きっと楽しいこと
「山崎先生は、スマホを使ったことがありますか?」
「山崎先生、スマホって、楽しいですか?」
「山崎先生、スマホ、近くで見てみたいです!」
「山崎先生」「山崎先生!」「山崎先生!!」
山崎先生は少し困った顔をしていた。
「この学校の図書館に行きなさい。第三次世界大戦で殆ど、殆どの本は燃え尽き、インターネット……情報網も機能しなくなりました。君たちの知識は、私たちが言葉で、目で、伝えていますよね。限られた人々の、限られた伝承のようなものです。ですが、少しばかり、先代の人々はここに有益な本を隠した。この地下壕だけは、選ばれた人々が、安全に生きていけます。そんな中でも特別安全な場所、それがこの学校です」
選ばれた人々?私は、お父さんお母さんが安全な場所にって、越してきて。選ばれた、選ばれたって何?そういえば、この地下壕は、殆ど誰も存在すら知らない、日本一安全な場所。存在すら知らない。じゃあどうして。選ばれたってどういうこと?お父さんが帰ってこないのは?選ばれた?私の家族が?私が?お父さんが?お母さんが?そもそも、どうして私、学校に通っているんだろう。うまく思い出せない、あぁ、なんだかすごく頭が痛くなってきた……
「きーらりん!スマホ、めちゃ面白そうだね!今日の授業は特段面白かったなぁ。後で図書館行こーよ!……て、すっごい具合悪そうじゃん。どしたの?」
「考えすぎて、知恵熱かも……」
みかっちは一瞬だけ、ものすごく神妙な顔をしていた、気がする。
「また〜?保健室、行こっか」
この学校の保健室は、何度来ても病院みたいだな。
別館で、やけに広くて、色んな設備が整ってて、診察室から色々複雑な検査ができる機械のある部屋まで。ついでに、何故か手術室まである。もちろん入ったことないけど。
「綺良々さん、微熱と少し、貧血の傾向がありますね。先週も言ったのに……まぁ、体質ですから、仕方の無いことですが。綺良々さん、少し休んでいきなさい。このお薬を飲んで。せめてお昼休みまでは、ゆっくりと。入学してから、ずっと成績はトップだと聞いていますよ。無理していませんか?」
無理なんて、してない。私は、記憶力だけはやけに良いから。でもあぁ、地上がすごく綺麗だったこと、それしか昔の事は思い出せないな。なんでだろう。勉強だけは、元より知っていたかのように、わかるだけ。
「大丈夫です。先生、少し、休みますね。ありがとうございます」
「そう……それならいいのよ。ほら、そこの一番のベッド。一番フカフカで気持ちが良いベッドが空いていますから、しばらく安静にしなさいね」
気づいたら寝込んでいたようで、もうとっくに下校時間になっていた。
先生も、気遣って起こさないでいてくれたんだろう。
「おはようございます、先生」
「やっと起きましたね。体調はどうですか?」
「ええ、とても、良くなりました」
「それなら良かった。私、山崎先生から聞いたのよ。綺良々さんは逸材だ、いつか自分を超える、ってね」
「そう、ですか……」
「まぁまぁ、まだひよっこだとも言っていましたよ。それでも開花したら、あぁ、きっと、世界を変えるわ」
「……ありがとうございます」
やけに壮大な過大評価だ。気遣って言ってくれたのかな。ああ、そうだ、図書館。図書館に行きたい。
「もう遅くなりますから、早く帰るように。保護者の方が、心配しますよ」
「はーい」
山崎先生は図書館に行けって、図書館なら、なにか。あぁ、知りたい。200年前の、人々。200年前、いや、300年前……300年前の人々は、どんなに楽しかったろう。
戦争が無かった時代、戦争が無いって、どんなだろう。星がもっと綺麗だった?あの小さなテレビ……スマホ、で、文通よりずっとたのしい話を。麻雀よりずっと心躍るゲームを。
知りたい。知りたい!
スマホを、作りたい!
銃器や核爆弾よりも、ずっと、ずっとずっと、楽しいこと!きっと、楽しいこと!
本は燃えてデータは壊れた @man_sun_
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