さな謝罪の声ととともに、ユウキの唇が住谷のそれと重なる瞬間を、絶望とともに眺めることしか出来なかった。

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