雪はただ降るのみ

大黒天半太

雪はあなたの都合を考えずに降る

 雪は、あなた方の都合などお構い無しに降る。お天気なんてそんなものだし、冬なら当たり前だ。


 たとえ、それが恋人の誕生日の寸前で、クリスマスのプレゼントを買いに行くタイミングを失していたため、誕生日のプレゼントを兼ねて、ちょっと奮発したものにしようと、買い物に行く気満々の朝だったとしても。


 天候は悪化の見込みであり、風もおさまらず、徐々に吹雪の様相を呈して来ている。

 吹き付ける雪で真っ白の街並みは、厚い雪雲で暗く沈んでおり、一面の銀世界とも言うべきなのかも知れないが、むしろ暗灰色に塗り潰されたように感じてしまう。


 しばらくすると、公共交通機関が徐々に、そして全て止まり、チェーン規制のかかった吹雪く道路にも車の姿は無くなる。

 無謀な運転者の車は、路上若しくは路肩で停止或いは転倒していた。


 夕暮れよりかなり早く、水銀色クイックシルバーの闇が街を包み、雪が降る音だけの重い静寂がその上を覆った。


 電話とサイトの閲覧で、買い物に行こうと思っていた店舗の本日の閉店時刻の繰り上げと、明日の臨時休業を確認すると、あなたはスマホをベッドの上に放り出した。


「全部台無しだな……」天井を見上げてそう呟くと、あなたは起き上がって着替え始めた。

 防水加工のされたジャケットとパンツを着込む。


 あなたは外に出るが、既に傘をさせるような風の強さではなく、容赦無く雪が叩きつける。


 道路の真ん中まで進むと、あなたは天を仰ぎ、両手を突き上げて、虚空に向けて呪句スペルを唱えた。

「『護風ガード・ウィンド』『氷片乱舞アイス・ブラスト』」

 風の防御魔法と氷と風の複合攻撃魔法が重なり、防御の風が内側から、外側の攻撃の風の勢いを増す。

 本来なら、空気中の水分を凍らせ氷の破片を作る魔力は、降る雪を集めて多量の薄刃を形成し、更に高速で回転させた。

 風の防御圏の内側は、ほぼ微風となり、水分を集めるため乾いた空気になる。


「『護風ガード・ウィンド』『氷片乱舞アイス・ブラスト』」

 あなたは重ねて同じ魔法を唱えダブル・キャストする。魔法の風の渦、竜巻は倍以上の高さになる。更に高速になった氷刃は、白く鈍く閃く柱となる。

 既に、あなたの髪も服もすっかり乾いていた。


「『護風ガード・ウィンド』『氷片乱舞アイス・ブラスト』」

 三度目の重複詠唱トリプル・キャスト(実際は六重詠唱セクスタプル・キャストだ)は、更に高く速い回転・渦を生み出し、まるで金属が空気を削っているかのような音を響かせる。


「『護風ガード・ウィンド』『氷片乱舞アイス・ブラスト』」

 四度目の詠唱クァドラブル・キャスト八重詠唱オクタプル・キャスト)では、もはやその柱の先端は雲に至っているかのように見える。

 無数の氷の薄刃が恐るべき速度で、回転し擦れ合うことで、その柱は、全てを削り、全てを払う、稲妻を帯びていた。


雷精ライトニング・エレメンタルよ、我が召喚呼び掛けに応じ、く来たれ『雷精召喚コール・ライトニング』」

 自ら呼んだ風・水・雪の精霊を緩かに解放し、雷の精霊を呼ぶ。原因と結果を逆転、雷を起こした風と氷片を雷自身に操らせ、魔法全体を制御させる。

 多くの精霊達によって重ねた魔法と溜めた魔力を、故意に精霊達と切り離し、一旦不安定状態に置き、強い単独の精霊の下に一気に集束させる。

 暗灰色の風で造られた鈍色の柱が、一瞬水銀色クイックシルバーに閃き、天の雲に向かって、轟雷が地上から天へ逆向きに落ちて行く。


 稲妻は一点から雲即ち空全体に拡がり、空を覆った厚い暗灰色の雲は、文字通り雲散霧消して行く。雪の精霊が、水の精霊が去り、風の精霊が散って、雷の精霊もほとんど見えなくなった。


 あなたの周りにあれだけ集まっていた精霊達も姿を消し、今となっては、暗灰色の風の柱が本当に見えていたのかも疑わしい。


 突然、原因不明の天候変動~天候回復~には社会の方が対応しきれないだろうが、そんなことはどうでもいい。


 まだ車は通らないだろうが、あなたは歩道に戻り、内ポケットを探る。スマホは、ベッドに放り出したままだったのを、苦笑とともに思い出した。


 部屋に戻ったら、彼女に電話しよう。今は、彼女に会いたい。


 あなたの気持ちは素直だし、よくわかる。


 ただ、あなたは忘れている。師匠と同輩から「なぜ、そんなことをやったのか?」の問いに答える羽目になるに違いないことを。


 暴風雪で買い物も行けなかったし、彼女にも会えなかったから。その思いは、私にはよくわかる。

 理解を示してもらえることを祈っている。それが、結構な規模の低気圧と寒気団を魔法の八重詠唱オクタプル・キャストで吹っ飛ばした理由になることを。




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