虫 〜ありがとう〜

山ノ蜜 さくら

ブーン

帰宅している最中、急にトイレにいきたくなった。人気のない公園に立ち寄る。この公園のトイレは比較的きれいだったはず。

早足で

女子トイレに入った。トイレに入ってすぐ手洗い場がある。そのエリアでおばはんとおっさんがディープ・キスしてた。おばはんの腰に回しているおっさんの手が大げさなほどいやらしく、おばはんはおっさんの頬を撫でくり回していた。

おばはんは後ろを向いていたが着ているコードがパステルピンクで目がチカチカした。こっちを向いてるおっさんは目を閉じて感じ入っていたのでわたしには気付いていないようだ。


犬が水飲む時みたいなぺちゃんぺちゃんという水音と、熟したカップルの熱い吐息が響いていた。たまらず横槍を入れるようにわたしは足音を鳴らしながら歩いた。アヒルのように足の底全部地面に着地させぺたぺた歩いた。


「ッ!?」


ようやく気付いた熟したカップルの驚いた顔を見ながらわたしは既にパニックになっていた。わたしはそういう性的なことに耐性がないのだ。


その末に普通に個室に入った。


ギィー…パタン。とわたしの個室の扉は閉まった。



ガタガタッと個室の外で物音がして、すぐに静かになった。あの熟れたカップルは出ていったのだろう。

まったく、こんな真っ昼間から盛りやがって。





個室を出た。パステルピンクがうるさいほど存在を主張していた。おばはん一人だけ残っていた。

手洗い場の鏡で真っ赤なリップをヌリィッヌリィッと塗り直していた…唇をンパッ!としながら鏡越しに挑発するように目を合わせてきた。


マ、マジか!


舐められているとピンときた。


えっどうしてそんなに堂々と出来るのだ?


ジジババが絡みあう汚ったねー景色見せやがって!






関わりたくないのでそのままトイレを出た。





わたしは腹の底で渦巻く不快感にウエ〜と喉を震わせた。









ブー


ブーン


ブーーーン



イライラで血圧が上昇し、耳鳴りとして身体にストレス症状が出たのだろうか。



機械が故障したような音がする。


ブーーーン



ブウーーーーン



…音が迫ってくる気がする。


ドクドクと心臓の音が大きく鳴り、たらりと冷や汗が額に流れた。



ブブブブブブーーーーン


ひときわ大きい音に

わたしは身体が跳ねて、反射的に後ろを振り返る。



「えっ」



あり得ない光景に、顎をあんぐり開け、口を押さえた。

「ギヤアッ!」と短い叫び声が飛び出す。


振り返った先、上空を覆う黒い塊。

ハラハラと黒い粒が塊を形成しているのがわかる。


ーーーーイナゴだ。



機械が故障したような音はイナゴの羽音だった。



イナゴの集団は大きな生き物のようにウネウネと形を変化させ空を飛来し、そして一部は先ほどわたしが用を足していたトイレの外壁に群がっていた。


なぜイナゴの集団がこの公園に現れたのか。

超常現象の類か。



ただ呆然と異様な光景の前で立ち尽くすわたしは、ハッと気付いた。


トイレの中ではおばはんが真っ赤なリップ塗っていたはずだ。


緊張でガクガク震える足を無理に動かして

トイレの入り口が見える角度に移動する。



「………ッ!」



入り口はモゾッモゾッと蠢くイナゴ達が一面に詰まっている。まるでイナゴで出来た壁だ。


中のおばはんは…もう……イナゴに全身をもみくちゃにされているだろう…。



「うああああああーっ」


トイレの裏から無我夢中で転がるように飛び出てきた人影をわたしは視界の端に捉えたーーーおっさんだ。おはばんと ディープ・キス してたおっさんだ。叫びながら必死に走って公園の出口に向かってゆく。


わ、わたしも逃げないと!


足を踏み出そうとしたその時ーーー上空で留まっていたイナゴの集団が大きく動いた。おっさんを狙いを定めたのがわかった。気配に気付いたのか上空におっさんが顔を向けた瞬間。

「ンガアアアアアアアアアァ!?」

おじさんの断末魔と共に、イナゴの集団はおっさんに飛びかかり…あっというまに捕らえのみ込んだ。まるで大蛇の食事シーンのようだ。


イナゴが重なり合い玉のようになってしまい、おっさんの様子は伺い知れない。おっさんインイナゴバーグ…なんちゃって。





ぱち。


目を開けた。ぼやけた視界がクリアになる。

ぱちりぱちり。瞬きを繰り返すたび脳みそが覚醒してゆく。


ベッドを軋ませ起き上がって目を擦る…眩しい。

電気を付けたまま寝落ちていたようだ。





マクラの横にスマホが落ちていた。



そうだ…意識が落ちる直前まで、鬱憤をTwitterで吐き出していたんだった。とんだツイ廃…ツイッタラーのかがみのようだなわたしは。



今は何時だろう?



スマホの電源をつける。


真っ黒な画面がぽわんと光る。背景画像に設定している波打ち際のヒトデの写真と対面した。



1時…7分…。


ゲッ!バッテリーが残り5%しかない!急いで充電しなきゃ。



寝起きがすこぶる良いわたしはチャキチャキした動きで、コンセントに刺さった充電器のコードを手繰り寄せてスマホに繋いだ。



余韻で

「フッ」と笑いながら、イナゴ達を思い出してあたたかい気持ちになっていた。鬱憤の根元であるジジババをこらしめてくれてありがとう。



これからイナゴの佃煮とかに興味持つのやめようと思った。


ブーンと遠のいてゆく羽音が聞こえたような気がした。



【おわり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虫 〜ありがとう〜 山ノ蜜 さくら @sakura3dayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画