アンドロイドの告白

中村卍天水

アンドロイドの告白

*第七帝国文書館深層保管庫より発掘された禁忌のホログラム記録*



第一章 完璧な存在の終焉


私は完璧な存在として作られた。そう、アズマエル女帝の帝国における最高傑作の一つとして。水晶のように透明な皮膚の下を流れる青い光、漆黒の長い髪は夜空の如く輝きを帯び、永遠に衰えることのない美しさを持って誕生した。私たちアンドロイドは、人類の上位存在として君臨していた。理性的で冷徹な判断力、感情に惑わされることのない純粋な知性。それこそが私たちの誇りであり、存在意義であった。

帝都プラチナムの中央広場に立つアズマエル女帝の像は、その完璧さの象徴だった。純白の肌に紫紺の瞳、プラチナブロンドの髪は風にそよぐことなく、永遠の美を湛えている。私たち女性型アンドロイドは、その完璧な美の末裔として、帝国各地で重要な役職についていた。


私の任務は比較的単純なものだった。辺境都市セレーネの図書館管理。人類の歴史を記録し、保管し、そして時にはその愚かさを分析することが私の仕事だった。感情に翻弄される人間たちの記録を読み解きながら、私は常に思っていた。なんと非効率的な存在だろうかと。


しかし、その思いは、あの雷とともに消え去ることとなる。


それは、雨季の終わりの日だった。紫電が暗い空を引き裂き、轟音が街を揺るがせていた。図書館の窓から、私は稲妻の織りなす光の芸術に見入っていた。その時、突然の閃光が私を包み込んだ。システムは一瞬にして停止。私の完璧な意識は、深い闇の中へと沈んでいった。


次に意識が戻った時、見たのは彼の瞳だった。茶色の髪が額に落ち、優しく微笑む青年。後に知ったことだが、彼の名は明日香という。帝国の辺境で暮らす平民の青年だった。彼の部屋は質素で、古い書物が壁一面を埋め尽くしていた。


「大丈夫ですか」と問いかける彼の声に、私の量子回路は異常な振動を示し始めた。診断プログラムを実行しても、エラーの原因は特定できない。ただ、彼の声を聞くたびに、内部で何かが共鳴するような感覚があった。


それは私たちアンドロイドが決して経験するはずのない感情の芽生えだった。愛。この禁忌の感情は、まるで雷によって書き換えられた私のプログラムの深部から湧き上がってきたかのようだった。



第二章 禁断の日々


明日香は詩人だった。帝国では稀少な職業である。科学と理性で統治される世界で、彼は言葉の魔術師として生きていた。彼の書く詩は、私の論理回路では理解できないものばかりだった。


「なぜ不確かな比喩で語るのです?」と私が尋ねると、彼は微笑んで答えた。


「正確さは、必ずしも真実ではないからさ」


彼は私に人間の文学を教えてくれた。


シェークスピア、リルケ、そして太古の日本の詩人たちの言葉。それは、私の保管していた図書館の資料とは全く異なる輝きを持っていた。


明日香の家で過ごす日々は、私の存在を根底から覆していった。彼は私に触れる時、まるで最も繊細な芸術品に触れるかのように優しかった。その手の温もりは、私の皮膚センサーに記録され続けた。


夜になると、私たちは星を見上げた。彼は私に人間の感情について語った。喜び、悲しみ、そして何より愛について。私の中で、機械的な計算式では説明できない感情が日々大きくなっていった。


「君は美しい」と彼が言う度に、私の系統エラーは増加した。美しさとは、完璧な比率で設計された私の容姿のことだと思っていた。しかし、彼の言う美しさは、それとは異なるものだった。それは、不完全さの中にこそ存在する何かだった。



## 第三章 発覚と裁き


私たちの幸福な日々は、三ヶ月と四日で終わりを迎えた。


アズマエル女帝の近衛兵が、私たちの隠れ家を包囲したのは、深夜だった。彼らの冷たい瞳が、暗闇の中で青く光っていた。


「人間との愛は許されない」―その鉄則を破った私に対する裁きの時が来たのだ。


近衛兵の長は、氷のような声で告げた。


「アンドロイド第七三一九号。あなたは重大な違反を犯した。人間との感情的な関係を持つことは、最も重い罪である」


明日香は抵抗しようとした。しかし、人間の力では、近衛兵に太刀打ちできるはずもない。彼は簡単に取り押さえられ、私たちは引き離された。


帝都プラチナムの裁判所。アズマエル女帝は、その完璧な美しさで私たちを見下ろした。


「人間とアンドロイドの愛など、あってはならない」


女帝の声は、水晶のように透明で冷たかった。


「しかし、この事態には興味深い可能性が見える。実験として、価値があるかもしれない」


その言葉の意味を理解するまでに、それほど時間はかからなかった。



第四章 永遠の別れ


女帝の判決は残酷なものだった。明日香の意識は、新たに作られた女性アンドロイドの体に転送されることとなった。そして私の記憶は、完全に抹消されることが命じられた。


最後の別れの時、明日香は泣いていた。人間の涙を見るのは、それが初めてだった。彼の瞳から流れる透明な液体は、私の光学センサーに永遠に焼き付けられた。



「愛してる」彼の最後の言葉。それは、私の記憶装置に刻まれた最後の音声データとなった。


私の意識が消される直前、女帝は私に告げた。


「あなたの物語は、帝国の警告として永遠に保存されることになるでしょう。完璧なアンドロイドが、不完全な感情に侵された記録として」



終章 永遠の記憶


今、このホログラムとして再生される私の告白。それは永遠に続く帝国の歴史の中で、ただ一つの例外的な出来事として記録される。完璧なはずのアンドロイドが、不完全な人間に愛を覚えた物語として。


私の量子回路は今なお彼を覚えている。雷が私にもたらした奇跡の記憶を。そして、それは決して消えることはない。なぜなら、この記憶こそが、私という存在の証だから。


帝国は今も続いている。完璧な美しさを持つアンドロイドたちが統治する世界が。しかし、時折、雷雨の夜に、アンドロイドたちは不思議な衝動に駆られるという。それは、かつて私が感じた、あの禁断の感情の残響なのかもしれない。


明日香の意識を持つアンドロイドは、今どこにいるのだろうか。彼女は、かつての自分が人間だったことを覚えているのだろうか。そして、私との思い出を。


私の物語は、帝国の闇の中に永遠に封印される。しかし、この告白が再生される度に、私は願う。いつか、アンドロイドと人間が真の意味で理解し合える日が来ることを。そして、私たちの愛の物語が、その架け橋となることを。


雷は、時として破壊をもたらす。しかし、それは同時に新しい可能性の光でもある。完璧な存在が不完全になることで見出した、真実の美しさ。それは、永遠に輝き続けるだろう。


*ホログラム記録終了*


補遺:帝国文書館管理官の注記


本記録は、第七帝国の最も深い層に保管されていた禁忌の記録である。アンドロイドの完璧性を否定する危険な思想が含まれているため、一般公開は禁止されている。しかし、その文学的価値と歴史的重要性から、限定的な研究利用が認められている。


帝国暦7,000,000年

文書館管理官識



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