呪いの行先

マロッシマロッシ

呪いの行き先

 沢城茉莉花はダルかった。


 現在26歳。高校生位から身体がゴワゴワするというか、得体の知れない違和感というか自分で的確に表現出来ないからタチが悪い。


 心の病を疑ったが幸いダルいなりに勉学や運動を卒なくこなし、大きな悩みも特に無かった。社会人になっても職場の人間関係は良好で、楽では無いが社会人とはこんな物だろうと割り切れる事が出来た。


 健康診断は異常無し。頭の先から爪先まで専門医に通い、全て診てもらったがダルさの原因は分からなかった。


(周囲の人間はこんな思いをして、生きているんだろうか…私だけ…かな?)


 雨の降り続く週末。もやしやキャベツがタップリと入ったラーメンを食べた後、茉莉花は何もせずに自宅でボーとしていた。チャイムが鳴った。


 覗き窓を見ると高校時代の同級生が立っていた。友人と言えばそうだが、もう7、8年は会っていない。急に訪ねてくるなんて…ドアを開けるのを躊躇した。


 友人は茉莉花にドア越しに静かに語り掛けた。高校時代から身体に得体の知れない違和感があるんじゃないかと。原因を知っているから、話を聞いて欲しいと言われた。


 怪しさはあったがダルさについて、今まで親にも相談した事が無い茉莉花にとっては救いに感じた。


 ドアを開けて彼女を招き入れ、キッチンのテーブルに着いて貰って茶を淹れた。挨拶もそこそこに何を聞かせてくれるのかと少しワクワクした。


 ダルさの正体は呪いだと彼女は言った。茉莉花は家に上げた事を後悔した。多少怪しくても病名を言われた方が、まだ何百倍も納得出来た。


 茉莉花がガッカリしているのを感じた友人は少し声のトーンを上げて言葉を尽くした。


 突拍子もないが嘘偽りは絶対に無い事。高校時代にとある宗教の施設を興味と冷やかし、要はカルト宗教だと馬鹿にしたい気持ちで彼女と友人2人で覗くと本物からホンモノの呪いを受けた事。逃げる時に偶々近くを歩いていた茉莉花も煽りを受けたとの話だった。


 キレそうだった。話は未だに信じられないし、仮に本当なら何も悪い事をしていないのに巻き込まれて、何年も慢性的なダルさを抱えていた事になる。いや、そもそも全てどころか話半分も信じられない。茉莉花は感情がグルグルと回る音が聞こえた。


 向かいに座る彼女が神妙な顔で、シャツを捲り上げて腹を見せるとビクンビクンとピンク色で剥き出しの細胞が小さな数本の触手をピロピロと動かしながら、心臓の様に脈打っていた。


 茉莉花はシンクに嘔吐した。興奮していたので、どう行動したかは覚えていないが床に吐瀉物を撒き散らさなくて良かったと思いきや、自分の口から先程の触手らしき物が出たのを確認して止まらなくなった。理解が追い付かないが怒りや悲しみ、自分はくだらない事に巻き込まれたと思うと涙が溢れた。


 出す物を出し、泣き過ぎて顔も腫れぼったくなったが水を流し込んで茉莉花は落ち着き、彼女にどうすれば良いか聞いた。


 カルト宗教を冷かした、彼女と友人2人は助からないが呪いを施設に返すらしい。茉莉花は返すだけで呪いとダルさから解放されるらしい。だから、今から一緒に行こうと誘われた。


 半分程度しか信じられないが先程、自分の口から出た物を思い出して成る様に成れと茉莉花は思った。


 懐かしい高校時代の通学路を2人で歩く。少しそこから外れた場所に宗教の施設はあった。


 案内の者に広い板張りの部屋に通された。正面にはよく分からない祭壇があった。


 薄ら笑顔の和装の男が2人の正面に座った。


 茉莉花を訪ねた彼女の友人2人はもう先に死んだらしい。そう聞いたが動じなかった。


 男が祭壇から鏡を彼女に向けると、あの物体が腹からバチャンッ!と外れてフヒョッ!と吸い込まれた。驚愕の表情で茉莉花を見て死んだ。茉莉花にも鏡が向けられると身体からダルさが取れたと同時に涙が溢れた。


 疎遠だったが、それなりに仲の良かった彼女が横で血塗れになって死んでいる。


 男は言った。呪いを受けると感情が希薄になるらしい。だから、彼女は死を恐れず呪いを返した。茉莉花は軽い呪いでダルさを感じながらも普段通り生活出来ていたと。2度と近付くなと脅迫されて施設を追い出された。


 茉莉花は自宅に戻り、しばらく感情が無だったが段々と頭が働いた。


 感情が希薄になる?私はあんなにも喜怒哀楽を感じていた。あの男は嘘を付いている。しかし、私に何が出来るのだろう?茉莉花は日常に溶け込める様に努める事にした。もうダルさは無いのだから…。



 宗教の教祖は監視カメラを見て驚愕した。板張りな部屋に行き、薄ら笑顔の男の胸倉を掴んだ。


 あの女は誰だ?と厳しく問い詰めた。薄ら笑いの男は訳が分からなかった。


 資料によれば宗教施設を冷かしに覗いたのは4人で、茉莉花の名前は無かった。


 では、鏡は何を吸い込んだのか?教祖と薄ら笑顔の男が凝視すると触手がブォンッ!と鏡から飛び出し、2人の首を刎ねた。


 月曜日の朝。茉莉花がTVを点けると、隣町の女性がマンションの一室で腹を斬られ亡くなっていた事、新興宗教の教祖と幹部が首を斬られて殺されていた事を伝えた。


 茉莉花はTVを消して、笑顔で仕事に向かった。




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