第5話
送り出した風に、凍った霧がほどけて、細かい氷の粒が、チラチラと落ちて行く。
雪と呼ぶには未熟すぎる。
でもそれでも、氷の粒は薄い朝日を受けて、
「やった……のか?」
ネイトのつぶやきが聞こえたかのように、アシュリーが素振りの手を止めて、上を見た。
あわててネイトは、校舎に入る。
そこからのぞき込むようにして、外を見た。
アシュリーは空を見上げて、ふいっと、手のひらを上にする。
「雪……だ」
彼女の声が、ネイトに届く。
「雪だ……!」
明るい声。
ネイトは全身の力が抜けて、その場に座り込む。
「やった……ははっ……」
苦労したかいがあった。
感慨深く、ネイトは自分の手のひらを見つめた。
「……あれぇ?」
アシュリーの気の抜けた声が聞こえた。
え? 何?
ネイトが外を見ると、作ったはずの霧はもう無くなっていて、氷の粒も残っていない。
「ええっ! もう終わり? 早っっ!」
思わず校舎から顔を出す。
地上では、アシュリーが不思議そうな、残念そうな顔で、空に向けて手を広げていた。
うわぁ、マズいよ!
次、次を作らないと!
ええっと、何からだっけ?
一旦、全ての力を抜ききってしまったから、頭の中も真っ白だ。
「うわっっ!」
あわてたネイトは、持っていた杖に足を引っ掛けて転んでしまう。
スダンッ! と派手な音を立てて、バルコニーの床に投げ出される。
アシュリーが顔を向けた。
うわぁ……最悪……。
その時、バルコニーにひっくり返ったネイトの鼻に、冷たいものが落ちた。
え?
ズレた眼鏡を直して、空を見る。
鈍色の空から、白い綿のようなものが、舞い降りてくるのが見えた。
「雪だ……」
雪は次から次へと降ってきて、ネイトの眼鏡にも落ちて、溶ける。
「……やっぱ、本物は本物だな」
なんだか笑いが込み上げて、ネイトは指で眼鏡のレンズを
「雪だ! やっぱり雪だ!」
アシュリーの声に、ネイトは我に返って身体を起こす。
「ネイト! ネーイート! 居るんだろう?」
あー、やっぱバレてたか。
観念したネイトは、立ち上がって、バルコニーから下を見る。
アシュリーが両手を振っていた。
「降りて来ないか? 君ならば跳んで降りられるだろう?」
もちろんだ。
ネイトは自身に魔法をかけて、バルコニーの柵を跳びこえる。
そのままストンと、地上へ降り立った。
「ネイト、見ろ! 雪だ、雪が降ってきた!」
アシュリーがうれしそうに笑う。
「ネイトが降らしてくれたのか?」
「そうだよ……って言いたいところだけど、最初のヘボいやつだけ。やっぱり本物には敵わないよ」
言ってネイトは、空を見上げた。
ああ、久しぶりだ。
雪の無い冬の方が楽だと思っていたけど、やっぱり雪も悪くない。
「それでも、ネイトが降らしてくれたのだよ」
「……え?」
アシュリーを見る。
「ネイトの魔法が、雪を呼んでくれたのだ。ありがとう」
極上の笑顔で、アシュリーが言う。
そして、降ってくる雪を抱きとめるように、高々と両腕を空へと差し出した。
ああ、ダメだ。
部屋へ帰って、レポートを書かないとならないのに……。
早く校舎に入らないと、寒くて仕方無いのに……。
なのに……
このままずっと、
雪の中で、
アシュリーを見ていたかった。
ありがとう。
僕の方こそ。
この魔法を忘れない。
君のその笑顔とともに……
「……っくしゅっ!!」
「大丈夫か? ネイト」
読みかけのものから顔を上げて、アシュリーが心配そうに声をかける。
「……大丈夫」
はなをかんだネイトは、そう答えて、また手元の本に目を落とした。
放課後の図書館は、人影もまばらで、いつもの窓際の机に、ネイトとアシュリーが向かい合わせで座っていた。
窓から見える庭には、まだ少し雪が残っていて、午後の日差しを受け、キラキラと光っている。
あの朝降った雪は、一日降り続いて、学校はすっかり雪景色となった。
めずらしく降り積った雪に、アシュリーだけではなく、学校の生徒たちは大はしゃぎで、思い思いの雪遊びを楽しんでいた。
ネイトは無事レポートを書き上げた。
と、同時に、風邪でダウンする。
「……たとえ未熟な魔法しか使えない場合でも、その魔法の本質をしっかりと把握し、効果的に組み合わせることで、目標とする魔法に近付くことができる……」
読みながらアシュリーは、感心するかのように、ゆったりと「うん、うん」と頷く。
「さすがはネイトだ。これは高い評価を得るレポートだな。素晴らしい」
そう言って、読み終わったネイトのレポートを、ていねいに返した。
「それはどうも」
……本当に分かってるのかな?
言わないけど。
ネイトのレポートは高評価を得られたので、新年の休暇はゆっくり休めそうだ。
風邪を引いて寝込んだのは辛かったが、それだけのかいがあったと思う。
「ネイト、ぜひ私のレポートも読んでほしい」
アシュリーは意気揚々とレポートを差し出した。
「頑張ったかいがあって、先生から花まるを頂いたのだ」
ドヤッ! とばかりに胸を張る。
え? 「花まる」って??
初めて聞く評価だけど、それ、通ってるってこと??
若干心配になりながら、ネイトはレポートを受け取る。
表紙に「可」の印があり、ネイトはちょっと安心する。
そのとなりに、「花まる」があった。
へー、ちょっと可愛い。
眼鏡を直してから、読み進める。
読んで行くうちに、ネイトの胸は熱くなった。
「……魔法というものは本来、人の夢を叶え、喜びをもたらすものではないだろうか。優しい魔法が存在するということを、私に教えてくれた盟友に、拙書を捧げたい」
拙書って……
ただのレポートじゃないか……
でも……
でも……
どうしよう……
きっと顔が赤くなっている。
きっと目が潤んですいる。
きっとバレてしまう……
すごく好きだ……って。
「ネイト?」
アシュリーがのぞき込んでいる。
「……大丈夫か? 顔が赤いぞ?」
だから! 君のせいだってば!
……言えないけど。
「また、熱が出てきたのではないか?」
額に、冷たい感触。
アシュリーの手が!
アシュリーの手がぁぁぁっ!!
「ほら、やはり熱い。まだ風邪が……」
君のせいだ!
君のせいだ!
君のせいだーっっっ!!
ネイトはもう、アシュリーが何を言っているのか、耳に入って来なかった。
終
君と雪の魔法 矢芝フルカ @furuka
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