詩たちの声

つぐ

第1話 はじめましてロックンロール

 「おはよう、母さん」

 

 少し間の延びたあくびをしながら僕は台所で朝ごはんを作っている母に挨拶をする。

 

「おはよう、寝ぼすけ」

 

 そう笑いながら茶化してくる。これが僕の日常だ。朝9時半、遅めの朝食を食べて、母が仕事に行くのを見送る。その後は部屋でゲームやネットサーフィンやらをしてダラダラと過ごす。このままで良いのかと、時々思わないこともない。その度に僕は現実から目を背けて逃げるのだ。僕は悪くない、悪いのは僕じゃない、何回も何回も反芻すれば罪悪感なんてすぐに消える。


  「…僕なんか…」


 

 

 昼下がり、昼食を買ってコンビニから帰る途中に見慣れない建物があった。昼なのに中々に派手な電飾がされていてどこか独特な雰囲気が漂っている。

 

 「あれ、こんな場所に建物なんかあったっけ?」


 次第に沸き立つ好奇心と恐怖心が入り混じり、手に汗をかく。心臓がバクバク鼓動するのを感じながらそっとドアノブに手をかけた。


 中に入ると、大きな正方形の空間が広がっていて左側には横長のカウンターのようなものがある。

 

 「ここは…」

 

 「やぁやぁ、ライブハウス"Telecasters"へようこそ。お兄さん初めてかな?」

 

 受付っぽい場所から、長い茶髪の綺麗な女性が出てきた。すらりとした高身長の女性で、少し目つきが怖い。

 

 「え、あ、すみません知らなくて。見たことない建物だったのでつい入っちゃって、もう出ます!」

 

「あー、ちょいちょい!折角だし見てきなよ。うち、良いバンド多いからさ」

 

うーん、どうしようか…。でもまぁ、あいにく時間は持て余しているからいい暇つぶしにはなるだろうな。よし。

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 ―――――――――――――――――――――――

 

 「どもー!3人組バンド"Summer rain"でーす!」

 

 明るい挨拶とは裏腹に観客席はシーンとしている。というかステージ上には一人しかいなかった。確か3人組バンドって言ってたよな。

 

 「いや〜、3人組バンドとは言いつつも、ウチ以外、昨日バンド辞めちゃったんだよねー」

 

 あまりに日常会話のように言うものだから、一瞬あの人が言っている言葉の意味が理解出来なかった。え、昨日2人も辞めたんかい。ってかなんであんなに明るく振る舞えるんだ。

 

 「ま、今日はウチ一人でも頑張るから、応援してくださーい!」


 まばらな拍手と歓声の中、彼女のギターが鳴る。 


 

 「いや〜今日は皆来てくれてありがとう〜!次も絶対来てねー!」

 

 端的に言うと、凄かった。音楽の事を何も知らない僕でも分かるぐらい凄かった。ああいうのをロックンロールと言うのだろう。

 

 「…カッコよかったなぁ」

 

 今日見た5バンドの中でも、"SummerRain"のあの人のギターが一番僕の中では印象に残っている。詩が無かったのに、あの人の演奏は僕達に何かを伝えようとしてて、それがギターの音色と一緒に流れてくる感覚だった。ライブ、また見に来てみようかな…。


 「やぁやぁ、お兄さん。うちのライブハウスはどーだったかな?」


受付のカウンターからさっきの茶髪のお姉さんが話しかけてきた。

 

「あ、はい!凄く楽しかったです」


「そりゃ良かった。まぁ今日は料金はタダでいいや。その代わり、次もまた来てね!」


「は、はい!」


 ライブハウスから出ると、空が少し夕焼けがかっていた。そんなに長い間いたのか。一瞬のように感じたのに。すると、向かい側の公園から何か音が聞こえる。気になったので近づくと、


 「あ!SummerRainの…!」


 「んぇ?あ、お客さんかな?あはは、恥ずかしいとこ見られちゃったなぁー。…ライブ終わりはね、いつもここでミスったところとか練習して、一人反省会してるの」


 「へぇ、ストイックなんですね」


 「まぁね〜。2人もいなくなっちゃったしさ。ウチはもっと頑張んないと!」


 そう言って彼女は笑った。強い人だなと、心から尊敬する。年なんて僕とそう変わらないだろうに。何かしてあげたいけど、僕に出来ることなんて何もないだろうな…。


「…ねぇ君さ」


「え?はい?」




「ウチとバンドやらない?」

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