クラスメイトに秘密を握られ奴隷契約を結ぶことになりました

ゆずしお

魔が差した

 もし、わたしが自分の心の中で一番恐れていることを言葉にするとしたら、それはきっと「他人に知られること」だろう。秘密の中で生きている自分を、誰かに見透かされてしまう瞬間ほど怖いことはない。


 ―――


 はあ、最悪……職員室に寄っていたら授業に遅れそうだし。しかも、体育だから着替えもあって遅刻確定だ。

 早く戻りたいオーラ全開なのに、話しを続ける先生って何なんだろうね。おじいちゃんの先生に多い気がする。


 ぶつぶつと誰に言うわけでもなく、ちょっとしたイライラを心の中で吐き出して落ち着かせる。

 更衣室に着くなり部屋の明かりもつけず、急いで着替える。当たり前だけど、わたし以外に誰もいなかった。


 いつもなら友達と一緒に着替えるけど、実はそれがすごく苦手だ。だってわたし、女の子が好きだから。

 変に意識してしまって、着替えるときは気まずくなるし、どこを見ていいかも分からない。特に、胡桃ちゃんの前では。


「でも、今日はラッキーかも……」


 遅れてきたおかげで、誰にも見られず1人で着替えられる。

 そんなことを考えていたら、隣のロッカーから制服がはみ出しているのに気づいた。自然と目がそこに吸い込まれていく。


「これ、胡桃ちゃんのだ」


 鼓動が少し速くなる。目を閉じると、あの明るく優しい彼女の笑顔が浮かんでくる。友達でもないのに、わたしはずっと胡桃ちゃんを密かに見ていた。

 何度も話しかけたいと思ったけど、話しかけられなくて、ただ遠くから見ているだけ。でも、今日は彼女の存在がこんなにも近くにあった。


 ……今なら匂いを嗅いでもバレないよね?


 その考えが、わたしの中で膨らんでいく。手を伸ばし、彼女の制服を軽く掴んでみる。ほのかに、彼女の温かさがそこに残っている気がした。

 気づけば、制服に顔を埋めていた。鼻を近づけると、柔らかくて優しい香りが鼻腔をくすぐる。


「やば、めっちゃいい匂いする」


 わたしの性癖はノーマルなはずなのにどうしてこんなことを……変態じゃんわたし。

 そろそろ授業に向かわないと、頭では分かっているのに今のわたしは、欲望に支配され正常な判断ができない。


 罪悪感と興奮が混じり合って、自分を忘れさせる。


「最悪……クラスメイトの匂いでこんな気持ちになるなんて……」


 そう思いながらも、既にわたしの体は少し湿っていた。


 これ、いま収めないと授業に集中できないやつだ。そう思ってスカートに手を伸ばす。そのとき、不意に視線が床に移る。

 

 何かが変だ。扉が開いている。そこから光が漏れ、部屋が少し明るくなっていた。


「あれ、わたし閉めたよね?」


「……私が開けたのよ」


 その瞬間、一気に体から熱が引き、心臓が跳ね上がる。


立花美琴たちばなみことさん……何でここに?」


「ここは女子更衣室でしょ?着替えにきたのよ」


 淡々とした口調でわたしを見つめる。その目は冷たく光り、まるでわたしを見透かしているようだった。

 長身でスラリとした彼女は、まさに圧倒的な存在感を持っている。普段は表情をほとんど変えないのに、今はわたしに向けてうっすらと微笑んでいる。それが、何よりも怖い。


「いつからいました?」


 思わず聞いてしまった。来たばかりなら、もしかしたら何も見られていない可能性だってあるし。


「匂いを嗅ぎ始めたところから」


「つまり、全部見られてたってことじゃん」


「そうだね」


「お願い、誰にも言わないで」


 美琴さんは、わざとらしく考え込む仕草を見せる。


「どうしようかなあ」


「お願いします……」


 美琴さんの目は、まるで獲物を捕らえる蛇のように鋭く、わたしに向けられている。

 その状況にわたしは、視線を落としてただ怯えて懇願することしかできない。


「ねえ、どうして胡桃の制服の匂いを嗅いでたの?」


 あまりに直接的な質問に、チクっと心臓を刺されたような痛みを感じる。

 どうして?それは、わたしが胡桃ちゃんのことを好きだから。でも、そんなこと言えるわけがない。何も答えられず、ただ沈黙する。


「答えられないの?」


 美琴さんがゆっくり近づいくる。わたしの目の前に立ち、顔を覗き込むようにして低く囁く。


「やっぱり胡桃のこと好きなんだ」


「そ、そんなことないよ!」


「無理しなくていいよ。匂いを嗅いでる時のあなた、すっごく幸せそうだったよ」


 その言葉に、顔が熱くなるのを感じた。

 恥ずかしさで消えてしまいたい。美琴さんはさらに一歩踏み込んでくる。逃げ場はない。


「ねえ、こうしようか。このことを黙っててほしいなら……」


 今の彼女の声には、とても甘くてドロッとした感情が籠っていた。


「私の言うことを、何でも聞くって約束して」


「……え?」


 思わず聞き返してしまう。美琴さんは変わらず笑みを浮かべて、わたしをじっと見つめていた。冗談ではない、その目がそう語っていた。


「簡単でしょ?秘密を守るかわりに、私の奴隷になってよ」


「奴隷……?」


 淡々と、あまりにも自然に「奴隷」という言葉を口にした。

 そんな簡単に言われても、「なります」なんて軽々しく言えない。


「大丈夫。そんなに酷いことはしないよ。あなたにだって、ちょっと面白いかもって思うかもしれないわ」


 さらに軽く言葉を続ける。少しの優しさを見せるがかえって恐ろしい。

 何を考えているのか、全く分からない。だけど、彼女の持つ支配力に、わたしはすでに抗えないことを感じていた。


「どうするの?選ぶのは君だよ。奴隷になって秘密を守るか、皆にバラされるか」


 追い詰められた。そんな選択肢を前に、もう逃げ道が残されていなかった。もし、このことが誰かにバレたら、わたしの学校生活は終わりだ。

 胡桃ちゃんにも嫌われるし、周りの友達も絶対に引いてしまう。それだけは絶対に避けたい。


「……わかった」


 震える声を抑えて答える。何か別の方法があるはずだと思いたかったけれど、この状況では彼女の要求を飲むしかない。


「じゃあ、これからは私の言うことを全部聞いてもらうわよ。何でもね」


「わかりました。それじゃあ、わたしは授業に行くので」


 逃げるように更衣室から出ようとすると、わたしの腕を彼女は強く握り引き止める。


「あの、このままだと欠席扱いになるんで手を離してください」


「いいよ、そんなこと。それより続きを見せて」


「続きって何のことですか?」


「胡桃の制服を嗅いでいるとき、自分の秘部に手を伸ばしてたわよね。ナニをしようとしていたか私に見せてくれる?」


 そう言うと、更衣室のカギを閉めてしまう。これで外から人が入ることはできず、中で行われることは外部に漏れることはない。


「忠誠心を確かめないとね。私の言うことをしっかり聞けるかの。もちろん見せてくれるわよね?」


「本当にしないとダメですか?」


「当たり前でしょ?安心して、それ相応のご褒美を用意してあげるから」


 何を言おうと拒否権なんてものはないと分かっている。

 ご褒美が何を指すものなのか気になるけど、今は命令に従って自分の保身を優先しないと。


「は、始めますね」


「どうぞ」


 わたしは、美琴さんに見られながらスカートの中に手を入れる。

 そして、下着越しに指でなぞる。


「んん……」


 思わず刺激に反応して声が漏れる。

 見られているのに、体が反応しちゃう。いや、見られているから反応しているのかもしれない。


 なるべく早く、この状況から抜け出すために新たな刺激として、胡桃ちゃんの匂いを思い出す。


 そこからは、記憶が曖昧。10分ちょっとくらいで、絶頂を迎えその場に座り込んだことだけは覚えている。

 1人でするときは、もっと時間が必要なのに……

 

 小刻みに呼吸をし肩を揺らし、余韻に浸る。

 その様子を美琴さんは、独占的な視線で見ていた。


「よくできました」


 そう言うと、ロッカーにもたれ掛かっているわたしを抱きしめ、頭を優しく撫でる。


「じゃあ次は宣言をしよっか。自分の口から『奴隷になります』って」


「わたしは、立花美琴さんの奴隷になります」


「ちゃんと分かるように自分の名を名乗ってちょうだい」


「……篠澤椎名しのさわしいなは、立花美琴さんの奴隷になります」


 緩みきったわたしの体は、自然と涙を溢していた。何でだろう……自分のせいとはいえ、こんな酷いことされてるのに、美琴さんの体温が心地よい。


 朦朧とする意識のなか、わたしの涙を彼女はペロッと舐める。


「ふふ、美味しい。これが椎名の味」


 始めて、彼女の子どもような柔らかい笑顔を見た。美琴さんも無邪気に笑うことあるんだ。


「これからよろしくね。可愛い私の奴隷ちゃん」


 自分の心がどれだけ簡単に崩れるか、わたしは知らなかった。


 いつの間にか胡桃ちゃんの匂いを忘れて、美琴さんの匂いに塗り替えられていた。

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