《第一章》 『金砂』の脅威!

二 猛火

 通りの向かいにある新聞社のビルの三階付近から黒煙が上がっている。

 人の流れかたが瞬く間に変わり、大和たちを除いて逃げ惑う人たちでごった返した。辺り一帯は地獄絵図と化す。

 頸部けいぶにガラスの破片が深々と突き刺さったサラリーマン風の男性が目の前に倒れていた。

「きゃあああああああああああああ‼ だ、大丈夫です、か……?」

 奏多かなたが青い顔で恐る恐る声をかけた。

 大和やまとおびえるレックスの手を優しく握ってから一歩前に歩み出ると、男性のもとへと駆け寄る。

「……駄目。もう亡くなってる」

「ひっ! ひえぇ……!」

「レックス殿! これしきのことで情けないですよ!」

 らんがレックスを鼓舞こぶした。

 信長のぶながは表情一つ変えずに悠然ゆうぜんたたずんでいる。

「ちょっと信長さん! それから蘭丸らんまるさんも! あなたたちなんでそんなに冷静なのよ⁉」

 奏多がみつくようにくと、信長は冷酷な眼差しを向けてきた。

何故なぜ? 愚問ぐもんだな。我らは戦乱の世に生を受けし者。百姓ひゃくしょうの最期くらい腐るほど見てきたわ」

「そ……そんな……!」

「いや、サラリーマンと百姓はちょっと違うと思うけど……」

 信長はレックスの突っ込みをスルー。その時黒煙が噴き上がる事件現場の斜め上の窓から女性が身を乗り出し、「助けて!」と叫んだ。

「助けを呼んでおるぞ! 貴様たち行ってこい!」

「いやあんたはいかへんのかい!」

 信長は戻って来ていた大和の突っ込みもスルー。

「はっ! おおせのままにーっ‼」

 乱が颯爽さっそうと火事場に突入していった。

は大将だ。その余が何故なにゆえ死地に飛び込まねばならん?」

「信長……。あ、あんたって奴は……」

「ふん、馬鹿馬鹿しい。こんな所でたおれられるか」

 レックスが怪訝けげんな顔をしてしばし信長を見て……「多分、だけど」と大和に話しかけた。

「命の重さの価値観が違うんだと思うよ……」

「は? どういうこと? 命の重さ?」

 うん、とレックスは続ける。

「以前何かの本で読んだんだけど……信長たちの時代の命の重さと俺らの時代の命の重さに違いがあるんじゃないかな」

「命の重さに違いなんかないでしょ! 全部尊くって重い!」

「だから惟任これとう。その前提が違うんだよ」

 はじめ大和はレックスの言葉の意味するところが理解できなかったが、しばらく思案してから分かりやすく青ざめた。

「ま、まさか……」

「そう。信長たちの時代は命がすごく軽かったんだ。戦をすれば何千……もしくはそれ以上の兵の命が簡単に消え去っていたんだよ。違う? 信長?」

 信長は表情を変えずに、

「その通りだ。何だ、話せる奴がいるではないか」

「それでも! この時代じゃ命は重いの! あたしは黙って見てらんない!」

 その時、すすまみれの乱が二階から顔を出した。

「火の勢いが強すぎて先に進めません! どなた様か救援う!」

「みんな行くよ‼」

 大和たちは信長をその場に置いてビルの中に駆け込んでいった。



 信長は燃え盛る火炎に、タイムリープする直前の本能寺をオーバーラップさせていた。

 信長がいなくなったあと惟任光秀みつひでは誰が討ったのか。

 羽柴秀吉はしばひでよしはどうやって天下てんがを取ったのだろうか。

 ——すべては分からないままだ。

 信長は火の出るような視線で燃えるビルの事件現場をにらみつけた。



 ビルの中では乱が剣圧けんあつで必死にたける炎を消していた。スプリンクラーの散水も相まって消火活動は順調だ。そこへ複数人の足音が近づいてくる。

「蘭丸っ‼」

 乱が振り向くと大和たちが赤い金属の筒を持って駆けてくるところだった。

「や、大和殿! それから皆さん……! その赤い筒は一体……?」

「いいから下がってなさい! 猛火よ! 文明の利器りきを食らえ!」

 大和は叫ぶと、赤い筒から伸びるノズルを暴れ狂う炎に向けた。白い粉が勢いよく噴射され、炎がしずまる。

「こ、これは……⁉」

「蘭丸、初めて見た? これは『消火器』って言うの」

 大和は得意げにウインクした。乱は生まれて初めて見た消火器の威力にまだ目を丸くしていた。続いて奏多とレックスも消火器を噴射し、辺りの炎はあらかた消えてしまう。

「こ、これは面妖めんような。炎が一瞬で……!」

「間に合った! 蘭丸さん煤だらけ」

「蘭丸は刀を振るった時の圧で炎を消してたの? ある意味すごいな」

 乱は頰をぽりぽりときながら、

「えへへ、ありがとうございます」

 と笑みをこぼした。

 上階からは逃げ遅れた社員たちの安堵あんどの声が聞こえてきている。


 巨大な爆発音がした。

 もう一発爆発音。


 鼓膜こまくが破れんばかりの轟音ごうおんと凄まじい揺れに、気が遠くなり目の前が薄暗くなる。

「きゃあああああああああああああ‼ 今度は何なの~⁉」

「これは……爆弾……⁉ まだ上の階にあったの⁉」

 天井が崩れてきた。みんな咄嗟とっさに両手で頭を守る。

「わ————っ‼ この若さで死にたくない! まだバスケ部のレギュラーも取ってないのに!」

 大和たち四人はすっかり瓦礫がれきに埋まってしまった。みんな白い粉塵ふんじんまみれだ。

「ああ、せっかく時を渡ってきたのにもう終わりでしょうか……」

「う……レギュラー……」

 四人で必死にもがくが、もがき苦しむたびにどんどん呼吸ができなくなっていく気がした。

「ぐうぅぅううううう~、くる……しい……! あたし……死ぬ……の……? こんな……とこで……! かな……た……どこ……⁉」

 大和は鉄筋コンクリートの隙間を必死に捜す。奏多は足元にいた。コンクリートの粉を被って全身真っ白になっている。

 必死に手を伸ばして頭を触ったが——反応はない。

「奏多……! 奏多‼」

「奏多殿!」

 乱が手を伸ばして奏多の頰を叩いたことにより、振動で顔の上のコンクリートの粉が少し落ちた。

 どうやら奏多は仰向けに倒れていたらしい。

 そして……大和は見てしまった。

 白目をき、頭から血を流して横たわる変わり果てた親友の姿を——

「きゃ——————————っ‼ 奏多——————————っ‼」

「ぶはっ……! うちの名演技に引っかかったな大和! いや~ここまで綺麗に騙されるとかえって申し訳ないなあ!」

 コンクリートの欠片かけらを噴き出しながら言う奏多の頭を大和はポカンと殴った。

「いだっ! 何する‼」

「こんな時にふざけるな!」

 なおも殴ろうとする大和のげんこつを奏多は手で制した。

「ストップストップ! 頭切ってるのはホントだからあ‼」

「何? 長谷川はせがわ生きてたの?」

 大和の脚の方向から万年補欠の声がした。

「そうよ! 聞いてよ奏多ったら死んだふりしてたのよ‼」

「……ひど」

ほり君まで何だよ! こういう極限状態こそ笑いが重要に……!」

「あはは。笑いたくない時に笑わそうとされても困りますね」

 乱の至極当然の突っ込みに奏多は小さく「グハッ」と呟いた。

「げほっ……でもこれからどうしよう……? 誰か助けにきてくれないかなぁ……」

 ——誰かの足音が近づいてくる。

 どうやら一人のようだ。

「えっ⁉ だ、誰⁉」

「まさか……犯人って現場に戻るっていうよね? 『金砂きんしゃ』なんじゃ……!」

 大和たちが息を呑んで足音のほうを見つめる。

 黒いシルエットが煙の向こうに見えてきた。思わずごくりと生唾を飲み込む。


「……手こずっておるようだな乱。そして……大和よ」


 聞こえてきたのは——信長の声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

令和に信長がやってきた! タテワキ @__TATEsan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ